ディエゴの苦悩
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「殿下、よいのですか?公務がおありでは?」
「ああ。大丈夫だ。今日はお前に付き合ってやろうと思ってな」
なぜなのかわからない。
ただファビア・ロンズディールについて知らなければならなかった。
だから近づいた。
それだけのはずなのだ。
「剣術を教えてほしいと言っていたではないか?」
「はい。よろしいのですか?」
おそらく剣術の腕もいいに違いない。
馬術の身のこなしを見ればわかる。
ファビアの運動神経は並大抵のものではない。
その辺の剣士なら男でも負けてしまうだろう。
ファビアのこの運動神経に興味がある。
それだけだ。
そう思おう。
案の定、剣術の腕は素晴らしい。
昔齧ったことがあるということだが、ちゃんとした師に教わればその辺の男くらい薙ぎ倒すくらいにはなるだろう。
「お前は習えばかなりの腕前になれる。ガーディアンに戻ってもやる気があるなら剣の師匠を紹介してやってもいいぞ」
「ほんとですか?」
パッと顔を輝かせたら、ディエゴの胸の奥がふわふわと浮いたような感覚になる。
まただ…。だからなんだ?この感覚は…。
けれどすぐに顔を曇らせた。
「けれど父が許しませんわ。ガーディアンはご存知の通り女性が活動的なのははしたないこととされていますから」
「ならば、お前が行ける時だけでも通えば良い。ガーディアンの王都ガナディーに知り合いが住んでるので話をつけておいてやる」
「まあ。本当にいいのですか?とても嬉しいですわ」
キラキラの日の光にその透けるように白いプラチナブロンドの髪がまぶしいとディエゴは目を細める。
そうだ。髪がまぶしいのだ。
決して…。
「少し休憩するか」
郊外の河原の人通りの少ない場所に、小さいころからひっそりと剣を振っていた場所がある。
そこにファビアを連れて来た。
下には小さな小川が流れている。
乗ってきた馬は、2頭仲良く水を飲みながら休んでいる。
「はい。それにしても暑いですわね」
見ると少しファビアの顔が赤らんでいる。
大陸の北部に位置するガーディアンではここまで暑くはならないのだろう。
そうだとディエゴは靴をおもむろに脱いだ。
「おまえも脱げ。暑さを回避するには一番いい」
「は?」
面食らっているが、おかまいなく手を伸ばすとファビアの長い乗馬靴をぐいぐいと脱がし始める。
「ちょっ…!」
「いいから。ジュリアードでは夏には皆がやることだ。貴族でもやってるから心配するな」
途中からはさすがに自分でやりますとファビアは顔を赤らめながら靴を脱いだ。
脱ぎ終わるとディエゴはファビアの手を強引に引き、小川に連れて行き、自らが先に川の中へ足を入れる。
「ほら、お前も来い」
少し躊躇していたようだが、そのまま足を水の中に差し入れた。
「うわっ。冷たい」
夏でも流れがある川はそれなりに冷たいのだ。
「い、痛いですわ。石ころが。足裏に刺さって」
そう言いながらも顔はものすごく活き活きして楽しそうだ。
まったく…ファビアという女は何なのだ。
どうして何にでもここまで喜ぶのだ。
「あっ!ほら見てください。ここに何かいますわっ!」
おそらく小さな魚だろう。
「きゃっ!何か足に…」
驚いているのか楽しんでいるのかわからないがこんなに楽しそうな顔なら…ずっと眺めていてもいい。
と、ファビアの前に一匹のウサギが現れた。
『どうしたの?』
ファビアがウサギと話している。
しばらく何か話していたようだが、ディエゴのほうを向くとファビアが言う。
「うちの子が怖がってるからあまりこっちにこないでって言ってました。戻りましょう」
ちょっと残念そうに戻っていくファビア。
ほんとに感情が豊かなんだな。
そのあと、市内に入り、馬は知り合いの厩舎に預けておくと、屋台で昼ご飯を買い食いする。
「この味とても好きです。うちのシェフにも作り方を覚えてほしいくらい。この食べ物はなんていうものですか?」
流暢なミルアー語を操り、屋台の主人に気さくに話しかけて作り方を聞こうとする。
公爵令嬢として教育を受けたのか?
ガーディアンの公爵令嬢にミルアー語が必要とは思えないが…。
ガーディアンの国で今ミルアー語を話せた方がいい女性など、王家の者くらいしかいない。
せいぜいが王妃か王太子妃。
王太子妃…。
に内定しているのか?すでに?
いやしかし…。
隣でくるくる表情を変えて屋台の主人に作り方を教わったファビアは満足そうに隣にいたディエゴをやっと振り返った。
「あ、ごめんなさい。つい夢中に…」
顔を赤らめてディエゴを怒られたところのうさぎみたいな顔をして見ている。
うっ…。
あーもう。くそっ!
「帰るぞ」
だいたい、他の男たちがおまえに注目して顔を赤らめているのを見ているのが腹立たしいのだ。
なぜだ。
なぜこんな気持ちをお前に抱く。
俺はお前の調査をしたかっただけなのだ。
なのに!
はっとした。
こちらを誰かが狙っている。
まちがいない。
刺客だ。




