甘ったるい臭いの逸楽の宴
むかーし、同人イベント用に書いた短編を大幅に改稿して投稿です。
文量的には七割増しでしょうか。
R18に該当するのかしないのかわからないのでR15としてアップしました。
ぼくの葬式は滞りなく無事に終わり、もうすぐ四十九日が過ぎようとしていた。
そしてぼくはいま、壁に飾られた絵の中から自分の部屋を眺めている。
主を失ったけど、生前とほとんど変わらぬ四畳半の部屋。
両親に宛てた遺書に『自殺します。でも、自殺に見えないように死にます』そう残して通学途中の橋の上から自転車もろとも海に落ちた。
少しばかり勇気が必要だったけど、目的のためにどうしても越えなくてはいけない試練。
遺書に書いたことそれは、みずからの意志により死を選んだことに後悔はない、と。
さらにぼくの死後、持ち物は残らず処分して欲しいことを書いた。
それは、この世界にまるでぼくが最初からいなかったようになにもかも。
そして壁に掛けられた絵を、三ヶ月過ぎたら遺書に書かれている住所先に送ってほしいと。
最後は、なぜ死にいたったのかを苦悩混じりの文章で締めた。
人生最後の文章、自分でも怖いくらいに文才溢れる名文を書けたと自負している。
いま、自分が閉じ込められている絵に出会わなければ、ぼくは死など選ばなかった。
そう、ぼくは、この絵の中にみずからの意志で閉じ込められるために死を選択した。
◆◇◆◇◆◇
来月、十七才の誕生日を迎えようとしていたある日、夏休みを利用して電車で日帰り一人旅の途中、鎌倉近辺で下車しメイン通りの商店街から外れたところにあった骨董屋で偶然見つけた一枚の水彩画になぜか心奪われた。
西洋建築の屋敷を背景に庭先で立食パーティーをしている絵。
中央にこのパーティーの主人公と思われる白い衣服を身にまとった一人の少女が椅子に座り、そのまわりにはたくさんの人たちが描かれていた。
当時流行していたと思われる衣服を身につけた男女に、いくらばかりかの大人たち。
比率は二対八くらいで女性が多い。
そして給仕服!?を着た女性の姿や、飼っていると思われる数匹の子犬も描かれていた。
年老いた骨董屋の店主が言うには、大正末期から昭和初期頃のさる華族の者が娘の誕生日祝いに開いた宴を記録として描かせた一枚らしいと。
歴史的価値、値段うんぬんよりも、中央に描かれた主人公の少女に心を奪われた。
絵を眺めるぼくの側で店主は言った。
「二十万、しかしいまの君には無理だろう。どうだろう、出世払いでもかまわない。もし、不要になったら言っておくれ、いつでも引き取るよ」
あきらかにおかしすぎる思いがけない提案にじっくり二十分間考え、了承した。
住所と名前、電話番号を伝え、所持している三万円を手渡した。
店主は絵の価値から飾り方、正しい保管方法、とくに直射日光に注意するように教えてくれ、ぼく的には持ち帰るつもりだったけど、絵画専門の宅配便を手配してくれサービスと言ってくれた。
四日後、無事に絵は届き店主に言われた通り自室の日の当たらない、さらに地震で周りの物が倒れてもぶつからない北側の壁に掛けた。
それから一ヶ月くらいが過ぎたある夜、トイレで用を足して部屋に戻るとなんとなく見つめられている視線を感じて、それは壁に掛けてある絵の中からくるように感じた。
動いた!?
目の錯覚!?
絵の中でなにかが動いたように見え「そんなことはない」と、つぶやいた。
仮にもし、本当に動いているのなら、ぼくを宴に誘え──そうも付け加えた。
布団に入りどれくらいの時間が立ったのだろうか、ぼくは本当にその宴の隅っこに立っていて、ああ、これは夢なんだと、それならせっかくのチャンスを無駄にしたくない。
無謀にも人の輪の中に入っていった。
進む先、奇妙にもみなぼくに軽く挨拶を交わしてくれ、その挨拶は以前からぼくのことを知っているようで少し驚くけどそれなら話は早いと宴の中央、椅子に座る少女の目の前に進み出た。
そして椅子に座る少女の前で片膝をつき、白く細い手をとり、手の甲にキスをするしぐさをしてみた。
少女は小さな声で言った。
「有り難う」そして「ようこそ私の誕生日を祝う席へ」
椅子から立ち上がると周りを囲む人たちを一人ずつ紹介してくれた。
幼なじみから学友、外国の人たち、飼っている子犬の名前まで教えてくれた。
そのあと、給仕の女性が運んできてくれた飲み物を口にしながら宴の席で様々な人たちと会話をした。
◆◇◆◇◆◇
ふと目が覚めると朝で、枕元で目覚まし時計がジリジリ鳴り続けるいつもの朝が待っていた。
面白い夢を見たものだ、また見られるだろうか。
その日の授業はうわの空で、そればかりを考えていた。
