デビュタントを迎える
まばゆいばかりの王宮。
かつて自分が闊歩したこの王宮にたどり着いた時、ファビアは背筋が凍るような感覚に陥った。
果てしなくわがままだけを貫き通した。
国費を使える限り使い尽くした。
こんなに輝いていたのだと思った。
自分が死ぬ間際には荒れ果てていた王宮。
かつてはこんなに栄えていたのだ。
その王宮を自分があんなにも廃墟同然のごとくにしてしまった。
そして…
「ファビア?どうした?緊張しているのか?」
心配そうな父の顔を見て、ファビアは自嘲の笑みを浮かべる。
いけないわ。今は思い出してはだめ。お父様の顔をつぶすわけにはいかないもの。
「そうですわね。少し緊張してるみたい。王宮があまりに美しくて気後れしていましたの。けれどもう大丈夫ですわ」
にっこり笑みを浮かべると父の腕をとり、扉の奥へと足を踏み入れた。
あー美しい。シャンデリア。
そう。わたしはこの王宮を護らなければならない。
ガーディアンの繁栄を…。
つつましやかに前に進むと、他にもデビュタントを迎えた女性たちがパートナーと一緒に前のほうへ並ぶ。
最初に始まるダンスはデビュタントの女性たちが真ん中で踊る。
真っ白なドレスに身を包んだまだ花開く前のかわいらしい女の子たち。
その中で自分も父にエスコートされ、比較的簡単なワルツを踊る。
かつては王妃教育を受けた身。
ダンスくらいお手の物だ。
ほとんど練習したこともないダンスを身軽にこなすファビアに父のジーニアは少しびっくりしていた。
「おまえ、いつの間にこんなにうまくなったのだ」
家庭教師をつけてはいたが、すぐに外に遊びに出てしまうといつも報告を受けていたのだ。まさかダンスをこんなに優雅にこなすとは思っていなかった。
「あら、わたしの運動神経を舐めないでくださいね。お父様」
もともと体を動かすことが好きなファビアだ。ダンスしてると楽しくなってくる。
目立たないようにずっと部屋に引きこもっていたからか体が鈍っていたらしい。
とても楽しいわ。
一曲踊り終えた時には気持ちがかなり高揚していた。
そんなファビアがどんなに光り輝いて見えているかなど当の本人は何も気づいていない。
この舞踏会をデビュタントに選んだ令嬢がかわいそうになるくらいだ。
父のジーニアと同じ顔をした超絶美貌の親子が抜群のダンスを披露しているのだ。目立たないという方がおかしい。
「なんとまぁ…」
「ほう…」
感嘆の言葉がそこかしこで飛ぶ。
結局…
目立たずつつましやかに過ごすというファビアの願いは完全に断たれてしまったのだということにファビアだけが気づいていなかった。
「ファビア。陛下にご挨拶に向かうぞ」
「はい」
三大公爵家であるロンズディール家が今回のデビュタントの少女たちの中では1番家柄が格上なのだから真っ先に国王陛下へ挨拶に行くのは当然のことではあるけれど、ファビアはダンスの楽しさを忘れてぐっと構える。
かつてこの王宮で何度も顔を合わせた方だ。
緊張が襲う。
自分が覚えているより幾分若く、まだ活き活きされている陛下は前世と同じようにやさしき言葉をかけてくださった。
「ガーディアンの太陽にお目にかかります。ファビア・ロンズディールにございます」
「顔を上げよ」
深々と完璧なカーテシーをした後、恐る恐る顔を上げると、優しい陛下のお顔の横に、冷たさを感じ、ハッとした。
思い出してしまったのだ。この冷ややかな空気を。
相変わらず…だわ。この方は。
その冷え冷えとした眼差しには軽蔑が込められている。
マーガレット王妃…。
前世でも最後までファビアを蔑み続けていた人。
「なかなかの腕前じゃな。初めてとは思えぬ」
「恐れ入ります」
それに引き換え陛下の声には優しさがある。その声に癒され、ホッとしたのも束の間、陛下の言葉に今日一番、いや、転生して一番の衝撃を受けた。
「ところで、我が息子は毎日学問ばかりに明け暮れていてな。まったくダンスの練習をせぬので困っておった。ぜひ手ほどきをしてやってほしい」
え?
待って…
うそ…?
こんな展開…アリ?
額の奥でタラリ冷や汗が流れた。
目の前に…いる。
1番…顔を合わせたくはなかった人が…。
いや…顔を合わせてはいけない人が…。