グレンダ側妃
皇帝からは晩餐から部屋に戻ったファビアのもとにすでに手紙が届けられており、その中身を見て少しファビアは驚いた。
『グレンダが会いたいと言っている。どうか会いにいってやってほしい。朕は公務が忙しく行けそうにない。お昼を一緒にしたいと言っておる。なお、この手紙をグレンダに渡しておいてくれないか』
その手紙のあまりに気さくな口調にびっくりしてしまったのだ。
ほんとうに皇帝陛下が書いたの?
ファビアは筆跡を知らないので何とも言えないが…。
けれど、お昼ということは、昼前に伺えばいいのね…。
なんとなく腑に落ちないものを感じつつ、ファビアは昼前にマウワ離宮へと入った。
ジュリアードの郊外にあるこの離宮はとても簡素な造りで、周りは牧場になっており、牛と馬が草を食んでいた。
まぁ馬。久しぶり。乗りたいなあ…。
と思いつつ、少し緊張気味に執事に案内され、通されたサロンにはグレンダ側妃がおひさまみたいにほっこりと座っていらっしゃった。
「まぁ。ファビア嬢ね。とても美しくてかわいい方」
ディエゴからは想像できないほど、ほっこりとした人。
例えるなら、春のたんぽぽみたいな人だ。
この母君からあの色気の温床みたいなディエゴが産まれたのが不思議な気がする。
瞳が美しく碧いのはディエゴが受け継いでいるのだわとファビアは思った。
ディエゴは間違いなく容姿は、父親似ね。
「はじめてお目にかかります。ファビア・エマ・ロンズディールにございます」
礼儀正しくカーテシーを行うも、グレンダ妃は気さくに話し始める。
「あまり堅苦しく考えなくていいの。わたくしもともと平民の娘なのよ。だから礼儀のことはあまりわからないの。あまり王宮の事にも関わるなって陛下からも言われているのだけれど、どうしてもディーの奥さんとは会いたくって、わがままを言っちゃった。ごめんなさいね。こんな田舎にあなたのような公爵令嬢にきていただいて」
ディー…と呼んでらっしゃるのね。
すごくかわいい呼び名だわ。
とてもかぐわしい香りの紅茶とクッキーが並べられていたので、ファビアはちゃんと食べることにした。
口に入れてみると、とても素朴な味がする。
昔、ナチュールで食べていた食事を思い出す。
「まぁとてもおいしい」
「田舎の味でごめんなさいね」
「いいえ。わたくし小さいころは田舎で育ちましたので。わたしの母も平民でした」
「まぁ」
グレンダが目を見開き驚いている。
「おかげでわたしは乗馬が大好きなおてんば娘なのですわ。ディエゴ殿下にも手が付けられないと言われていますの」
サロンの外に少し見える牧場の馬を見ながらファビアは言う。
「ですから、あの馬を見ると、どうしても乗りたいという感情しか湧きませんの」
そうするとグレンダはくすくすと笑った。
「いつでも乗ってくださっていいのよ。乗馬服もお貸し出来るわよ」
「まぁそれは嬉しいですわ」
ファビアが笑うとグレンダも笑った。
「そうですわ。グレンダ妃殿下。皇帝陛下からお手紙をお預かりしています」
あのなぞの手紙だ。
グレンダに渡すと、嬉しそうに破顔する。
「まぁありがとう。そうだわ。ファビちゃんとお呼びしてもいいかしら?」
え?
初対面で…。少しびっくりするも、グレンダなら全然OKな気になってしまう。
「はい。そう呼んでいただけると嬉しいですわ。実はその呼び名は今の母の呼び名ですの。すごく親近感が湧きます」
「まぁそうなの?じゃぁファビちゃんね」
「ファビちゃん。それでね。えっと…」
はずかしそうに言いにくそうに身体をもじもじとするのを見てファビアはピンときた。
「どうされましたかお母さま」
「まぁ。ファビちゃん!」
今日一番で嬉しそうな表情をする。なんてかわいらしい人なんだろう。
「わたしディーの奥さんからそう呼ばれるのが夢だったの。ほんとにディーの奥さんがファビちゃんで良かった」
「わたしこそですわ。お母さま。ディエゴ殿下のお母さまがグレンダ様で本当によかったです」
2人でにっこりと笑い合って、その日はとっても話がはずんだ。
ファビアはまたすぐにここに来そうだなと思った。
今日は話が楽しくて忘れてしまっていたけれど、今度は乗馬もしなくっちゃ。