そしてぼくの願い通り、三~五日に一回は宴へ足を運べるようになった。
二ヶ月が過ぎようとしていたある日、いつものように宴に交じり様々な人たちと異文化交流をしていたら背後からぼくを呼ぶ給仕の女性の声があり「こちらへどうぞ……」そう短く口にすると、屋敷の玄関先に手を向け軽くうなずいた。
給仕の女性の案内の元、屋敷の玄関先に立つぼく。
この絵の中に何度もお邪魔しているけど、屋敷の中に入ったことはなかった。
ふいに後ろで行なわれている宴がなんとなく遠くなったような変な感じがして振り向くと、いつもと変わらないいつもの宴が行なわれていてぼくの勘違いか、目眩でもしたのかと思ったけど、やっぱりなにか雰囲気が違うように感じた。
「どうされました?」
やさしく尋ねてくる給仕の女性。
ぼくはなんでもないと告げ玄関先に視線を向けるもやっぱり変な感じがしていま一度振り向くけど、やっぱりいつもと変わらないいつもの宴が行なわれていてぼくの勘違いか、目眩でもしたのかと思ったけど、なにか雰囲気がやっぱり違い、意識を集中して宴を見ていたらわかった。
誰もぼくに視線を、興味を、声をかけてくれなかった。
誰もぼくに、関心を示していなかった。
まるで最初から存在していないかのように。
「お嬢様がお待ちです、中へどうぞ」
ハッとその声にぼくは振り返り、屋敷の中へ入っていた。
宴、どうでもよくなっていた。
外見から見るより建物内は広々としていて、鈍く橙色の光を放つ照明が照らす先、古めかしい建具や調度品は、雰囲気そのものが映画に登場するいち場面そのもの。
後をついて行くと二階の一番奥の部屋の前で給仕の女性は立ち止まり、襟元を整えドアをノック。
「お嬢様、お連れ致しました」
返事はない。
けど「失礼致します」そう言ってドアノブに手をかけドアを開けた。
給仕の女性の後ろに立ち、室内へ足を踏み入れるとそこは寝室。
むっとする甘ったるい臭いがツンと鼻につく。
これはメスの匂い。
これはどういうことなのか給仕の女性に訊ねようとするも、ぼくの目の前には誰もいない。
ふいに背後から両手が抱きついてきたかと思うと、そのまま広い寝具に向けて足が勝手に進んでいく奇妙な感覚に襲われ、そのままベッドの上に倒れ込んだ
後ろを振り向くとそこには笑みを浮かべた少女の姿。
少女は口にした。
私のことが気にかかりこの世界へ来たのでしょう?
私も貴女様のこと、気にかけていましたの。
それだけ言うと少女はくちびるを重ねてきた。
チョコレートの甘い匂いとほんのりつけた香水の香りがぼくの鼻を刺激し、やわらかいくちびるの感触が理性を溶かしてきた。
ぼくはなんのためらいもなく、衣服の下に広がる白い肌を鈍色に灯るランプの前にさらけ出した。
そしてぼくは少女を抱いた。
白く華奢な肌はあまりにも甘美な麻薬。
それ以来、ここを訪れるたびに行為が日課となり、心の内に広がる欲望の塊を吐き続けることになった。
少女はくちびるを重ねながら問うてきた。
なぜ女の子なのに自分のこと『ぼく』って言うのと。
理由はない。
なんとなく……。
それだけ口にして少女の口を、くちびるで塞いだ。
◆◇◆◇
事後、少女はぼくのコンプレックスの塊でもある薄い胸に顔を埋めながら「今度、御客様をお迎えしようと思うの。ご一緒にお相手、して下さる?」
ぼくはきっぱりと「嫌だ」と言い切った。
嫉妬するから。
少女はむくりと起き上がると「うれしい。私の事を深く、強く、好いてくれているのですね」
こくりとうなずくぼく。
「でも、それですと困ることになるの。この世界を維持するためにもどうしても必要なことなの、わかって……」
ああ、はじめから選択の余地はなかったんだ。
「大丈夫、安心して。汚れたモノではないから。きっと貴女も好きになると思うわ」
ぼくたちとは違う、汚れたモノではないことに安堵のぼく。
「ふふっ、臆病な方ね」
その返答に対しぼくはちょっと意地悪がしたくなり、お客とやらの相手をする代わりに一つ願いを聞いて欲しいと告げた。
なに、簡単なことですと付け加えて。
「それはなんですの?」
首をかしげ詰め寄ってくる少女の首筋にキスをしながら告げた。
快諾、してくれたら教えて上げるよと。
「私の心を弄ぶ悪い人……。わかりました、快諾しましょう。貴女様の願いを一つ、叶えましょう」
ツンとくちびるを尖らせ澄ました顔で口にした少女。
「一つ、一つだけですよ」
念を推してくる少女。
ぼくはなんのためらいもなく言い切った。
お迎えするお客さんの目の前で君を、身も心もグチャグチャに汚し、目茶苦茶にしたい。
目を丸く見開き、驚く少女にさらに伝えた。
「言葉は、とってあるからね」
さぁ、宴のはじまりだ。