目覚めた騎士
「わぁー、きれいですね」
「ほんと、すっごくきらきらしてる」
同じような感嘆の声を上げたリリーの手の中にもガラスがあり、それを見つめる目はきらきら光っている。
もう一度手の中に視線を落とせば、光を受けてオーロラ色に輝く丸いガラスが目に映る。
「きれいだろう? 形はこれでよかったかな? 万が一でも怪我をしないよう、丸いものを作ってもらったんだ」
「ええ、すっごくいいです!」
「ばっちりです!」
リリーと同時に絶賛の言葉を返せば、ホークス子爵は嬉しそうに口角を上げた。
まだこれで本決まりといいうわけではなかったので、見本品として5つほどのガラス玉を用意してくれたらしい。子爵は小さな布袋の中から一つを取り出すと、それを日に透かして見せる。
日の光を浴び、よりその不思議な色合いを強調している玉は、きっと欲しいと思う人も多いんじゃないだろうか。
「この工房ではオーロラのように光るガラスを作れるんだ。珍しいだろう?」
現代でそういう加工を施されたガラスを見たことはあったが、この世界では珍しいのだろう。
「もちろん買い取ってはいるが、破格の値段で交渉したよ」
「そんな希少なガラスをいいんですか?」
当然の疑問を投げかければ、子爵はにんまりと口角を上げる。
「宣伝にもなるからと言い含めた。このガラス玉を見た人がグラスや小物入れを欲しいと思うかもしれないだろう? 子供が将来このグラスを欲しいと思うことがあるだろうし、貴婦人がこのガラスの花瓶に花を飾りたいと思うこともあるだろう。どこかの商人がこのガラス瓶に香水を入れて売りたいと思うことだってある。損になるなんてことはないさ」
ホークス子爵はそういいながら悪戯っぽく笑った。きっとこうやってガラス工房の職人を了承させたのだろう。語られる言葉には淀みがない。
商売上手な子爵の言葉に「なるほど」と自然と声が漏れる。
「あ、それで一つだけお願いがあるんだが、店にこの工房のグラスを数点置かせてほしいんだ」
「それはもちろん構わないよね」
「ええ、もちろん」
店の責任者と言っても過言ではないリリーが大きく頷いた。
リリーがこう言っているのだから、きっといいようにディスプレイしてくれることだろう。
「よかった、宣伝になると言っておいて商品がなくちゃ始まらないからね」
「うちの店にも置いてはいるんだが、宣伝力が違うだろうしね」と呟いているが、子爵の店が人気がないわけがないことは知っている。純粋に今回のガラスに関してのみの宣伝力だろう。
「在庫がなくなった場合にはうちの店を紹介してもらえると助かるよ」
「紙に書いて張っておきます」
茶目っ気たっぷりに言ったホークス子爵のちゃっかり具合に苦笑しながらリリーが頷く。
ホークス子爵の店には行ったことがないが、どうやらとても人気があるらしいということは聞いている。この場合は雑貨屋さんか、食器店のどちらかを紹介するということになるのだろう。
手広く商売をしているらしく、他にも服屋やカフェなどもやっているらしい。服屋だけでも貴族向けのものと庶民向けのものと二種類経営しているらしい。
子爵がいろんな国に自ら出向き、気に入った商品などが並べられる店は、流行に敏感な人たちの行きつけの店となっている、というのはアリシアから聞いた話だ。
「まだ実際に使うまでは時間がかかるだろうけどね」
ホークス子爵の言う通り、国が配布するための石鹸を作ることが最優先なので、このガラスの出番はまだ当分先になりそうだ。それまでは家の中で大事に置いておくことになった。
当たりくじ代わりとは言っても5つじゃ少なすぎるので、残りの発注も子爵にはお願いした。
「それで、今日は君の騎士はどうしたの?」
そう言った子爵が視線を向けたのは、少し離れたところに控えてくれているニールさんだ。
気を使ってくれているようで、わたし達の話し声があまり聞こえないくらい距離をとってくれている。商売の話なのでそこまで気を使ってもらう必要はないのだけど、せっかくの気遣いなのでそのまま黙っている。
アランさんの場合もこうやって距離をとってくれていた。
「それが……」
