転生ヒロインは断罪イベントを阻止したい
「ジョゼフィーヌ、君との婚約を破棄する!」
王太子殿下の宣言で始まった断罪劇。
私は黙ったまま壇上の殿下を見つめた。
エリオット様は輝く金色の髪に透き通った青い瞳の美男子で、ただ立っているだけなのにその場を支配する空気を纏っている。
「あら?ボルトン様はなぜこちらにいらっしゃるの?」
「本当だわ。なぜかしら?」
みんな思い思いに囁きながら、興味津々といった視線を私に向ける。
殿下と一瞬目が合ったが、殿下はすぐに目を逸らした。
殿下の側に控えていた将来の宰相候補と言われているフェリクス様が殿下へ書類を渡す。
その書類を捲りながら殿下は告げた。
「シャルロット嬢への度重なる嫌がらせの報告が上がっている。なにか申し開きがあれば申せ」
もちろん私はまだ発言するわけにはいかないので黙っている。
「なぜ何も言わない? 認めるのか?」
周りからの視線が一気に私に注がれたのがわかったが、それでも黙っていると視線はまた殿下に移った。
「君はいつもそうだ。肝心なことは何も言わない……覚えているか? 君と初めて会った日」
えっ?
「婚約の顔合わせだと言うのに君は俺よりも目の前の菓子に目を輝かせ、夢中で食べて喉を詰まらせ」
「ちょっ、ちょっと、殿下っ!? 何をおっしゃっているんですのっ!?」
思わず止めてしまった。
何を考えているのっ!!
「どうした?」
面白そうな殿下の悪い微笑みはとても色っぽくて、悲鳴とともにガタッバタッという音がいくつも聞こえた。
「わっ、私はシャルロット様に嫌がらせなどしておりません」
殿下の余計な発言をスルーして答えた。
殿下の片方の口角が上がった。
さらに悲鳴とバタッという音がした。
「こんなに目撃証言が出てきているのだが?」
そう言って殿下は書類の束を掲げた。
「私はシャルロット様に貴族としての立ち居振る舞いをお伝えしただけですわ。嫌がらせをした意識はございません」
「なるほど、ものは言いようだな」
殿下の冷えた視線に体が強張るが、負けじと殿下を見返す。
「だが君が親切のつもりだったとしても周りがそう思わなければ、それは親切にはならない。周りが君の行動を決める。そのことは王太子妃教育でも学んでいるはずだが?」
「そっ、それは……」
「私はジョゼフィーヌ嬢との婚約を破棄し、新たにシャルロット嬢と婚約を結び直す!」
「殿下〜」
嬉しそうな顔をした聖女様が殿下の腕にしがみついた。
途端に心臓が鷲掴みにされたように息苦しくなった。
「私は……」
声が震えてしまい、思わず言葉を切った。
泣いちゃダメよ! 何やってるの私! 毅然とした態度で言い返さないと!
