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嘘つきの中の、かすかな真(まこと)

作者: 真ん中 ふう

幼馴染みに手癖の悪い友達がいた。

その子は、友達の家に遊びに行くと、自分が気に入ったおもちゃを勝手に持って帰り、いつの間にか自分の所有物にしていた。

おもちゃを取られた友達が、「私のだよね?」と言っても、真面目な顔で、こう言い返す。

「え?私がお祖母ちゃんに買ってもらった物だよ。」

当たり前の様にそう言うので、取られた友達も「私の勘違いなのかな?」と、納得してしまう。


私も、その子が物を取るところをみた訳じゃない。

しかし、私も成長するにつれて、彼女の「癖」に気付いたのだ。


幼馴染みは、一つ年上のお姉さんだった。

「響子ちゃん、遊ぼ~。」

私達の住んでいた地域は、山に囲まれた、田舎町。

公園すらも無いような場所だったけど、私達子供は、裏山に登ったり、子供の足でも、ひと跨ぎ出来るような川でカエルを見付けたり、草むらでバッタを捕まえたりして、それなりに楽しく遊んでいた。


響子ちゃんのお母さんは教育熱心だった。

毎日塾や習い事で忙しい響子ちゃんと私たちが遊べるのは週一回。


「今日は、<たいくつ屋>に行こう。」

私達、子供の行きつけと言えば、駄菓子屋。

<たいくつ屋>は、小さな店構えの中に、ところ狭しと、駄菓子や文房具などが置いてあった。

店のおばさんも、地域の子供達の顔と名前が一致するぐらいの子供好き。

そんな安心感もあって、<たいくつ屋>は、常に子供が行き交っていた。

「ん~。」

「愛ちゃん、何買うの?」

一緒に買い物に来ていた智子ちゃんが、私の手元を覗きながら聞いてきた。

「パチパチ飴と、ねるねる。それと…。」

たいくつ屋に来ると、私はお菓子選びに夢中になる。

私が、ココアチョコにするか、当たり付きのガムにするか、悩んでいると、智子ちゃんが言った。

「響子ちゃんは?」

さっきまで隣で一緒にお菓子を選んでいた響子ちゃんがいない。

「あっ、いたいた。」

智子ちゃんが少し身を屈めて、吊るされているお菓子やおもちゃの間から、響子ちゃんを見付けた。

響子ちゃんは、私達やおばさんに背中を向けたまま、消しゴムを触っていた。

「消しゴムが買いたいのかな?」

「おやつを買いに行こうって言ってたよ。」

私と智子ちゃんは、<たいくつ屋>におやつを買いに行くと言ったはずの響子ちゃんが、消しゴムを見ているのが不思議だった。



「こらっ!待ちな!」

そんなおばさんの迫力のある声と共に、おばさんが店の外に駆け出した。

「響子ちゃん!」

外からおばさんの大きな声が聞こえた。

私と智子ちゃんは、持っていたお菓子をその場に置いて、おばさんが走って行った方に、向かった。


外に出ると、響子ちゃんがおばさんに手首を掴まれていた。

「ポケットの中身を出しなさい!」

そう言われ、響子ちゃんが出したのは、響子ちゃんがいつも持っている、ハンカチや髪止め。

おばさんは、響子ちゃんを自分の方に引き寄せると、無理やり響子ちゃんのスカートのポケットに手を突っ込んだ。

すると、響子ちゃんのスカートのポケットから、小さな消しゴムが出てきた。

おばさんはその消しゴムを、響子ちゃんの鼻先に出す。

「これは、なんだい?」

「消しゴムね。」

響子ちゃんは不思議そうな顔で言った。

「これは、うちの商品だよ!お金も払わず、ポケットに入れたね。おばさん、見てたんだよ。」

「え?知らないよ。」

響子ちゃんは首を傾げた。

「じゃあ、なんで、響子ちゃんのポケットに入ってたんだい?」

