真夜中のディエゴの訪問
「なかなかに殺風景な部屋だな」
夜遅く、もう侍女たちも寝静まったころにディエゴは窓から入室してきた。
2階だというのに、全然平気らしい。
流石、戦争狂で名を馳せた人物だけある。
「ええ。特に女らしいものは好きじゃありませんので」
「お前らしい」
それにしてはひとつだけ使い込んだピンクのうさぎのぬいぐるみがあるが…と目をとめながらディエゴはファビアが勧めるままにソファに腰を下ろした。
「単刀直入に言おう。お前は今どうしたい?」
「え?」
「転生して、色々考えたはずだ。俺の場合は、ガーディアンを滅亡させたあと、レイナルド王を処刑して、その後ファビア王妃が毒殺されたと聞いてすぐの頃だった。第六皇子のアーグフルトに毒殺された」
「そう…だったのですか」
ディエゴの口から当時の話を聞くと、自分の悪行を目の当たりにした気になってしまい、冷や汗が流れる。
「お前…大丈夫か?後悔しているのか?自分の所業を?」
「そ、それは…今更後悔する資格もないほどのことをわたしはやりました。だから今世は懺悔をするつもりで生きているのです」
じっとディエゴの視線がファビアに注がれる。
「まぁ俺も似たようなものだ。第六皇子は皇后の息子で、あの2人にはずっと狙われてきた。そのたびに回避してきたのにあのとき回避しなかったのはわざとなんじゃないかと自分でも思うよ。いい加減嫌になった」
「え?」
「人を殺すことに」
そうか…。この人は戦争でずいぶん人を殺めたのだわ。
「ガーディアンを攻め落とすのは何の事はない、簡単だったよ。もう国の機能を果たしていなかったからな」
「ええ」
自分のせいで…。
「だが、悪女と呼ばれた王妃が毒殺されたあと、ガーディアンをミルアーに統合するために奔走していたときに、めずらしく怒り狂っている民を見た。貴族たちの評判は最悪だったしガナディーでの評判も最悪の王妃だった。なのに、その民は怒り狂っていた。あの方は分け隔てなくわたしたちを見てくださっていたのにと」
「え?それは…」
「北部の小さな町だった。ナチュールという町だったかな?」
「ああ…それは」
産みの母の街。
ファビアが7歳まで住んでいた街だ。
ファビアの目を涙が流れた。
ディエゴはじっとファビアを見ている。
「わたしが生まれ、育った町ですわ」
そのころのファビアはまだ貴族とか、純血とか何もわからなくて、ただただ、毎日走り回っていたっけ。
外で遊ぶのが大好きなふつうの女の子だった。
平民も貴族も何もわからなくて、みんなで楽しく遊んでいた。
「おまえはそこでは最後まで愛されていた」
「ううっ…」
言葉にならず、涙だけが溢れた。
あれだけ恨まれていたわたしを…愛してくれていた人が…?
「おまえは、自分を責めすぎだ。ガーディアンが滅びたのはお前のせいだけではないことをお前はわかっているはずだ」
「けれど!わたしが純血崇拝の者たちに交ざって民を…蔑ろにしていたことは確かで…わたしのせいでたくさんの人々が失意のうちに命を落としましたわ。それは紛れもないことなのです」
「ああそうだな。俺も同じだ」
前世ではディエゴの名は戦争狂として轟いていた。敗れた国の王族は無残な最期を迎え、民は税金を搾取されたと聞く。
「今から3年前に転生したとき、戦争の真っ最中でな。人を刺したところのそのときに舞い戻って吐き気がして倒れたよ。考えさせられたんだ。お前が愛されていたことに。悪女と呼ばれたお前と戦争狂と呼ばれた俺は他人にとっては同じようなものだ。そんな中でもお前は愛されていた。けれど俺は誰かに愛されたことがあるのかってね」
「殿下」
「それに…俺は誰かを愛したことがあっただろうかってね…」
「それは…」
「おまえは…レイナルド殿下を愛しているだろう?」
心なしか淡々と話していたはずのディエゴの口調が辛そうに聞こえた。
「レイナルド殿下をですか?」
愛している…?
のだろうか?
恋していた。
それは確かで…
けれど…