思っているのに声が出ない。
「どうした?」
感情を抑えたような殿下の声に、やっと少しだけど息ができた。
深呼吸をする。
「畏れながら殿下、陛下はこのことをご存じなのですか?」
「それは……」
「やはりそうですか。王太子の婚約者である私には陛下直々に監視がつけられております。一番は護衛が目的ですが、王太子妃として相応しいかどうかも見られております。その彼らが私の行いを「虐め」と判断せず陛下に連絡がいっていないものを、なぜ殿下がお一人で判断なさっていらっしゃるのですか?」
「しかし……」
「それに婚約は私たち個人の契約ではございません。それを勝手に、しかもこんな衆目の前で高らかに宣言など愚の骨頂ですわよ」
「ジョゼフィーヌ嬢の言う通りだ!」
そう言いながら現れたルーファス様に周りが騒めいた。
「えっ? あれルーファス様?」
「髭を付けていらっしゃるけれども、ちょっと無理が……」
「ルーファス様ー、頑張ってー」
やっぱり童顔のルーファス様に陛下役は重荷だったようね。だから申しましたのに……ルーファス様ドンマイですわ。
「っっ、ラファエル! お前がそんなに愚かだとは思わなかったぞ。ラファエルを廃太子とし、第二王子であるガブリエルを王太子とする。また、ジョゼフィーヌ嬢はガブリエルの婚約者とする」
ちょっと涙目になりながらルーファス様は言い切るとさっさと舞台袖に下がった。
ルーファス様絶対落ち込んでいるわ……。
「そんな! 陛下お待ちください!」
そう言いながらラファエル役のエリオット様も舞台袖に捌けて行くと舞台が暗転した。
そしてフェリクス様の落ち着いた声でナレーションが流れた。
「こうして前代未聞の婚約破棄騒動は王太子ラファエルの廃太子と生涯幽閉、冤罪でジョゼフィーヌを陥れようとしたシャルロットは修道院送り、嘘の証言をした者は籍を抜かれ平民となり、またその一族は降爵や奪爵などの罰を受けて幕を閉じた。いま一度ひとりひとり貴族としての立ち居振る舞いを見直す良い機会となれば幸いです」
何か心当たりがあるのか、ところどころから息を呑む音が聞こえた。
私はみんなと合流するため、暗闇に乗じてその場を離れた。
「今年の生徒会の劇、攻めてて面白かったわね! 演者の一人が客席にいたから臨場感が増して、まるで自分も物語の中にいるようでしたわ」
「本当にな! 実際にあんな愚かなことする王族はいないだろうけど、物語としては面白かったな」
「きっとあの噂への牽制ですよね? 信憑性のない話を無責任に広めることも罪になる。自分の発言に責任を持つべきってことを仄めかしてますよね?」
「そうだな。今頃噂流したヤツら青褪めてるんじゃないか?」
「…………」
「どうしたの? さっきからずっと黙っているけど。なんだか顔色が悪いわね?」
「そっ、そんなことないわ」
「そう? それならいいのだけれど」
客席から聞こえて来る感想は概ね好意的で、ひとまず成功と言っていいのかしら?
それにしても……
「エリオット様」
「ん?どうした?」
なにが「どうした?」よ!
小首傾げたりして、あざと過ぎますわ!
「どうして台本にない事をおっしゃったのですか?」
「アドリブがあった方が緊張感があって面白いだろ?」
「面白くなんかありません!」
「お前こそ、急に黙ったけど、セリフ忘れたのか?」
「違いますわよ!」
「じゃあ、本当に俺が聖女様に心変わりしたような気持ちになって泣きそうになっていたのか?」
「!?っっ、ち、ちがっ、ちがっ」
「ふふっ、アイラはかわいいな」
「ひえっ!」
目を細め頬を撫でる殿下は色気全開で失神しそうになる。
「殿下、その辺にしておかないとアイラ嬢に嫌われてしまいますよ」
「そうですよ」
「えっ? そうなの? 俺、アイラに嫌われるの?」
「えっ? べっ、別に、嫌いになったりはしない……ですけど……」
殿下の片方の口角が上がった。
またやられてしまいましたわ。悔しい!