おばさんは怖い顔で響子ちゃんに聞くが、響子ちゃんは動じず、暫く考えて言った。

「あっ!きっと棚から消しゴムが落ちて、たまたま私のポケットに入っちゃったんだわ。」

響子ちゃんは悪びれた様子もなく、ニコッと笑っている。

おばさんは呆気に取られているようだった。

「嘘を付くと、お巡りさん呼ばないといけなくなるよ。」

おばさんは眉を寄せ、響子ちゃんに言い聞かせるように言った。

「嘘じゃないもん。私はポケットなんかに入れてないわ。」

響子ちゃんは、きょとんとした顔でおばさんに答えた。

全く動揺もしないし、嘘を付くときの後ろめたさみたいなものを一つも感じない。

そんな響子ちゃんの堂々とした態度に、おばさんはしばらく黙ったまま、響子ちゃんを見ていた。

響子ちゃんはおばさんから目を離さない。

それどころか、「何か悪いことでもしたかしら?」と言う表情で、首を傾げる始末。

私と智子ちゃんは、そんな二人を、ハラハラしながら見ているしかなかった。

「はぁ~。」

沈黙をおばさんが破った。

長めのため息を漏らす。

「今日の所は、許してあげる。でも、ポケットに商品を入れるのは絶対にダメだよ。次見つけたら、今度こそお巡りさんに来て貰うからね。」

おばさんはそう言うと、お店の中に戻っていった。


「響子ちゃん!。」

おばさんが居なくなってすぐに、私と智子ちゃんは響子ちゃんの元に駆け寄った。

「二人ともおやつは買えたの?」

響子ちゃんは何事も無かったように、私達に話し掛ける。

だから私達も、それ以上は何も言えなかった。

だって、万引きをしたようには、全く見えない態度だったから。


中学生になると響子ちゃんについて、ある噂が流れた。

「二年三組の、斎藤響子には、虚言癖がある。」

その噂は、私達一年生の一部の生徒にも、渡ってきた。

「響子ちゃんのあれ、虚言癖って言うんだね。」

同じクラスになった智子ちゃんが、私の席に来て、小声で言った。

「嘘を付くって事だよね?」

私も智子ちゃんも、響子ちゃんの噂を聞いて、初めて「虚言癖」と言う言葉を知った。

「この前、部室からお金が盗まれたんだって。でね、部室から響子ちゃんが出た後、お金がなくなってることに気付いた先輩が先生に言ったらしいの。でも、自分じゃないって答えたんだって。」

「そうなの?」

「ほら、たいくつ屋でも、同じ様な事、あったわよね。消しゴムを盗んだけど、盗んでないって言ってさ。」

「でも、嘘を付いている人の顔と態度じゃないんだよね。」

私は、あの時の響子ちゃんの「何を言ってるのか分からないわ。」と言わんばかりの表情を思い出していた。

「そうなのよね。全然動揺しないし、その後も、なんともない顔してるしね。でも、やっぱり変だよ。周りの人がたくさん、おかしいって言ってるんだから。」

私も智子ちゃんと同意見だった。

なぜなら、そういった事件には、いつも響子ちゃんが絡んでいるのだから、そう思われても仕方がなかった。


ある日曜日。

両親ともが仕事に出かけ、家に一人で居た私は、愛犬と散歩に出た。

そして、愛犬の散歩中、響子ちゃんを見かけた。

響子ちゃんは、通りを走る車が通っていくのを、ボーと眺めていた。

(なんか、やっぱり変だな。)

最近は響子ちゃんの周りには、あまり人がいない。

クラスの中でも、一人でいることが多いと聞いた。

(あんな噂が流れちゃったらね。)

小学生の時から響子ちゃんのおかしな言動を見てきた私は、周りの人が抱く感想と同じ気持ちを抱くようになっていた。

(遠回りしようかな。)

私は響子ちゃんの居る場所を通らなくても良い道に行こうと、踵を返した。

その時。

キキィーッ!!!

