ディエゴ・フェルナンデス
「なかなかいい案じゃないか?それでそのあと俺がお前をエスコートして馬車まで送っていけば、他のやつと踊らずに済む」
舞踏会はもう後半戦に突入している。
挨拶はすべて終えたのだし、確かにあと1曲踊れば、そのまま去ることも可能だろう。
お父様が戻るまで馬車の中で待っていればいい。
「いいかも」
ジョーの言った案がとても名案に思えて、ファビアは思わず笑顔を向けた。
一瞬、ジョーの瞳が見開いたことには気づいていないファビアだったが。
「ならば、この曲が終わったらホールに戻るぞ。そして踊ったあとは俺のエスコートで外に出る。それでいいか?」
「ええ」
その時、ホールからかすかに聞こえていた曲が終わったので、ジョーはファビアの手をとると、2人してホールに入場した。
始まった曲は曲調がワルツより複雑で少し難しいものだ。
あら、この曲知ってるわ。
いつも舞踏会の終盤のだれきった時に演奏されるもので、音楽団や会場の人々の気合を入れ直すためにわざと曲調の難しいものが選ばれる。
ダンス好きな者はこの曲を踊り、難しいステップを披露しあうのだ。
前世でも何度か踊ったことはある。
「難しくてよ。ジョー様」
「ああ。望むところだ」
ジョーの運動神経も相当なもので、この曲でリードを完璧にこなす男性に初めて会ったと思った。
「お前、なかなか筋がいいな」
「運動神経だけは自信があるのですわ」
2人のステップは完璧で、ダンスを見学する側にまわっていた貴族たちが、注目し始める。
「なんと、ロンズディール家の令嬢ではないか?」
「どこに消えたのかと思っていたが…」
踊っていると楽しい。
身体を動かすことが好きなのだ。
あー。ホントに楽しいわ。
この人と踊るの。
ジョー様っていったい…ほんとにどこの国の来賓なのかしら…。
この男の素性が気になって仕方なくなっている。
言葉遣いも悪く、容赦なく人を射抜くように見る礼儀のない男。
だけど、まちがいなく高貴な外国の青年。
「相手の方はどなた?」
「あの方は…ディエゴ殿下だろう?」
え?
突然思考が止まった。
ディエゴ殿下?
難しいステップを踏み続けるも、ファビアの頭の中はスッと興奮が冷めていく。
身体だけ動かし続けている状態だ。
この人が…?
ディエゴ・フェルナンデス。
ダンスが終わった。
「どうした?」
最期のフィナーレで腕に抱きかかえられ、上を向いている状態ではっきりとディエゴ・フェルナンデスの顔を見た。
この人が…。
「早く連れて行ってくださいな」
「ああ」
グズグズしていては次のダンスを申し込まれてしまう。
そのままファビアはディエゴの手をとり、エスコートされるがままに扉に向かい歩きはじめた。
『まぁあのままお帰りになるおつもりだわ』
『殿下2人をひとりじめして帰るなんてなんて人』
『信じられないわ』
悪意を持った言葉が耳をつんざくように響く。
けれどそんなことどうでもよかった。
ジョーと名乗り、いろいろと助けてくれたこの高貴な男が、ディエゴ・フェルナンデスだったことの衝撃がファビアの全身を支配していた。