思わずリリーと視線を合わせる。子爵は紅茶のカップを傾けながらこちらを見ている。
先日の事件を掻い摘んで話すと、子爵は眉根を寄せながら聞いていた。
「アランさんは今は城へ顔を出しに行ってます」
二日、目を覚まさなかったアランさんはあれから一度ゆっくり療養することを提案したが、首を縦には振らなかった。出来ることからやって体を元に戻すと言って。一応お腹の傷は塞がったものの、まだ体力も戻っていないだろうに今日は城へと出かけて行ったのだ。
先日の事件の詳細が気になると言って。
「それにしても無事でよかった。いや、無事だったのはフラゴメーニ卿のお陰か」
相槌を打つばかりだった子爵は、こちらが話し終えると眉根を寄せながら言った。
「そいつらは捕まったんだろう?」
「その場で捕まったんですけど……今のところ何が狙いだったとかまでは聞かされてないです」
ヒューイが捕まえてくれた犯人の男二人は騎士団に引き渡されたものの、そこから何も情報が入ってこないのが今の状況だ。ニールさんに尋ねてもわからないとのことなので知りようがない。
だからこそアランさんは直接城へと出向いたのだろう。
「まあだが、聖女様を狙うとはとんだ不届きものだな」
揶揄うような表情に“聖女様”と、わざと口にしたのだとわかった。
聖女様なんて思ってもいなさそうなのに。思わず呆れた視線を返してから、テーブルの上の紅茶に視線を落とす。
「やっぱりわたしが狙われたんですよね……」
ずっと疑問に思っていたことがするっと口から出た。
そうすると子爵とリリーが驚いたようにこちらを見た。その二人の表情は何を言っているんだと言いたげなので、どうやらまずいことを言ってしまったらしいと焦る。
「当たり前でしょ! 力試しで騎士に勝負を挑んだわけないじゃない! あんな急襲しておいて」
「それともフラゴメーニ卿が狙われるような何かがあると?」
ニールさんのことを気にしているのだろう。こちらに顔を寄せて小声で話しかけてくる。
「いや、そんなことは言ってないですよ! ただわたしが狙われる意味がちょっとわからないというか……」
以前一度おかしな男に城の中で捕まったことはあったが、あの時の男の言い分は「聖女はお前たちのものじゃない」というものだった。あの時には貴族などの限られた人しか治療をしていない状態だったので、その言い分はまだ理解できるが、今は門扉を広く開けて治療しているのに、わざわざ狙う理由がわからない。
ホークス子爵はわたしの言い分を聞くと、フッと笑みを浮かべた。
「そんなことか、君たちも聖女の石鹸は価値があると言っていたじゃないか。石鹸で価値が上がるのなら聖女本人だとどれくらいの価値があるのか。それこそ君のことを喉から手が出るほどに欲している輩は多いだろう」
「けど、足がつくというか……きっと騎士団も動いて捜索されるので逃げられるとは思えないんですよね。それに捕まったら重い罰を受けることになりそうですし……」
自分で言うのも烏滸がましい気がするが、きっとレイノルフは騎士団を使ってでもわたしを探そうとするだろう。国の力を使っているのだから逃げ切るのは難しい気がする。
「残念ながらやりようはいくらでもあるさ。他国に売るとかね」
他国に売る。そこまでは考えたことがなかった。
人を売り買いするという概念が頭から抜けていたので、衝撃に口を閉ざす。
「黒煙病で苦しんでいるのはこの国だけではないからね。それに黒煙病を治療する以上の価値がある」
その言葉で思い至ったのは、宰相補座が言っていた“王位継承権をひっくり返すことも出来る”という言葉だ。フィンさんは無理やりわたしを自分の手元に置いておこうとはしないと思う。が、皆がそうだとは限らない。
もしかしたら他国でも、そういう利用価値が聖女にはあるのかもしれない。
「まあ、万が一そんな事態が起きた時には私が船を出して助けに行くよ」
「その時はお願いします…」
ぱちっとウインクしたホークス子爵は様になっている。
万が一にもそういうことが起きないことを願っているが、絶対にないとは言い切れないのだと実感してしまった今となっては子爵のそんな冗談も笑い飛ばせなかった。