甲高い音にビックリして、後ろを振り返った。

「あぶねぇだろ!」

そこには、さっきまで車の流れを見ていた響子ちゃんが、道の真ん中でお尻をついていて、そんな響子ちゃんに罵声を浴びせる男の人が、車の窓から顔を出していた。

「交通事故?!」

私は急いで、響子ちゃんの元に駆け寄った。

すると、車を運転していた男の人が車から降りてきた。

「あんた、この子の知り合い?」

「えっ?あぁ、幼馴染みです。」

そう言うと男な人は、頭をかきむしりながら言った。

「この子が突然、道に出てきてさ。慌ててブレーキかけたから、ぶつかってないけど、一応病院に連れていきたいんだけど、付き添ってやってくれるか?」

罵声を浴びせた男の人は、案外ちゃんとした人で、こけてしまった響子ちゃんを心配していた。

「違うわ。私が道を渡ろうとしたのに、この人がよそ見をしていて、ぶつかりそうになったのよ!」

響子ちゃんは怒りながら、そう言った。

「はぁ!何言ってんだ!」

男の人も反論する。

私は困惑した。

その瞬間を見ていないのに、どっちの話が本当なのかなんて分からない。

「もういいわよ!」

すっかり、怒ってしまった響子ちゃんは、立ち上がり、スカートを自分の手で払いながら、歩いていく。

「おい!大丈夫なのか!」

男の人は怒りながらも心配していたが、響子ちゃんは振り返ることなく、行ってしまった。


(今日の響子ちゃんは変だったな。)

いつもなら、何か疑いを掛けられても、自分の正論を言って、感情を荒げることもなく、のほほんとしている。

なのに、今日は大きな声を出し、感情を表に出していた。

(転んだ所、大丈夫なのかな?)

そんな事を考えながら、家に向かうと、うちの玄関の前に、誰かが俯いて座っているのが見えた。

「響子ちゃん?」

私がそう声を掛けると、響子ちゃんが悲しそうな表情で、私を見返した。


私は響子ちゃんを自分の部屋に入れた。

「愛ちゃんの部屋、久しぶり。」

響子ちゃんはそう言って、小さく笑った。

「何かあったの?」

私がそう言うと、響子ちゃんは、私に駆け寄ってきて、私の背中に両腕をまわして、抱きついてきた。

ビックリしたけど、それよりももっと驚いた。

響子ちゃんが泣いている。

肩を震わせながら。

私は響子ちゃんの背中を擦った。

私が泣いたとき、お母さんがそうしてくれるみたいに。


「私、死のうと思ったの。」

私が用意したお茶を目の前に、響子ちゃんはそう言った。

「車に飛び込んで。でもあの人、ブレーキをかけたわ。」

響子ちゃんは、苦々しい顔でそう呟く。

「やっぱり、響子ちゃんが飛び出したのね。」

あの男の人は、悪くなかった。

(珍しい、響子ちゃんが本当の事を言うなんて。)

