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聖女ではなく奴隷  作者: 雨花
城下の聖女
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アラン・フラゴメーニ2

 アランには本当は姉が居たという話を何度か父と母に聞いた。

だが、アランはその姉と会ったことがない。何故ならアランが物心がつく前に黒煙病に罹って亡くなっていたからだ。

 まだその頃は黒煙病の名前を聞くこともあまりなかったらしいのだが、運が悪いことに姉はまだ4歳という幼さで黒煙病に罹り、そのまま亡くなってしまった。


 姉を空へと連れて行った病に、弟であるエドも罹ってしまった。

その時に感じた絶望は、両親が亡くなった時以上のものだった。


 黒煙病を唯一治すことができるとされている聖女は、この地に召喚されていない。

 少しずつ、だが確実にじわじわと流行り始めていた黒煙病を止めることもせず、王は何をしているのか。

 唯一である聖女を召喚できるのは、唯一王族であるとされている。

王族の中でも召喚術を使えるのは男子のみ。その血を脈々と繋ぎ、今日迄続いてきた意味はこういうときのためでもあるはず。

 だが、この地の頂に居る王は、未だ聖女を召喚せずにいる。

じわじわと広まっている黒煙病の存在は、数十年前――姉が亡くなった頃には隠しきることも出来ていたかもしれないが、今は庶民の間にもその脅威が囁かれ始めている。

 貴族の子供たちは屋敷から出ることがなくなっている。

 アランもその貴族たち同様、エドを外に出すことはしなかった。家令にも伝え、母以上に家の中に仕舞いこんだ。

エド本人も自分が体が強くないことを知っていたので、気を付けていたはずだ。だが、どこからか病をもらってしまった。

 こうなれば一刻も早く聖女を召喚してもらい、治療をしてもらなくては。


 王族の護衛も担っている第一騎士団の副隊長という役職を戴いているので、王太子のレイノルフとは他の騎士と比べて接する機会が多い。そのことに誇りと感謝の気持ちをもっていたが、直接レイノルフと話せることにここまで感謝したことは無かったかもしれない。


「そうか……弟が」


 王太子のレイノルフならこの現状をどうにかできるのではないか、と望みをかけ恐れ多くも願った。

 聖女を召喚してもらいたいのだ、と。

その際、これは個人的な感情でだけでなく、同じように願っている者がたくさんいるはずだと懇願した。もちろん、アランのように家族が黒煙病に罹った者たちは一刻も早く聖女を召喚して欲しいと思っているはずだ。だが、この場合は詭弁でしかなかった。

 職権乱用で、あまつさえレイノルフは仕事中だったが、それでもどうしても言わずにはいられなかった。

レイノルフはそれに嫌な顔をすることなく、真摯にアランの話を聞いた。


「……今すぐにというのは難しいだろうな」

「そうですか……執務中に申し訳ありませんでした。」


 わかっていたことだ。

今すぐに召喚できるのであれば、きっとレイノルフであれば行動を起こしている。そういう人であることは近くに仕えていれば自ずとわかってくる。

 それをせずにいるということは、出来ないということなのだろう。



「……すまない」

「いえ、そんな……謝罪などおやめください。私こそ立場も弁えず、不躾に申し訳ありません」



 普段感情を表すことがないレイノルフが、眉を寄せて心苦しそうにしている。そのことに絶望は深くなった。だが、そんなレイノルフにこれ以上頼むことはできなかった。

 そもそも一騎士に過ぎないアランが直接王太子に願いを口にするなど許されることではない。それを許し、心苦しいと感じてくれているそれだけでも十分だと思うべきなのだ。

 笑みを顔に張り付け、その場は辞した。



 召喚に関しては詳しくは秘すられてきた。

聖女を他の世界から召喚することができ、唯一この国の王家の男子だけが使うことができるとされている。

 もしかすると発動するためには何か条件があり、今すぐにできない事情があるのかもしれない。

だが、そう悠長に構えていられないはず。

 レイノルフは()()()()というのは難しい。という言い方をしていたことからも、近いうちに聖女を召喚することが決まっているように感じる。

 どちらにしろこのままでは黒煙病が広がりすぎてしまう。手遅れになる前に行動に移すべきだ。

 アランにわかることが、あのレイノルフにわからないわけがない。

それはこの国の王にも言えることだ。


 ならばそれまで、それまでエドが生きてくれれば、聖女に助けてもらうことができる。

一筋の光に、奈落の底に落ちたような気持ちが掬い上げられた。


 だが、その一筋の光はすぐに消えてしまった。

 エドの衰弱が、予想よりも随分と早かったからだ。

 医者が言うには、黒煙病に罹る前に臥せっていたことが原因だろうと。

体力が元に戻っていないうちに黒煙病に罹り、また臥せっていることからも食欲も減っている様子だった。

医者であろうと黒煙病に関しては何もすることができない。精々アドバイスぐらいだ。

 その医者に言われ、とりあえず体力がこれ以上減らないようにと、エドが好きなものを取り寄せ、食べさせるようにしていたがそれでも食は細いままだった。


 焦るアランと反対に、エドは穏やかだった。

 それが自分の死期を悟っているかのようで、アランは何度も泣きたくなかった。だが、エドの前ではそんな感情をおくびにも出さず、いつも通り馬鹿な話をした。

仲間が馬に髪を食べられてハゲができてべそをかいていたことや、物取りを追いかけている途中で協力してくれた食堂のおばさんに目測を誤って水をかけられた話など。

エドはそれを楽しそうに笑って聞いた。その姿は以前と何も変わりがないように見えたが、そうでないことはわかっていた。

 エドが居なくなればどうなるのか。不安に潰されそうになりながらも何度も頭に浮かぶ“もしも”は、その都度頭から追い出して考えないようにした。


 ただただ()()()が来て、聖女が召喚されることを願った。



 だがアランの願いも空しく、エドは死んだ。

医者の予想は外れることなく、他の黒煙病に罹った子供たちよりも早く亡くなった。

 唯一の肉親である弟を亡くし、アランは絶望の中に叩き落とされた。

一つだけ救いがあったのならば、エドが苦しまずに死んだことだった。

体中を這っていた黒い煙のような病に、本当は痛みや辛さを感じていたのかもしれないが、最後の顔は安らかで眠るように逝った。


 ただアランを一人置いて逝くことを謝っていた。

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