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聖女ではなく奴隷  作者: 雨花
城下の聖女
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定例報告会

「できたんだね」


 ホークス子爵が手に持っているのは完成した石鹸だ。四角いそれはちょうど手で握れるくらいのサイズ。泡立ちなどは現代と比べれば全然だが、殺菌ができるならこれでも十分だろう。

 一つ一つ型に入れて作成するのではなく、この国では大きな枠の中に流し込んだ石鹸を切って販売するのが主流のようだ。現代で使っていたコロンと楕円の石鹸を浮かべていただけに、四角いそれは目新しくわたしには見えた。

これはこれでいいんじゃないだろうかと個人的には思っている。


「この形で一応急ピッチで作ってもらってます」


 リリーが答えれば、ホークス子爵が頷く。

 今日は事業のほうがどうなっているのか知りたいという子爵を招いて、定例報告会だ。

一番の融資者であるホークス子爵は、熱心にこちらの事業の進み具合を知りたがる。時折、一代で莫大な資産を築いたという才覚でアドバイスをもらえるので、こっちもこの定例報告会には熱が入る。

中心となって動いてくれているリリーの熱の入れ具合はわたし以上だ。


「いいね」


 子爵の言葉にホッと息をつくと、同じタイミングで隣のリリーも体の力を抜いたのがわかった。

思わず顔を見合わせて笑う。


「だけど一つだけ意地悪なことを言っても良いかな」


 子爵の一言で緩んでいた空気がまたしても固くなったのを感じる。何を言われるのかと気を張りなおした様子のリリーが「どうぞ」と、硬い声で答える。



「今はいいとしても、きっと他の店も同じように石鹸を作り始めるだろうから何か差別化できるほうがいいかもしれない」

「そこはアレです。聖女の店なので」

「確かに、それは大きいだろう」



 リリーの返答にホークス子爵は面白そうに笑った。わたしも同じように笑えたらよかったけど、当の本人でもあるので薄く笑みを浮かべるだけで終わった。

「差別化か……」と呟いたリリーは考え込むように手に持っているペンを触っている。

 ホークス子爵の指摘は的確だ。わたし達は石鹸を作り上げることにばかり目を向けていたが、その後のことなんて考えてもいなかった。

 最初は国が石鹸を買い取ってくれるのだとしても、その後は自分たちで売らなければいけないのだ。その頃には他の店も同じような石鹸を売り出していると考えるべきだ。

 石鹸を手に取り眺めれば、ホークス子爵も一緒になって考えてくれているのが見えた。手の中の石鹸に視線を落としながら机に肘をついて考え込んでいる様子だ。

 最初は女性遊びが激しいという噂であまり印象が良くなかったが、石鹸事業に関してはとても誠実だ。


「あっ、当たりつきっていうのはどうですか?」


 暫く全員が考え込み、ただただ時間が過ぎていたところでひらめいた。

 リリーと子爵はわたしの言っている意味がよくわからなかったらしく、反応はよろしくない。


「わたしが居た世界では商品を買って、お菓子とかなんですけど当たりって紙が入っていたりすると

もう一つもらえたりするんです」


 子供の頃はガムの中に入っている紙が「当たり」か「はずれ」かで友人たちと大層盛り上がった。

当たりつきのアイスを買った時には、大人になった今でも「当たり」かもしれないと期待してしまう。

 この国での販売方法を見ていると、現代の日本のように一つ一つ個包装で売られているわけではない。ドンと店先に商品を並べ、そのままお買い上げというのが主流のようだ。なので、ガムなどのように包装を破って中から当たりくじが出てくるというのは難しいが、石鹸の中に当たりとわかるものを入れておけばいいんじゃないだろうか。

 あのわくわくした気持ちが石鹸を買った時にも味わえるかもしれないと思えば、楽しい気がする。それに石鹸の中に埋め込むのであれば、使っている最中も楽しめそうだ。


「紙であたりって書いてあるものだと偽装されちゃうかもしれないので、何か繰り返し使えるものとか……。店に持ってきてもらうと石鹸と交換できるようにするんです! あっ、でも交換するのがもったいなくてコレクションしたくなるものとかだともっといいかもしれないです」


 口にしてみるととてもいいアイディアに思え、声が弾んでしまった。

 何かコレクションになるものとは言っても、そこまで値段の張るものを入れるわけにもいかない。コインとかでもいいけれどお金を入れるのはまた違う気がする。

 そこで思いついたのはラムネに入っていたビー玉だ。きれいなガラスが入っていれば嬉しいかもしれない。もちろん手を切ったりしないように角が丸くなっていないと危なくてとても石鹸には入れることはできないけれど。