「何があったの?。」

私はもう一度、聞いてみた。

「私なんて、生きている価値ないのよ。いろんな人に疑われて。みんな何か起こると、私のせいだと思ってる。」

そして、響子ちゃんは私を見詰めた。

「愛ちゃんも私を疑っているんでしょ?」

私は何も言えなかった。

その通りだったから。

「だって…響子ちゃん、嘘付くじゃない。」

私は響子ちゃんから目線を反らして言った。

「嘘じゃないわ。本当の事しか言ってない。でも、誰も信じてくれない。最近はお母さんも私を疑って。」

響子ちゃんは声を詰まらせた。

口元を押さえる手が震えている。

目には涙を溜めて。

そんな響子ちゃんをみていると、なんだが、可愛そうになってくる。


「響子ちゃんはどうしたいの?」

私は、どう言えば良いか分からずに、率直な疑問を口にした。

「愛ちゃん。私、一人は嫌なの。誰でもいい。私の事を信じて欲しい。」

響子ちゃんは涙を流し、嗚咽しながら、泣き出した。

「じゃあ、約束して。もう嘘を付かないって。そうしたら、私が響子ちゃんを信じてあげるから。」

「え?」

涙で目を張らし、赤い顔をして、響子ちゃんが顔を上げた。

「それから、物を盗んだりしないで。」

「私は!」

「みんなそう思ってるの!響子ちゃんが違うと思っても、みんなは信じられないの!それが嫌なら、響子ちゃんが我慢するしかないの!」

反論しかけた響子ちゃんの言葉を遮り、私は大きな声で言った。

だって、響子ちゃんは嘘を付いてる。

昔からそうだった。

さっきだって嘘を付いた。

車にひかれそうになったんじゃない。

自分から飛び込んだ。

そう認めたじゃない。

私は確信を持って、響子ちゃんに強く言った。

すると、響子ちゃんは驚いたような、それでいて悲しそうな顔をしたが、「分かった。我慢する。」と小さく答えた。

「約束だよ。」

「…うん。」

私が小指を差し出すと、響子ちゃんは小指を絡めてきた。

「嘘付いたら、針千本のーます。指切った。」

この時から、響子ちゃんの虚言癖は影を潜めていった。


それから、数年。

響子ちゃんにまつわる噂はすっかりと聞かなくなった。

私も、響子ちゃん自身も高校生になって、新しい友達が出来ていた。


私が大学生になる頃、響子ちゃんは地元の企業に就職した。

私が進学のため、地元を離れると知った響子ちゃんは寂しがったが、いつでもLINE出来るしと言うと、安心したように笑っていた。


私も大学生活にも慣れ、アルバイトをしながら、楽しく大学生活を送っていたが、たまにしていた響子ちゃんとのLINEが、飛び飛びになり始めていた。

私がなかなか返信しなくなったからだ。

響子ちゃんに悪いなと言う気持ちはあった。

でも、それよりも目の前の学校やバイトの人間関係の方が私には重要だった。


「愛ちゃんの彼、カッコいいよね。」

私のインスタを見ながら、同じく地元を離れ、看護学校に進学した智子ちゃんとカフェでお茶をしていると、そんな話になった。

私の彼は、大学で知り合った、二つ年上の人。

同じサークルで、先輩後輩だったが、お互いに犬好きで話が合い、付き合うことになった。

智子ちゃんとはたまに彼氏も一緒に会っている。

「智子ちゃんは?好きな人、いないの?」

「いない、いない。看護学校なんて、授業もつめつめで、彼氏作る余裕なんてないわよ。」

「私とお茶する余裕はあるのに?」

「それはそれ。」

そんな会話をしながら笑い合っていると、私のスマホが鳴った。

画面を見ると、響子ちゃんからのLINEだった。

(最近ちゃんと返信してないしな。)

私は、そんな後ろめたさから、そのLINEを開いた。

すると、そこには、目を疑う写真が添付されていた。

「どうしたの?」

私がスマホに釘付けになったのを、不思議に思った智子ちゃんが、私のスマホを覗いた。

「これ…。響子ちゃん?」

そこには、ホテルと思われる大きな丸いベッドに下着姿でこちらに笑みを浮かべる響子ちゃんの姿。

そして…。

「その人、純君?」

響子ちゃんの胸に頭を乗せて眠っている裸の男の人の姿。

私の彼だった。

「どう言うこと?」

私はその一言を絞り出すのに、いっぱいいっぱいだった。

(何これ?)

訳が分からず、私は響子ちゃんに電話を掛けた。

「あっ!愛ちゃん。LINE見た?」

バカみたいに明るい、響子ちゃんの声。

私は腹が立った。

「何よこれ。」

「何って…私の彼よ。」

まただ。

また始まった。

響子ちゃんの嘘。

虚言。

なんで?

あれ以来、ずっと何もなかったのに!

私を渦巻く感情は嵐の様だ。

「今、彼の所に遊びに来てるの。愛ちゃんも来ない?」

もう訳が分からない。

私は居ても立っても居られなくて、すぐにカフェを後にした。


響子ちゃんが指定してきたのは、ラブホ街の近くの喫茶店。

昔ながらの古びた佇まいが魅力なんだろう。

でも、今の私には、喫茶店を楽しむ余裕はなかった。

「愛ちゃん!こっち!。」

扉を開け、一歩足を踏み入れたとたん、喫茶店の奥から響子ちゃんが顔を覗かせ、手を振っている。

私は、長細い店内を歩き、一番奥までいって、愕然とした。

「純君。」

そこには、窓際に座って、険しい顔でこっちをみている私の彼、純君がいた。

響子ちゃんは純君にくっついて、座っている。

私は苛立ちを押さえ、二人の前に座った。

(きっと、何かある。これは、響子ちゃんのいつもの虚言よ!)

