09
「......昨日の人は?」
何もなかったように朝の挨拶を済ませ「怪我のほうはどうですか」と尋ねられた。「まだ少し痛みはありますけど大丈夫です」と答えてからはいつも通り、何事もなかったかのように会話が進められるのでジェームズさんに尋ねれば、一瞬間が空いてから答えてくれた。
「誰に雇われたのかを聞き出しているところです」
頭に浮かんだのは生気のなかった顔から、別人のようにわめいていた姿だ。
“あれ”呼ばわりされ、“もの”扱いされたことの不快感が時間を置いてじわじわと胸にわいてくるようだった。
セフィがこちらを心配そうに見ているのに気づき、頭からそのことを締め出す。
「誰かに雇われてたんですか?」
気を取り直して尋ねたのは、先ほどの言葉を引き継いだものだ。
昨日のあの男の口ぶりからも誰かに雇われたとは思えなかった。
まるで私を自分たちの所有物のように言っていたからだ。
誰かに雇われているのであれば、自分のもの扱いするだろうか?
「えぇ...そのようです」
気のせいでなければどこか気まずげなジェームズさんが重そうに口を開いた。
「…昨日の今日で申し訳ないのですが、体調が悪くないようであれば治療をしていただきたいと思っているのですが...」
「あ、はい。そのつもりでした」
気まずそうにしている理由がわかり、なんだそんなことか、と思いながら返す。
元から今日は休むつもりはなかった。休みたいという気持ちはあれど、昨日一日休みをもらえただけでもありがたいと思っているので、昨日のことにかこつけて今日も休みにしろ、なんて言うつもりはない。
肩の痛みは残っているけど、動けないってほどでもない。
どこか安堵しているようなジェームズさんは、きっとまだ治療を受けていない子供たちのことを心配しているのだろう。
わたし以外治療することができないので、私が治療を休めばそのぶん病気は進行する。
昨日休んだ分を今日、しなくてはならないのだ。
それを今日も休むなんてことになれば、子供たちのことを心配するのも道理だ。
毎日顔を合わせ話をするうちに、最初に感じていたはずの苦手意識は今はすっかりなくなっている。
一見神経質そうに見えるのに、こうして時折元来の人の好さを伺わせるからだろう。
「明日、レイノルフ様が話をしたいそうです」
「えっ、あ、はい。わかりました」
何気ない調子で告げられ、頷きを返しながらも頭は予想を立て始めた。
このタイミングで話があるなんて...昨日のことについてだろうか。
詳細を知らせてくれるのかもしれない。そう思い至り、納得する。