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聖女ではなく奴隷  作者: 雨花
城下の聖女
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崩れた体 2

 床の上へと倒れ込んだアランさんに慌てて駆け寄れば、小さく呻く声が聞こえる。

声を拾おうと耳を傾けるが、意味がある言葉ではなかった。


「アランさん!」


 どうすればいいのかわからず、とりあえず意識を取り戻すことが先決かと声をかけるものの、返答は得られない。

きつく目を瞑り、意識を失っているようなのに眉間にある皺は深く刻まれたままだ。


「副隊長!!」


 同じように隣でアランさんに呼びかけていた騎士の人がアランさんを仰向けにゆっくりとひっくり返せば、べったりと赤い血が腹部に広がっているのが目に入った。

思わず悲鳴のような声が漏れそうになる。

それに臆することなく傷を見るためにだろう、手早く騎士服を脱がせている。

 手伝うべきだとはわかっているのだが、下手に手を出すのも邪魔をしてしまう気がし、おろおろすることしか出来ずにいると「清潔な布はありませんか」と声をかけられので、洗って仕舞ってあるタオル代わりに使っている布を慌てて取りに行く。

 できるだけ綺麗なものを寄りながら、頭の中には血を流してぐったりしているアランさんの姿が離れない。

否が応にも最悪な展開が頭をよぎってしまい、その考えを追い払う。


 布を持って戻ると、アランさんは上半身に身に着けていた服はめくり上げられ、腹部が丸見えの状態になっていた。

 タオルを渡すと手早く傷口を拭われ、血を吸ったタオルはすぐに赤に染め上げられた。

もう一枚タオルを渡すと、それで傷口を押さえている。

出血量のわりには傷口は小さいように見える。


「くそっ、弓か」

「それだけじゃない、毒だろう」

「毒……?!」


 頭上で聞こえた声に反射的に声を上げる。その間にサっと屈んで一緒になってアランさんの傷を検分しているのは、ここに居るはずのないヒューイだった。

 二重の驚きに目を瞠る。


「医者は?」

「もう呼んでいる」


ヒューイの問いに少し苛立った声で騎士の人が答える。

それを気にした様子もなく、ヒューイは手に持っていたものを前に突き出した。



「先ほど捉えた男の所持していた弓だ。ご丁寧にすべての矢尻に毒を塗っていた。男に聞いても今のところ毒の成分を口にしないが、まあやってみよう」


「頼む」



 立ち上がった姿を視線が追うと目が合った。ヒューイは口端を吊り上げ、扉を開けて出て行った。

 何を“やってみる”のか、そもそも何故旅商人であるヒューイがここに居るのか、わからないことが多々あれど、今の一番の心配事は眠ったように目を瞑って開かないアランさんのことだ。

眠っているようにとは言っても、その眉間には深い皺が刻まれ、苦悶の表情を浮かべながら額には汗が噴き出ている。

 矢で射られただけでなく、毒まで塗られていたのだから、ここまで苦しんでいるのは毒のせいなのかもしれない……。

 もう一枚持っていたタオルで額に浮かんだ汗を拭うと、顔色が悪く唇が細かく震えていることに気づいた。

血を大量に失っているから寒いのかもしれないと思い至る。



「あの、部屋を暖めた方がいいですか?」

「ああ、血を大量に流していそうだからそれがいい」



 騎士の人に尋ねたつもりだったが、返答したのはいつの間にか戻って来ていたヒューイだった。


「毒を出さなきゃならんだろ。毒の成分は色々混ぜてあってよくわかないらしいから吸い出すにはリスクがあるが、ちんたら止血していてもよくはならないぞ」


 うちにあったランプをかき集め、リリーが火を灯してくれたのでよりアランさんの状況が芳しくないことがわかってしまう。それを感じたのはわたしだけじゃないと思う。


「……洗おう」


 それまで止血を続けていた騎士の人が呟いた。


「わかった、とりあえず外に連れ出そう」


 ヒューイが頷きながら提案すればすぐに事態は動き出した。


「立てますか? 今から傷を洗います」


 薄っすらと目を開けたアランさんが緩慢な動作で頷けば、騎士の人が肩を貸して立ち上がらせた。

ヒューイはランプをリリーから受け取ると、こちらに向き直った。


「女性は待っていてくれ」


 閉められた扉を眺めながら、何故こんなことが起こったのだろうと考える。

 今日もいつもと同じような日を過ごしていたはずだった。アランさんもついさっきまでいつも通りだった。それなのに、わたしを庇って……。


「ボーっとしてる場合じゃないわよ!」

「いたっ!」


 背中に走った痛みにつんのめる。後ろを振り返れば、リリーが腰に手を当て、呆れた表情で立っている。どうやらリリーが渇を入れてくれたらしい。

 深く考えてしまうとここから動けなくなってしまいそうなので、思考を無理やり停止させた。


「お湯も沸かしたほうがいいかもしれないわね」

「あ、そうだね」


 何かを殺菌したり、単純にお湯を使うこともあるかもしれない。

ドラマや映画で得たそれっぽい知識しかないので、詳しくは知らないけれど……。

 一番大きな鍋を取り出し、水を入れて暖炉に乗せる。リリーがその間に火の中に薪を足してくれた。

 二人で風を送り、火を大きくしながらもいつものように雑談をすることもなく黙々と手を動かす。

さっきまで居たローズが見当たらず、その行方を尋ねたのが唯一だ。

その返答は「上の部屋で待ってもらってる。邪魔になっちゃ駄目だしね」というものだった。


 そう時間をおかず、さっき出ていった三人が帰ってきた。

ぐったりと騎士の青年にアランさんは寄りかかっている。

先程のように床の上に寝かせるわけにはいかないのでソファへと案内すれば、ほどなくして医者を連れてもう一人の騎士がやってきた。

そうなるとわたし達にできることは無いに等しい。

 聖女の力もこういう時には役に立たない。そのことが今とても悔しい。







「今夜を超えられれば大丈夫でしょう」


 処置を終えた医者は、そう告げて帰ってしまった。

それはつまり、アランさん次第ということになる。


「ベッドに運んだ方がよさそうだ」


 アランさんに起きている現状に誰も口を開けず、静かだった部屋にヒューイの声が響いた。

 生憎ソファはそんなに大きなものではないので、体の大きなアランさんが横になれば自ずと足か頭のどちらかがはみ出てしまう。そんなところに寝ても体を休められないだろう。


「どこに運べばいい? 二階か?」

「あ、はい。二階にアランさんの部屋が……」

「よし」

「あっ、俺も運びます」

「大丈夫だ」


 騎士の一人の申し出を手で制すると、ヒューイは軽々とアランさんを両手で抱き上げてしまったので、思わず口がぽかんと開いてしまう。

 身長が同じくらいの高さとは言え、アランさんは騎士として鍛えているので体格も良い。いくらなんでも一人で運ぶのは無理だろうと思ったのだが、ヒューイはまるで子供を抱き上げているような身軽さで二階への階段を昇って行くので、慌てて後を追った。


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