目覚めた騎士
あれから二日経つが、アランさんは眠ったまま目を覚まさない。
診てくれた医師の話ではもう山を越えたので大丈夫ということなのだが、あまりにも目を覚まさないので心配だ。今は体が自らを治すために頑張っているところだということだ。
この世界の医術は現代と比べると拙いものだと思うが、それでもその分野の専門の人が言うのだから大丈夫だろうと思うようにしている。
体の中に入ってしまった毒に関しては出すしかないので、無理やりでも水を飲ませるようにしているがアランさんがそもそも意識がはっきりしていない状態なので、少量しか飲めずにいる。
それでも根気よく水を飲ませているという状態だ。
そんなアランさんをつきっきりで看病していた騎士の人はニールさんというらしい。
ニールさんはアランさんの部下で、ここにも何度も様子を見に来てくれていたようだ。
そのニールさんが晩ご飯を食べ、少し休憩している間わたしが代わりにアランさんについている役を引き受けた。
仕事もあり、治療をするととても疲れるのであまり長い時間アランさんの看病をすることも出来ないので、隙間時間での交代は積極的にするようにしている。リリーも仕事があるので、これから始まる長い夜はニールさんが看病することになるので、これくらいなんてことない。
「ニールさん、ご飯食べてきてください。わたしが変わりますから」
「すいません、それじゃあ副隊長のことお願いします」
最初こそ「聖女様にですか?!」と、驚かれたがローテーションでアランさんの様子を見ているので交代もスムーズにできるようになった。
アランさんが眠るベッド横に設置されている椅子に腰かけ、とりあえずその寝顔を眺める。
最初に比べて頬の赤みや、息苦しそうな荒い呼吸ではなくなっているので、本当に医師の言うようによくなっているのだろう。治療らしい治療をしたわけでもないので、ほとんどアランさんが自力でここまで治したことになる。
手持無沙汰なので、とりあえず額に乗せてあるタオル代わりの布に触れると温い。未だに熱がある様子なので、布に熱が移るのも早いのだろう。
水差しに触れてみるとあまり冷たい感じがしなかったので、一度下に水を取り替えに行く。水に布をつけると、冷たくて手の温度が一瞬で持っていかれた気がする。
出来るだけ布を固く絞れば、ようやくアランさんの額に戻せる状態になった。髪を挟まないように手で一度額を撫でると少し硬い毛が手に触れた。
色合い的にも近所の家に飼われていた大型犬の毛並みを思い出し、思わず口元が緩む。こんなことアランさんにはとてもじゃないが言えないし、髪を撫でたなんてことも絶対に言えない。
その時、アランさんの瞼が震えたと思うとゆっくりと青い瞳が姿を見せた。
「あっ」
思わず大きな声が出てしまい、慌てて口を押さえる
「目が覚めましたか?」
声量を絞って声をかけるも、いつになくアランさんの反応は鈍い。一日寝ていたのでまだ頭が正常に働いていないのかもしれない。それに熱もあるのだ。
ぼんやりと宙を映していた瞳は月明かりを反射している湖のようだった。潤んでいることもあって、より海のような色をたたえている。
「気分が悪いとかないですか?」
声をかけると、ゆっくりと視線がこちらに向けられた。
やや間があってからこくんと頷きが返って来る。
どこか幼さを感じる動きに戸惑いを覚えながらも、それを隠して現状を説明する。
「わたしを庇ってアランさん矢に打たれたんです。その矢には毒が塗られていて、それで今までずっとアランさん眠ってたんです」
簡素な説明をしながらもアランさんの様子を見つめる。
相変わらずぼんやりとしているものの、目はしっかりと合っているので話は聞いてくれているようだ。
「……目が覚めてよかったです」
アランさんに説明していたはずが、最後には情けなく心情を吐露することになってしまった。本当は今の今まで、アランさんが目を覚ますまでずっと不安だった。
わたしを庇ってこんなことになったのだ。責任を感じずにはいられない。
何度も、あの時何故婦人の誘いを断って早く帰らなかったのだろう、とか、早く家に入っていれば…馬車をもう少し家に横づけてもらってもらっていれば…など、考えてもどうしようもないことばかり考えていた。
「……ご心配をおかけしました」
まだ声が出しづらそうではあるものの、アランさんから返答があったことにとりあえずホッとする。それでも通常ではないアランさんはぼんやりしていて、とろんとした目は今にも閉じてしまいそうだ。
「水飲めますか?」
取り敢えず優先すべきは水分補給だと遅ればせながら気づき、水を飲むことを勧める。
起き上がるのに手を貸そうとしたが、大丈夫だと断られてしまった。
「…気持ちよくて目が覚めました」
水を飲み、一息ついたアランさんがベッドに横になったところで布団をかけ直す。
気持ちよくて?一体なんのことかと先程の記憶を辿れば、それらしいのはさっき額を撫でたときのことだった。
「さっきおでこに載せてる布を取り換えるときに水を触って手が冷えてたので、それが気持ち良かったのかもしれないですね」
サイドテーブルの上に放置していた布の存在を思い出し、手で触れてみると先程の冷たさは感じない。
今の一連のやり取りをしている間に冷たさは失われてしまったようだ。
「ぬるくなっちゃったのでもう一回絞りますね」
先ほどと変わらない冷たさを水は保っているはずなのに、アランさんが目を覚ました今、先程よりもその冷たさが気にならない。取り敢えず下に行ってアランさんが目を覚ましたことをみんなに知らせないと! 嬉しいニュースに気持ちが逸ってきた。
ニールさんはもちろん、リリーもローズもずっと心配していたのだ。
よく冷えた布をアランさんの額に乗せると気持ちよさそうに目を瞑っている。
「ちょっと下に行って、皆にアランさんの目が覚めたこと伝えてきますね」
声を潜め、椅子から立ち上がりながら声をかける。
そのまま踵を返そうとして腕に何かが当たったので反射的に振り返ると、さっきまで目を瞑っていたアランさんがこちらに手を伸ばしていた。
「……ここにいてくれませんか」
腕は掴まれていないものの、捕まえようとしていた様子だ。
じっと青い目で見つめられながらの言葉に、数秒フリーズしてから漸く意味を理解できた。
「あ、はい、それじゃあ」
ぎこちない返事になったのは、まさかアランさんからそんなことを言われるとは思いもしなかったからだ。
上げていた腰をもう一度おずおずと椅子の上に落ち着ける。
なんだろう。体が辛いから心細いのだろうか……。
常に一定の距離を保ってきたアランさんの言葉とは思えない。
アランさんが目を覚ましたことを早く伝えたかったが、夜ご飯を食べたニールさんが交代のためにまたすぐやって来るだろうと思い、椅子に深く座りなおした。
そうすると布団の中へと手が戻っていく。
もう一度布団を整えている間にもじっとこちらを見られているので、動きがぎこちないものになってしまう。
「…今度話したいことがあります」
やがてまた眠りについてしまいそうなアランさんが声を出した。いつもよりも弱い声は、けれど耳まできちんと届く。
「聞いてくれますか…」
「はい、聞きます」