私のせめてもの救いは、そこだった。

今日ほど響子ちゃんの虚言癖を願った日はなかった。


「愛ちゃん。紹介するね。私の彼。純君。」

「何を言ってるのか分からないわ。」

私は冷たく言い放った。

「彼は私の付き合っている人なの。そうよね。純君。」

しかし、純君は、私を見ようとせず、怖い顔で窓の外を見ている。

「ねぇ、純君。」

「やめてよ!」

私が純君に話し掛けると、響子ちゃんが強く私の言葉を遮った。

私は思わず、響子ちゃんを見た。

響子ちゃんは、怒ったように私を見ている。

「ちょっと愛ちゃん。初めてなのに、慣れ慣れし過ぎない?いきなり名前で呼ぶなんて、失礼よ。」

「失礼はそっちでしょ?!」

私が続きを言い掛けた時、黙っていた純君が私を睨んだ。

私の心のなかは一気に悲しみに飲み込まれた。

「何よ。どう言うことよ。」

私は、涙を浮かべながら、二人を見た。

「愛。お前、俺にずっと嘘を付いてたんだな。」

純君が口を開いた。

「嘘?なんの事?」

すると、純君は私の前に自分のスマホを置いた。

「何よ…これ。」

そこには、私の記憶にない、いろんな男の人との、写真が写っていた。

中には、さっきの響子ちゃんの様に、下着姿で男の人とベッドに横たわる私の写真もあった。

「違うわ!こんなの知らない!響子ちゃん!何よこれ!」

「何って…愛ちゃんが私に送ってきた写メじゃない。私達、離ればなれになったから、LINEでいつも連絡取り合ったり、写真を送りあったりしてるじゃない。」

響子ちゃんは、「何を今更言ってるの?」という顔で、私に言った。

(この顔。見たことがある。)

響子ちゃんの表情は、たいくつ屋で、万引きをした時のおばさんにシラを切った時と同じだ。

自分には全く身に覚えがなく、自分は嘘なんて付いていないと言う、自信に溢れた顔。

「お前がこんなに淫乱だったなんて知らなかったよ。」

「違うわ!」

必死に否定する私に、追い討ちを掛けるように、響子ちゃんが言った。

「私、愛ちゃんは私の自慢の友達で、よくモテるのよって、純君に教えてただけだったの。でも、ごめんね。純君は、私のものだから、諦めてね。」

響子ちゃんはニコッと笑って純君を見た。

「お前とはもうやっていけないから。」

純君は私を突き放すような冷たい目でそう言った。

「待って!」

しかし純君は振り返らずに喫茶店を出ていってしまった。


静けさに包まれた店内で、響子ちゃんが言った。

「愛ちゃん。可哀想だけど、仕方ないわよ。」

その声は、明るかった。

「どんなに愛ちゃんが違うと思っても、純君はもう愛ちゃんを信じられないの。これ以上純君を傷つけないであげて。嘘を付いた愛ちゃんが、我慢するしかないのよ。」

私は、呆然とした。

すると、響子ちゃんは喫茶店を見渡して言った。

「あ~ぁ。わたしもおしゃれなカフェに行きたいわ。でもね。私、田舎者でしょ?都会のカフェって緊張しちゃって。ここは、古びた感じが、私達の街みたいで、落ち着くわ。」

私達?。

はぁ?。

もう、一緒に居たくない。

こんな裏切りあり得ない。


バシ!


