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聖女ではなく奴隷  作者: 雨花
城下の聖女
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少しずつ変わる

 本格的に事業を興すことが決まってからは、リリーは以前にも増して多忙になった。

石鹸造りをするにしてもわたしたちは素人でしかない。そんな素人が数だけいてもしょうがない、ということで、リリーが以前から目をつけていたという職人をスカウトすることになっていた。

 声をかけたのは、一人で店を切り盛りしていたおじいさんだ。

妻には先立たれ、息子は病で亡くしたという彼をリリーが口説き落とせたと嬉しそうに報告してくれたのは少し前だ。

 リリーには事業の方に専念してもらえるように、と思っていたのだがそうもいかない。お金の管理はリリーが主になってしてもらっているので、どうしたってわからないことがある。なので、できるだけリリーの負担にならないように、と診療所に関してはわたしたちでどうにかしようとしているのだが、結局リリーのサポートをしているようなのが現状だ。



「ねえ、お姉ちゃんもう寝ましょうよ」

「ごめん、ローズは先に寝ておいて」



 毎日仕事で家に帰るのが遅くなってしまうので、ここ最近はリリーの妹であるローズもここに泊まりに来ている。

 とっくに寝間着に着替え、眠そうに目をこすっているローズはそれでも一人では部屋に行かずに姉を待っている。リリーと同じ赤い髪はふわふわしていて柔らかそうだ。

可愛らしいローズの雰囲気に合った、白い生地に花の刺繍が施された寝間着はリリーのお手製らしい。「お姉ちゃんが作ってくれたの」と嬉しそうに話していたローズに「あまりいい出来じゃないんだからやめて……!」とリリーがたじたじになっていた。


 リリーの唯一の家族であるローズは、またローズから見ればリリーは唯一の家族なのだ。

生まれついて体があまり丈夫ではなかったローズの薬代を稼ぐため、リリーは割が良い仕事として城で女官をしていたらしい。といっても、両親を亡くしているリリーに後ろ盾はないので、出世を望めない。

 そんなときにわたしと出会い、二人で城を出て稼ぐことを話し合った。

 わたしもリリーとの出会いがあったからこそ、今こうしているのだと思うと、あの時の出会いは本当に感謝しかない。きっとリリーと出会っていなければ、出ていきたいとは思いながらも踏ん切りがづかずに今も城でいいように使われていただろう。


 初めて会った時、すでにリリーはコルバルが貴族の子供たちの治療の融通をしながら懐を暖めていたことを知っていたらしい。呆れたことに、コルバルが悪代官さながらのやり取りをしていたのを目撃したのはわたし以外にもいたのだ。

 コルバルと貴族たちのやり取りは、黒煙病ではないものの体の弱い妹が居るリリーからすれば気持ちの良いものではなかった。お金があれば助かる命があることが頭ではわかっていたし、ローズがもし黒煙病に罹った時には、コルバルに融通してもらえるように幾許かのお金を渡していただろうと言っていた。だからといって、コルバルの弱いものを食い物にしているような行いは許せるものではなかったと話していた。

だが、一女官に過ぎないリリーが不正を訴えたところでもみ消されると予想していたので、何も行動を起こすことができなかったようだ。


ローズの視線がこちらに向けられ、訴えるように見つめられてわたしは苦笑した。

早く寝るようにわたしからも言ってほしいということだろう。


「リリー、もう寝たほうがいいよ」

「ほらね、コトネもああ言ってるわ!」

「だけど……」


 書類の整理をしているリリーの邪魔をするのは正直気が引けるが、最近ベッドに入る時間が遅いのが続いているので早く寝たほうがいいということもわかっている。

 いつの間にか空になっていたカップを三つ集め、流しのほうに持っていく。


「リリーに任せっぱなしにしてるわたしが言えることじゃないんだけど……睡眠時間が削られると体を壊しちゃうこともあるし」


 どうしても控えめな言い方になってしまうのは、リリーが睡眠時間を削ることになっている原因が少なからずわたしにあることがわかっているからだ。細かい施設維持をするための仕事はリリーに任せっぱなしだ。


