07
この部屋と、治療するために使っている診療部屋を行ったり来たりを繰り返している毎日なので、この王宮に住んでいるとはいえ、どこにどんな部屋があるのかもわからない。
そもそもここに来てから自由時間はほとんど寝てるか、食事をするか、生活をしていただけなので
、急に降ってわいたような休日にも何をするか思いつかない。
結果、とりあえずぼんやり窓辺の椅子に座って外を眺める。
階下には流石王宮だけあってきれいに手入れの行き届いた庭園が広がっている。
バラがちょうど季節なのかきれいに咲いている。緑色の中に目を引く黄色や桃色、赤、白などが咲いているのが遠めからでもわかる。アーチを描くバラの入り口をくぐれば、色とりどりのバラが咲いていてそれをゆっくりと眺めることができる東屋まであるようだ。
きっとこの庭の持ち主は自慢に思っていることだろう。
ぼんやり取り留めなくそんなことを考えていると、セフィに声をかけられた。
「お庭に出てみるのはどうですか?」
「そうだね......どうしようかな」
あまりにも暇そうにしている私を見て提案してくれたようだ。
セフィは相変わらずてきぱきと部屋の掃除をしている。それを黙ってみているのもどうかと思い、手伝おうとしたものの「お休みなんですからゆっくりなさっててくださいな!」と断られてしまった。
迷うものの他に候補は浮かばない。
王宮から出るのも考えたが、見知らぬ土地でショッピングする勇気は出なかった。それにそもそもお金も持っていない。
せっかくもらった休みなのにこうやって窓辺に座ってただただぼんやりしているのももったいない。目的はなくとも少し散歩にでも行こうか。
そう考えると急にここに座っているのが惜しくなった。
「ちょっと散歩に行ってくるね」
「はい、いってらっしゃいませ」
にこっと笑ったセフィに笑みを返して部屋を出た。
足首まですっぽり隠れるワンピースのような服は楽でいいものの、少し足に布がへばりつくような気がして歩きづらい。もう少しだけ丈を短くしたいところなのだけど、セフィや他の女官の人たちの恰好を見るに、それがこの世界では不作法なのかもしれないと思って言えずにいる。
最初に用意された服は、ドラマや映画で見たことがある中世の貴婦人のようなフリルがたっぷりついたゴージャスなドレスだった。けれど動きづらいことこの上ないので、あれを着るよりはいいか、と妥協して今に至る。
聞いたことがない病気に聞いたことがない国名などからもどうやらここは異世界らしいと解釈しているが、生活様式などについては中世のヨーロッパ風だ。
フリルがたくさんついた動きづらいドレスを着こまされそうになるし、夜には電気の代わりに蝋燭。お風呂はあるもののシャワーなどはないことからも現代ほどに文明が進んでいないことがわかる。
そんな生活様式なのにこれからやって行けるだろうか、と不安も少し感じている。
まぁ一人じゃないからわからないことがあれば聞けばいいか。
そんな取り留めのないことを考えながら廊下を歩いていると、ようやく外へと出ることができた。 何とかなるもんだなぁ、と思いながら色とりどりのバラが咲いている庭園へと足を踏み入れた。少し湿っている土の匂いと、微かに花の香りが風に乗って鼻へと届く。
スン、と鼻から息を吸い込んで深呼吸する。
久しぶりに嗅いだ外の匂いはマイナスイオンがたっぷりだったのか、なんだか気持ちが安らぐような気がした。気分がよくなってくると、この状況も少し心弾むものに感じる。
行く当てがないからここへとやってきたのだけど、もう少しここでゆっくりしていくのもいいかもしれないと思いなおし、東屋まで歩いてみることにした。
バラの蔦が絡まったアーチをくぐり、足を踏み出してみれば上から見たんじゃわからなかったことがわかった。
まず、思っていたよりもバラの壁は高く、庭園へと入れば外からは誰にも見られることがないということだ。
なんだか秘密の空間のようだ。
そしてこの空間を私は思いがけず気に入ってしまった。
物珍しさにきょろきょろと辺りを見回しながらスキップしたくなるくらいテンションは上がって来る。なんせここにやって来て初めての外だ。あたりに人の気配がないことを探り、次いで建物へと視線を向ける。
窓際に誰もいないことを目視で確認し、左足を大きく踏み出した。そこからはリズムに乗って左右の足を前へと踏み込めば、思わず笑みがこぼれた。陽気な気分にさせるアロマ効果が薔薇にはあるのかもしれない。
そういえばこんなにも気分がいいのはここにやって来て初めてかもしれない。
以前よりも確実に体力が下がったことを確認する結果になってしまったが、心は弾んでいた。
「うわっ!」
振り返るとさっきまではいなかった人がいた。
驚いて声を上げてしまったが、相手は気にした様子もない。
一人でスキップしていたところも見られたのかもしれないと思うと、頬が熱をもってしまう。
それを誤魔化すべく愛想笑いを浮かべるが、男から反応が帰ってくることはなかった。
ぴくりとも表情を動かさない男はここから去る様子もないので訝しく思うが、声をかける気にもなれない。
関わらないほうがいい人かと思い、その男を避けてそそくさと去ろうと横を通ったところで腕を掴まれた。驚きのあまり声も出ず、唖然と掴まれている腕を確認してから掴んでいる腕をたどれば、気味の悪い男へと繋がっている。
「声を出すな」
低く響いた声は感情を読み取ることができない。