私はいつの間にか、響子ちゃんの頬を叩いていた。



30歳になり、私は二度目の恋をした。

相手は仕事先の先輩。

彼はとても落ち着いていて、考え方も大人だった。

周りの声に振り回されず、自分自身を持っているところが私を安心させてくれた。

そんな彼と私は結婚する事になった。


「結婚、おめでとう。」

智子ちゃんは、私達の新居に花束を持ってきてくれた。

「ありがとう。」

私はその花束を、彼と二人で受け取り、微笑みあった。

私の結婚を知っているのは、地元からの友達だと、智子ちゃんだけ。

また響子ちゃんにめちゃくちゃにされるのが怖くて、他の人には言えなかった。


私達はお祝いと称して、三人でご飯を食べ、お酒を飲んだ。

久しぶりに飲んだ、カンチューハイは、カンカンでそのまま飲んだからか、ずいぶんと回った。

(コップにして、氷を入れれば良かったかな?)

ふわふわとした気分のまま、そんな事を考えていた。

そんな時、私のスマホが鳴った。

ボヤけた目で着信の名前を見ると、お母さんからだった。

「もしもし。」

電話に出て数秒後。

私の酔いは覚めた。

そして、智子ちゃんのスマホも鳴った。

智子ちゃんは電話に出て、すぐに言葉を失っていた。

私達に掛かってきた電話の内容は、同じだった。

「響子ちゃんが、亡くなったのよ。」


翌日、私は喪服に身を包み、地元に帰った。

響子ちゃんのおうちでは、彼女の早すぎる死に、ご両親が放心状態で座っていた。

私と智子ちゃんは順番に、御焼香をあげる。

顔を上げると、遺影の中の響子ちゃんが、こっちを見て微笑んでいた。


お葬式の帰り道、私は響子ちゃんのお母さんに呼び止められた。

おばさんは憔悴しきっていて、見るに耐えなかった。


「愛ちゃん。あの子がいろいろと迷惑かけてごめんなさいね。」

おばさんは私に深々と頭を下げた。

そして、一冊のノートを私に渡した。

「それ、あの子が書いた物なんだけど…良かったら、読んでやってちょうだいね。」

おばさんはそう言うと、フラフラと体を左右に揺らしながら、ゆっくりと家に入っていった。


智子ちゃんは、お葬式の時にいろんな人から話を聞いたらしい。

「響子ちゃん。自殺だってね。」

私と智子ちゃんは、昔三人でよく遊んだ、小さな川に腰を下ろした。

「おばさんね、昔、教育ママで、とても厳しかったんですって。私達の前では、笑ってる人だったけど、響子ちゃんの前では、よく怒ってたみたい。」

「そう。」

死んだ人のことは、悪く言いたくない。

でも、同情なんて出来なかった。

「小さい頃、よく嘘付いてたじゃない?あれって、虚言癖の一つみたいだよ。」

看護師の智子ちゃんは、いろんな本を読んでいる。

そして、たくさんの人から物事を学んでいた。

「自分は優れている。そう思っているのに、実際はそうではなくて、人に対して劣等感を持ったりする。それが嘘をつくことに繋がるらしいわ。それで、嘘を付きすぎて、自分でも何が本当で嘘なのか、分からなくなってしまうみたい。ほら、響子ちゃん、嘘を付いても、しれっとしてたでしょ?多分、自分の嘘が嘘じゃなくなっちゃったんだよ。」