「ガラスとかどうですか? きれいなガラスが石鹸の中に入ってるんです。入っていたらいいなって思いながら石鹸を使うのは楽しい気が、」


 唐突に我に返った。さっきから話しているのはわたし一人だけだ。

ハッと顔を上げれば、二人分の視線が向けられていることに気づく。


「あ、すいません、つい……」


 一人ではしゃいでしまったことに恥ずかしさを覚え、謝りながら身を縮こませる。

二人の反応を伺えば、考え込んでいる様子だったのからこちらに視線が向けられた。



「いや、いいと思う……楽しそうだ。ハズレであったとしても、きっとそれまでの過程を楽しめるだろう。……当たりを入れるなんて考え着かなかったな」

「私も賛成だわ。当たりが入っていれば同じような価格帯で他の店が石鹸を出したとしてもうちを選ぶに決まってるもの!」



 思いがけず良い反応が返ってきたことが嬉しくて、口端がどうしても吊り上がってしまう。

「そのうえ聖女の店よ! こればっかりは真似できないわよ!」

リリーもいつもの調子で楽しそうに話している。ホークス子爵が居るのに忘れてしまっているようだ。それくらいいい案だと思ってもらえたのなら嬉しいし、調子に乗って胸を張りたい気分だ。当たり付きの商品というアイディアをわたしは真似しただけに過ぎないのだけど。



「名前はどうするんだい?」

「え? 石鹸のですか?」

「そうさ。他の店と差別化するためには名前も必要だよ」

「一応考えているのがあるんですけど……」



 そっと声を上げたリリーに目を丸くしながら「そうなの?」と聞く。

名前を決めていたなんて初耳だ。


「ええ……聖女の祈り、とかどうかしら」


 こちらを覗うような視線を向けながらリリーが口を開く。


「この間工房で話していてベルトさんとどんな名前を付けるかってなったの。やっぱり聖女はつけたいわよね、って話していて子供たちと話してたらそういうことになって……。」


 ベルトさんとは石鹸職人としてこの石鹸を作る中心になってくれている人だ。


「黒煙病の流行が終わるようにコトネが石鹸を使うことを提唱し始めたのだから聖女の祈りで間違いないでしょう?」


 勝手に話を進めていたことが申し訳ないのか、始終こちらを覗う視線で見つめられる。

 名前を直接つけられるわけではないのだけど、聖女とはわたしのことを指しているので少しおこがましいような気がしてしまう。


「聖女の店のものだとすぐにわかるし、いいと思うけれどね」


 そう言ったホークス子爵の言葉が決定打になった。

すぐさま「ですよね!」と弾んだ声でリリーが相槌を打てば、もうこれは決定したようなものだ。わたし一人が反対なんてできるわけない。


「きっと売り上げだって上がるわ!」


 リリーの声に背中を押されるように頷く。

石鹸は「聖女の祈り」という名前に決定した。



***



「今日はありがとうございました」

「こちらこそ楽しかったよ」

「アドバイスまでいただいたので、よりよいものが作れそうです」

「期待しているよ。それに私も刺激がもらえてこの話し合いはとても楽しい」


 心からそう思ってもらえている様子で、子爵は笑顔だ。


「じゃあガラスは手に入り次第こちらに持ってこよう」

「いえ! 急ぎではないので」

「わかっているけどきっとどんなガラスなのか気になるだろう?」


 笑いながらそう言われればリリーと共に黙り込むことになった。内心ではどんなガラスなのかとても気になる。

 石鹸の中に入れる“当たり”は、ガラスということになった。それに関してはホークス子爵が心当たりがあるというので、甘えさせてもらうことになっている。なんでも少し珍しい色合いのガラスなので、偽装は難しいだろうということだ。


「ではまた」


 そう告げて子爵は馬車に乗って帰って行った。それを眺めに来ていた子供たちと一緒に見送る。


「ねえリリー」

「ん?」

「ホークス子爵っていい人だよね」

「ええ、いい人だと思うわ」


 あの夜会での噂話だと、女性をとっかえひっかえしているということだったのであまりいい印象を持っていなかった。だが実際は、とてもいい融資者という感じでわたしたちの話に真摯に耳を傾けてくれている。

とてもいい人に融資者になってもらえたのだろう。

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