05
それからは早かった。
すぐさま城下に家が用意された。家と言っても治療するスペースが必要なので、二階建てのそこそこの大きさがある家らしい。もともとあった空き家を増築するということなので、すぐには移り住むことはできないが急いで準備するということだ。
一度の治療では完治させることができなかった子は次の日にも続けて治療をしていたので、泊まるベッドなども必要になって来る。そのためのスペースも必要なので気を利かせてくれたらしい。そのことには素直に感謝した。
そうして順調に事が進んでいるところで、コルバルの姿を見ることはなくなった。代わりに現れたのは初めて見る人だった。
私のことを人とも思っていないような男だったコルバル。
これ以上の治療は今日は無理だと告げれば、お決まりのように舌打ちが返ってくる感じが良いとはお世辞でも言えないような男だった。
次に新しく担当になったという人は、真面目そうな男の人だった。
暗いブラウンの髪は跳ねているところもなければ、服装もアイロンを当てたかのようにきっちりしている。眼鏡のレンズの向こう側には鋭さを持った菫色の瞳がこちらをじっと見ている。
まだ30代後半に見受けられるその人は、いかにも不正を嫌う潔癖の性質に見えた。
前の担当が不正を犯し、聖女の力を利用していたことからも次にはそんな心配をすることもないような人を選んだのだろうと予想できる。
***
あまり出歩かない廊下を歩いていたところでたまたま見つけたのは、隅でいかにも悪だくみをしている雰囲気を漂わせた男二人だった。そのうちの一人には見覚えがある。返事が舌打ちだと思っているような失礼な男――コルバルだ。
何をしているのだろうと、興味を引かれた私はそのまま数歩下がって体を壁に隠して様子を見ていた。
好奇心は猫をも殺すとは言うけれど、この場合には好奇心は私を助けてくれた。
見慣れない男は見るからに上等な服を着こんでいてどことなく品がある。
その男が懐から出したのは何やら布に包まれた袋だった。それを受け取ったコルバルは布の中を覗き込むとにやりと薄い唇を釣り上げた。
その光景に咄嗟に頭に浮かんだのは「お主を悪よのう」というセリフだ。
「聖女よ、頼むぞ」
さっき見たことをセフィに言おうかと迷っていたところでやってきたのは娘が黒煙病に犯された父親で、あの時の男だった。
そこで確信を持った。さっきのはやはり賄賂だったのだろうと。 ぼんやりと考えていたことを実行に移そうと決意したのもこのときだ。
こうなると自分がやっていることが馬鹿らしくなってくる。聖女とは名ばかりで奴隷のように毎日身を削って治療を施す日々。誰もが聖女だからこうすることが当然だと思っている
冷静に見てみると、私はただただ利用されるばかりだった。
「前の、コルバルさんはどうなったんですか?」
新たな担当になったという気真面目そうな人の名前はジェームズ・ガーフィルドというらしい。耳慣れないカタカナの名前は覚えられる気がせず、一度口の中で名前を転がす。
その様子に察してくれたのか「ジェームズと呼んでください」と言ってもらったので、それに甘えることにした。
「しかるべき処罰を与えました」
「……しかるべき?」
「はい」
頷くだけでそれがどんな処置なのか詳しくは教えてくれるつもりはないらしい。その頑なさが余計に好奇心をくすぐられるのだけど……口を閉ざして開く様子はない。
じっと見つめてみるものの、視線がこちらに向けられることさえないので諦めざるを得なかった。
王太子に箝口令でも引かれているのだろうか。けど、そうだとしたら理由がわからない。
......あの王子様が何を考えているのかわかった試しはないけど。