「わかった、寝るわ」


 ふう、と息を吐きながら机の上に広げられていた紙をまとめている。

「これ以上粘っても眠くて頭が回らなさそうだし」というリリーの呟きに、ローズが満面の笑みを浮かべながら頷いている。

 鞄の中に書類を詰め込んだリリーを早速部屋へと誘うローズが腕を引っ張っている。それに笑いながらランタンを手に取る。階段は暗いから足元を照らす明かりが必要だ。

階段の中腹にある窓のところにランタンを置くようにリリーに渡すも、そこから動く様子がないリリーにどうしたのかと首を傾げる。


「……言っておくけど、頼られて私は嬉しいんだから。それにコトネはコトネで忙しいでしょ。役割分担で今は少し私が忙しいだけだから、申し訳ないなんて思わないでよ!」


 少し恥ずかしそうなリリーはそれを誤魔化すようにつっけんどんな物言いだけど、こちらを気遣っての言葉だとわかっているので笑顔にならざるを得ない。

笑いながら頷けば、お気に召さなかったらしいリリーに「何笑ってるのよ!」と怒られた。


 流しのカップを洗うのは明日でもいいだろう。そう結論づけて机の上の蝋燭を吹き消した。

 リリーとローズが使っている部屋からローズの笑い声が聞こえてきた。そのまま自室を目指して歩いていると、一つ手前の部屋のドアが開いた。


「お休みですか?」

「アランさん」


 少しびっくりして体が揺れたので、手に持っていたランタンの炎が揺れた。


「はい、もう寝ようかと……アランさんももう寝ますか?」


 わたし達に気を使って部屋に引っ込んでくれたことはわかっているので、きっと眠っていないだろうと思っていた。アランさんはいつ寝ているのかわからないくらいに夜はわたしが部屋に入るまで起きているし、朝はわたしが起きる頃にはすでに活動している。

護衛という仕事上、そうしてくれているのだと思うと申し訳ない。

 灯りが必要なようなら、わたしは必要ないのだし渡そうと思い尋ねた。



「そうですね、少し水を飲んでから寝ます」

「あっ、流しにカップを置いてるんですけど、明日洗うので置いといてください」

「わかりました」

「ランタンいります?」

「あぁ、では貸していただけますか?」



 手渡す際に少し指先が触れ「すいません」と反射的に謝る。


「いえ、こちらこそすいません。……寒いですか? 手が冷えてますね」

「そうですか? 冷え性……手とか足が冷えやすいんですよね」


 こういうとき、気のせいでなければ、前よりもアランさんと距離が近づいた気がする。以前までなら、これ以上は踏み込んで来ないという距離があったように思う。

親切にしてくれるけれど、必要以上に近づいてこないような。その境界が最近は緩くなっているように思うのだ。

 例えば今の何気ない手が冷えているという会話も、以前までならなかった。


「白湯を持ってきましょうか?」

「え? いえ! 大丈夫です、ありがとうございます」

「そうですか?」


 慌てて断るとアランさんはあまり納得いっていないような顔をしているが、それ以上は口にしなかった。絶対に前までのアランさんとは違うと確信する。それともこれが本来のアランさんなのだろうか。


「それじゃあ寝ますね。おやすみなさい」

「おやすみなさい、暖かくして眠ってください」

「はい、アランさんも」


 ランタンの明かりに照らされたアランさんは笑っていた。

 部屋に入れば月明かりが窓から差し込んできている。カーテンは閉めずに開けたままにしているので、ちょうど明かりになる。こんなにも月が明るいと知ったのはこの世界に来てからだ。

 そのまま机の上に置いてあるガラスの小物入れを開ければ、中に二つ折りにされた紙が入っている。開いてみるも暗くて読みづらい。

窓際まで移動して改めて読んでみれば、“おやすみなさい”とだけ書いてある。

 すでに今日の手紙のやり取りは終えていた。いつも通りにこちらを覗う言葉が並んだ紙に、こちらもいつも通り“はい、ありがとうございます”と書いて返した。そのあとはリリーが仕事をしている手伝いをしようと階下に降りたので、この返事には気づかなかった。

こんなにも遅くなってしまったのだし返事はいいか、と思ったものの、生真面目にこちらの返事を待っているジェームズさんの姿が浮かんでしまった。なので、今更だと思いながらも「おやすみなさい」と書いた紙をガラスの箱に入れた。


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