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聖女ではなく奴隷  作者: 雨花
城下の聖女
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ホークス子爵

 最初は勢いがよく、前向きだったリリーだが、その勢いは徐々に落ちてしまうことになった。

 目星をつけていた人を次々と却下することになり、声の張りがなくなってしまう。

 流石アリシアは貴族ということもあり、その人となりを詳しく知っているようで、いわく「あの方は口が軽い」「あの方はきっと事業に口を出してくる」「あの方はあまり信用できない」と、次々リリーが目星をつけた人をふるいにかけていった。

 ここまで却下することになるとは思っていなかったようで、「ここまで連敗するとは……」と零したリリーは、悔しさと疲れを滲ませた表情をしている。あんなにやる気に溢れていたというのに……。


「今日で無理に決めなくてもいいし。また夜会に参加して、今日は顔を売っておくだけにしとこうか」


 本当は今日限りにしたいところだけど。心の声は口には出さない。

けれど考えてみれば、こんなに大事なことを数時間の間に決められるわけがない。今日は下見だったと思い、潔く次に目を向けるべきだろう。

 だが、リリーは違ったようだ。


「待って! まだ一人いるわ……!」


 撤収の雰囲気を察知し、項垂れていた顔をがばっと勢いよく上げたリリーは、目だけを動かして周りを伺っている。そうしてある一点でぴたりと動きを止めた大きな目をそのまま伏せた。



「今は右のほうに居る……だめっ! 見ないで! こっちに来られるかもしれないから」

「え?」



 警戒している様子だが、そう言われると見たくなるのが人の性というものだ。だからと言って、リリーの忠告を無視して堂々と見ることも出来ず……視線だけ動かして横目で見ようとしたが、わたしの位置からは見えない。というか、目玉だけ端っこに寄せすぎて目がおかしくなる。しぱしぱ何度か瞬きして目の調子を整える。


「さっきからこっちをずっと伺ってるのよ……隙を見せればすぐさまこっちに来るわ……!」


 鬼気迫るリリーの様子に感化され、何故か緊張してごくりと唾をのんでしまう。

同時に、まだ見ていないその人の人物像が、勝手に頭の中で出来上がっていく。

リリーがこんなにも緊張しているのだ。きっと熊のように恐ろしい人なんじゃないだろうか、と。

 何故、熊なのかというと話は数日前に遡る。

 診療所に来る少し問題のある人でも、リリーはその可愛らしい外見に反して果敢に向かっていく。この間も大きな体の強面のおじさんとやりあい、結果的に口で勝ったのだ。

その人は熊と戦って勝ったという、嘘かほんとかわからないことを普段から自慢にしているらしい人なので、リリーは熊よりも強いかもしれないという話を子供たちがしていた。

それを聞いたリリーが「流石に熊には勝てないわよ」と呆れながらも満更でもない様子で答えていたのが頭に残っていた。

 そんな経緯があり、リリーが怯えている=熊のように恐ろしい人、が頭に浮かんでしまうのだ。



「名前はホーク子爵とか」

「まあ! 確かに彼は類まれなほどお金を持っているわ」



 アリシアの位置からは顔を動かさなくても見えるらしく、その人を確認したようだ。一瞬だけわたしの背後へと視線が向けられ、すぐにこちらに戻って来る。

ぱちんと控えめに手を叩いたアリシアはいい考えだというような反応をしたので、リリーの表情が少し明るくなった。


「けれどあまり良い噂は聞かないのよね……」


 困ったように続けたアリシアに、リリーは渋い顔をしている。「そこがちょっと問題なのよね」と呟いたことからも、その情報はすでに掴んでいたらしい。

 つまり、ホーク子爵とやらは品行方正な人ではないということだろうか?


「……どんな悪い噂を聞くの?」

 

 たまりかねて質問する。熊のような人で、お金をたくさん持っている。

この二つから答えを導こうにも、わたしの想像力では限界があった。


「女性を夜毎とっかえひっかえ連れて、夜会に顔を出している女たらしだと聞いたわ」

「げほっ」


 開けっ広げな貴族令嬢のアリシアな言葉に、後ろで聞いていたアランさんがむせた。

三人分の視線がアランさんへと向けられれば「失礼」と言いながら口元を白い手袋をつけた手で隠している。

 そういえば初めて会った時に“女性関係に問題がある”と、アランさんもタイラスさんに言われていた。自分のことを言われているかのようで気まずいのだろうか。



「けれど大きな目で見れば、彼が女たらしであることは関係ないわよね。商売の才覚はあるようだし。一代で莫大な資産を築いたのは普通じゃできないことだわ。二人がこれからしようとしてることの助けになるものを彼は持っているかもしれないもの」

「一代で?! ……それならあわよくばノウハウとかも教えてもらえるかもしれないね」

「そうね、あわよくばアドバイスとかももらえれば心強いわ」


「あの」


「それに、無理やり女性をどうこうってわけじゃないんならいいかもね」

「まあね、お互い楽しんでるのならいいと思うわ」

「ええ、それならいいのだけど……」



 意味深に言葉を途切れさせたアリシアに、わたしとリリーは注目してしまう。自ず、顔を寄せ合う体勢になる。これで肩でも組めば、これから何かスポーツの大会に出場するのかと思われそうだ。

気合の入ったチームだと思われるだろう。あくまでも現代での話だけども。

 噂話をすることに躊躇いを覚えているらしいアリシアは、扇で口元を隠した。

「あの、」

アランさんに肩をとんとんと叩かれたが「すいません、ちょっとだけ待ってください……!」と声だけで答える。



「……それが、この間、街中で泣いている女性をホークス子爵が振り払って馬車に乗り込んでいるところを見かけた方が居るらしくて」

「あ、その話なら私も聞いたわ。確か隣には別の女性を連れていたんでしょう?」

「修羅場だ……」



 縁遠い世界に間抜けな感想しか出てこない。

だが、自分から縁遠いからこそ興味が出てきてしまう。けれど今一つ、熊のような人と女性たらしという人物像がイコールで結ばれない。

 こうなるとますます自分の目でホークス子爵とやらをお目にかかりたい。

後ろに居るらしいので振り返れば見れるということで、好奇心に抗えず、また限界まで目玉を端っこに寄せてどうにかその姿を拝もうとするが、またしても目がおかしくなってしまい、あっけなく失敗に終わってしまった。


「リリーの反応で熊みたいな人しか浮かばない……」

「どうして熊になるのよ!」


 リリーが吹き出しながら笑っているので、つられて笑ってしまう。



「だって、この間リリー、さすがに熊には勝てないって言ってたから。さっきもホーク子爵の様子を怯えたように見てたから、熊のように恐ろしい人なのかなって」

「だからって熊なわけないでしょう!」

「リリーはそんなに強いの?」

「口が強い」

「ちょっと! 何だかそれって口が達者って言ってるみたいじゃない!」



 女が三人も集まれば話が尽きることは無く……ホーク子爵のことも忘れてこの間やってきたやっかいなおじさん――自称熊に勝ったおじさんの話をしようとしたところで、肩をとんとんと軽く指で叩かれた。


「ホークス子爵、こんばんは」


 アランさんの声にハッとして顔を上げる。三人で顔を寄せ合っていた体勢からサッとみんな距離を取る。


「こんばんは。やあ、ずいぶん楽しそうだ。鳥のさえずりのような愛らしい声に誘われ、無粋とは知りながらも我慢できずきてしまいました」


 振り返った先に居たのは、熊とは似ても似つかない男前だった。

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