「だから、あんなに平気な顔してたって事か。」

「多分ね。」


本当の事なんて、本人じゃないと分からない。


「そのノートは?」

智子ちゃんは私の手元を見て言った。

「おばさんが渡してくれたんだけど、智子ちゃん、一緒に見てくれる?」

「いいよ。」

ノートを開くと、響子ちゃんの特徴的な丸文字で文章が綴られていた。



「私は頭が悪い。どんなに頑張っても、お母さんから誉めてもらえるような点数は取れない。80点も、90点も、許されない。」



「習い事が多くて、なかなか遊べない。みんないいな。仲良しで。今日も、たいくつ屋に行ってるのかな?」


最初のページには、小学生の響子ちゃんの文章が書いてあった。

そこを読むと、おばさんから認められたいと願う、響子ちゃんの想いと、自由に遊んでいる私達を羨む響子ちゃんの気持ちが分かる。


しかしだんだんと、響子ちゃんの虚言癖が顔を出し始める。


「私のお祖母ちゃんからのプレゼント。あの子は自分の物と勘違いしてたわ。失礼しちゃう。」


「たいくつ屋のおばさんに怒られた。なんでかな?」


この頃には自分でも嘘と本当の境界線が分からなくなっていたのだろうと感じた。


そして子供の頃の文字から段々、大人の文字に近づいていく。


響子ちゃんが私と嘘をつかないと約束し、虚言癖が影を潜めていた頃の文章がある。


「私は嘘なんて付いてない。でも、周りはそう思ってる。だから、我慢しなきゃ。我慢。我慢。愛ちゃんに愛想を尽かされちゃう。」



「愛ちゃんも智子ちゃんも、都会に行っちゃう。私だけ取り残されちゃう。でも、仕方ない。私は頭が悪いから、進学なんて出来なかったもの。」



「愛ちゃんがインスタを始めた。とても楽しそう。大学で、都会で、楽しんでる。」


そこからはだんだんと、響子ちゃんの劣等感が剥き出しになっていく。

私が大学で楽しめば楽しむほど、響子ちゃんの言葉はキツくなっていった。


「この前LINEしたけど、返事がなかった。もう私の事なんて、どうでも良いのかな?」



「彼氏が出来たのか。でも、変な顔だな。ブサイク。」



「生意気。年下の癖に。悔しい。腹が立つ。あの時もそうだった。偉そうに、我慢しなさいと言った。私もあの子に言ってやりたい。我慢しなさいって。」


響子ちゃんは、交通事故未遂の後の、私の言葉を恨んでいたのだと分かった。

嘘を付いていたつもりのない響子ちゃんには、私の言葉はひどく感じたのだろう。

そして、私を貶めるため、彼に罠を仕組んだ。

私の写真も、インスタから流用し、加工や合成をした物だと書かれていた。



「我慢しなさいって、言ってやったわ。私よりも上に行くからダメなのよ。年下なんだから、私よりも下にいなきゃ。」



ノートを読み進めながら、智子ちゃんが言った。

「やっぱり、劣等感や寂しさを抱えていたんだね。」


そして、最後の文章には、響子ちゃんの悲しい思いが書かれていた。


「すっきりしたのに、モヤモヤする。私は大切な友達を失ってしまった。でも、これで良いんだ。これ以上、愛ちゃんに依存しちゃいけない。このままだと、愛ちゃんを壊しちゃう。愛ちゃんの人生を壊しちゃう。愛ちゃんは私に無いものをたくさん持ってる。きっと、素敵な女性になるんだ。そんな友達を恨みたくはない。劣等感の塊の私は、もう居ない方がいいわ。」


文章は、そこで終わっていた。


ノートを読み終わり、私は一つ疑問に感じた。

「私にあって、響子ちゃんに無いものって、何かな?」

聞かれた智子ちゃんは、暫く、「ん~」と唸りながら、空を見つめた。

そして、出た答えがこれだった。

「普通の生活…かな?」


そうか、響子ちゃんはお母さんから締め付けられ、心の行き場を見失ったんだ。

そして、理想の世界を自分の中に作り上げた。

それが、私達にとって嘘の世界でも、響子ちゃんはその世界を信じてた…心の底から。


「愛ちゃんは、響子ちゃんを救ったんじゃない?」

そう言う智子ちゃんと目が合った。

智子ちゃんは微笑んでる。

「愛ちゃんのお陰で、嘘を付かなくなった。空想の世界から抜け出して、現実をみたんだよ、きっと。」


本当に、そうなのかな?

本当の事なんて、本人しか分からない。

でも、人の気持ちを勝手に周りが操作できてしまう。


本当なのか、嘘なのか、私はしっかりと見極めて生きていかなきゃいけないと、響子ちゃんに教えられたのだ。


そして、嘘の中にも、わずかな真実が隠されている事があると、私は知った。

響子ちゃんがそうだったように…。


読んで頂き、ありがとうございました。


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