ディエゴvs皇帝
「妃はひとりということはあるまい。ビーティー家の令嬢を娶れ」
「嫌です」
南部を鎮圧して帰ってきたら早速皇帝である父の命令癖が始まった。
まったく…どこまで管理したいんだ。俺を。
「わたしは妃はひとりと決めています。ファビア以外の女性を娶る気はありません」
「他にもマクガフ侯爵家やキレインドール伯爵家からも来ている。全部娶ればよい」
「何度も申し上げております。妃にファビア以外は要りません。その者たちを娶れと言うならわたしは皇太子を降ります」
「何だと?」
さすがに驚いたようでまともにディエゴを見下げた。
前世では何でも皇帝の言う通りにしてきた。
戦争の鬼になれと言われ、その通りに各地で戦争をし、鎮圧した。
もともと能力のあったディエゴだ。
機械のように人間を殺せばいいだけだった。
お前が俺の跡継ぎだと言われたそのとき、母がとても嬉しそうにしたから。
それだけの理由。
母は父を愛している。
けれど、父は…。
愛とは無縁で、いろんな女を手元において女性の愛を弄んでいるようにしか思えなかった。
母はそれでもいいようだった。けれど寂しそうだった。
だから、嬉しそうにした母のために俺は父の跡継ぎになるために父の言うことを聞き、戦争の鬼になった。
けれど、そうやって戦争にいくら勝っても、むなしいだけだった。
父は領土を拡大することだけを生きがいにしているような人だった。
けど、俺の本心はどうやら違っていたらしい。
ガーディアンを鎮圧したとき、妙に心のすみにひっかかる王妃がいて、その王妃のせいでもう戦争をヤル気を失った。
会ったこともない王妃だったけど、あんなに憎まれていた女がとある場所ではとても親しまれていたのが不思議で仕方なかった。
俺にはそういうふうに思ってくれる奴は誰一人いないんだろうと思った。
何ていうむなしい人生だと。
でどうでもよくなって…。盛られた毒をそのまま飲んだ。
苦しかったが、これで死ねると思ったのに…。
なぜだかへんな女神が出てきて、俺を生かすのだと、転生させるのだと言った。
能力を授けると。
気配を感じ取る力が常人の数千倍にも及び、気配を消せる能力を与えると。
後悔しないようにちゃんと今度こそ彼女を幸せにしろと言われた。
彼女?
誰の事だ?
真っ先に思い浮かんだのは…ダイアナだった。
ディエゴは誰のことも愛していなかった。
彼女の事もまったく愛していなかったが、苦労を掛けたとは思っている。
彼女を幸せにしろということか?
いやしかし…。
そう思いながら、転生してから生きていたが、ファビアに出会って、コイツだと思った。
コイツを幸せにしなければならないのかと。
お安い御用だと思った。
初めて愛した女だったから。
それにファビアも俺を愛していると言ったから。
いくらでも幸せにできると。
けれど…。
何かわからないが、ここにきて不安が胸の中に広がっている。
何だろう。この不安。
「そこまであの女がいいと申すか?」
「はい。ファビア以外考えられません」
「うむ…」
17歳に転生してきて、がらりと性格が変わったディエゴを最初まわりは戸惑いの境地で迎えていたらしい。
それまで戦争の鬼だったのが、戦争後に民を幸せにするために様々なことをした。
戦争後に戦地で女を漁っていたのをきっぱりとやめた。
皇帝に反抗するようになった。(最初に反抗するときはかなり勇気が必要だったが、やってみると意外に反抗できた)
戦地からジュリアードに戻った時に初めてダイアナにまともに声をかけた。(その時はダイアナを幸せにしないといけないのかもしれないと思っていたから)
皇帝も最初はあやつり人形が反論したので戸惑っていたようだが、最近では反抗すると考えてくれるまでにはなった。
「ならば、ダイアナだけでも娶れ。彼女はもう他に行く当てがない」
くそっ…。
こちらに戻った時に間違えなければ…。
「けれど、それでも無理です。ファビアを…彼女を母のようにはさせたくない」
そうすると皇帝はくっと息を呑むのがわかった。
「恨んでいるというのか」
「いいえ。そうではない。陛下が母を顧みていないとは思っていません。ただ、わたしはひとりの女性をずっと愛したい。それだけです」
実際、皇帝はうまくやっていた。
何人もの妃に諍いが少ないのはそれぞれに大事にしているからだ。
面倒なのは皇后くらいのもので、それ以外の妃はもめごとも少なく、温和に過ごしている。
「…もうよい。下がれ。ファビア嬢にそろそろ国政のことを学ばせよ。オルコット公爵の令嬢が彼女を茶会に招きたいと言っている。参加させるように」
「はい」
オルコットが後ろ盾についてくれたということか。これは朗報だ。
ファビアに伝えなければならない。
いくら公女といえども今世界で勢力が衰えているガーディアン王国の貴族だ。後ろ盾がないとミルアーで勢力を安定させるのは難しいと思っていたところだった。
「ありがたいことです。ファビアに伝えます」
「ああ。彼女はおまえの留守中に色々と宮殿中を嗅ぎ回っていたようだがな。裏表がないああいう女性はわたしは嫌いではない。潔くてよい」
くっくっくと皇帝は笑った。
「だが、ビーティー嬢のことは何とかしろ。このままほおっておくわけにはいかない」
「はい」
苦々しく思いつつ返事をしながらも、それに関してはお手上げだとばかりにディエゴは心の中で両肩をすくめるしかなかった。