みんなの生暖かい目が辛いですわ。
「それにしても、レナ嬢はよくこんなシナリオ思いついたよね?」
童顔だけど空気を読める男ルーファス様がつけ髭を外しながら話題を変えた。
「子どもの頃に見た夢だっけ?」
「はい、熱で1週間寝込んだ時に見た夢です。王太子がみんなの前で婚約破棄なんてあり得ない奇行ですけど、劇なら面白いかなって思って」
「いや本当だよ。現実でこんなことする愚かな男が王太子なんてその国はお終いだろ」
「意図が伝わればいいのですがね」
「そうですわね」
*****
前世の記憶を思い出した時はとても慌てたけれど、今では良かったと思っています。
だって大好きな人たちを守ることができそうだから。
私の大好きな乙女ゲーム。
健気なヒロインも有能な王太子やその側近候補たち、ヒロインの未熟さを嗜める公爵令嬢に至るまで魅力的なキャラばかりで何度もプレイした。
せっかくその世界に転生したのだから、みんなが幸せになれる様にと大人しく過ごしていたのだけれど、ゲームの強制力というのかな? 聖女認定されてあれよあれよと言う間に王立学園に通うことになって、しかも生徒会に入ることになってしまいました。
こうなったらアイラ様と仲良くなって殿下との仲を誤解されないように、逆に仲を取り持つようにしていたのだけれど、なぜか私が殿下に近づいているとか、それに嫉妬したアイラ様が私を虐めているという噂がごく一部ではあるけれど流れ始めました。
殿下やフェリクス様が調べた結果、第二王子派の一部の人たちがエリオット様の醜聞となりそうな噂を流している事がわかりました。
だから文字通り一芝居打つことにしました。
『嘘の証言をした者は籍を抜かれ平民となり、一族は降爵や奪爵などの罰を受けて幕を閉じた』
決して当事者だけではない。嘘の証言をした者も罰の対象となる。
「そんなつもりではなかった」はもう通用しない。
ナレーションが流れた際に息を呑む音や身動ぎする音がしたので、ちゃんと意図は伝わっているのだと思いたい。
それにエリオット様たちも「あんな事をするのは愚かだ」って思ってくださったみたいだし、この調子なら断罪イベント自体も回避できそうね。
殿下はアイラ様を溺愛しているし、アイラ様は殿下に転がされまくっているので問題ないとは思うけどね。
「レナ嬢、どうしました?」
「あっ、フェリクス様。いえ、好意的に受け取って貰えて良かったなと思いまして」
「大丈夫だと言ったでしょう? 貴方の普段の行いを見ていれば、悪く受け取る人などいませんよ」
「あっ、ありがとうございます……」
フェリクス様に優しく微笑まれて顔が熱くなり俯いた。
「それで、劇も無事に終わったのです。返事を聞かせていただけるのですよね?」
あっ? あれ? いつの間にか、みんないなくなっているし、なんか壁ドン(両手バージョン)されてる?
「うっ、はっ、はい……」
「それで?」
「あっ、あの、でも、私は男爵令じょ」
口を塞がれてそれ以上言葉を告げることが出来なかった。
そっと離れるとフェリクス様が言った。
「王太子の婚約者候補にすらなり得る貴方が何を言っているのかと思いますが、それでも貴方が爵位を気にするのであれば、私は弟に譲りますよ」
「そっ、そんなのダメです! フェリクス様みたいな有能な方がこの国には必要です!」
「ではどうするのですか?」
「うっ……フェリクス様のご家族に認めて貰えるように頑張ります……」
「(だから大丈夫だと……)一緒に頑張りましょう」
「はい、よっ、よろしくお願いします」
私がそう言うとフェリクス様の顔がもう一度近づいてきた。
*****
生徒の投票で決まる学園祭の最優秀賞は、2位に大差を付けて生徒会の劇が選ばれました。
そして学園祭以降、アイラ様や私に関する噂はぱったり止みました。
私たちは無事卒業し、エリオット様とアイラ様は翌年結婚。
エリオット様は後に国王に即位して今では賢王と呼ばれています。
アイラ様は今でもエリオット様に溺愛され転がされていて、子どもたちから生暖かい目で見られているそうです。
私もフェリクス様と無事結婚しました。
たくさんの人に助けて貰いながら、公爵夫人として頑張りました。
今は長男夫妻に任せ、領地でのんびりしています。
私たちの夫婦仲も良好ですよ。
今もフェリクス様は隣で微笑んでいます。
そうそう、ルーファス様は劇でエールを送ってくれた子と結婚しました。
彼らも仲良し夫婦です。
めでたしめでたし
私の拙い文章をお読みいただきありがとうございます。
また、いつも誤字報告ありがとうございます。
とても助かっております。