物色の成果
気分が悪くなる出来事があったものの、最後に男爵をやり込めてくれたことによって幾分か気分はよくなっていた。
スカッとしたのは間違いなく間に入り、男爵を嗜めてくれた人――紳士のおかげだ。
紳士は騒ぎが収まれば、客人たちに「騒がせて申し訳ない」と一言謝ってから帰ってしまった。
かろうじてお礼を言うことができたものの、それだけで名前さえもわからなかった。
会場内は騒ぎが起きる前の状態にすっかり戻っていた。
少し喉が渇いていたので、潤すために手に取ったフルーツジュースの入ったグラスに口をつけ、思い出すのは先ほどのことだ。
「今日はお会いできてよかった。」
にこりと笑った顔はさっきとは打って変わり、とっつきやすい印象だった。
「初めての夜会で嫌な思いをさせてしまい申し訳ない。ですが、このようなことはもう起きないでしょう」
「いえ、あの、ありがとうございました」
最後の言葉は、まるで周りに聞かせるように少し声を張っていた。
周りにはさっきの騒ぎもあってちょっとした人だかりができていたので、きっと周りの人たちに声は聞こえているだろう。
「ではまたお会いしましょう」
「あの、お名前は……」
こういうときの定番ともいえるセリフを反射的に口にしてから、自分でこの言葉を口にする日が来るとは……と、少し面白くなってしまった。だが、わたしが面白くなっていることを知らない紳士は「ふっ」と一瞬だけ笑った。
「またいずれお会いしたときに」
それだけ言ってかっこよく去ってしまったのだ。アリシアの両親が慌ててその後を追っていく。
直接会話をしたのはほんの少しだけだったというのに、きっとあの人はこの国の中でも重要人物だろうと予想ができてしまう。
「今の人は」と、アランさんに聞いてみたが首を振って返された。苦笑だったので、きっと誰なのかは知っているのだろう。紳士が答えなかったのだから、代わりに答えることもできないということか。それならこれ以上聞いても仕方ないと諦める。
***
「客人たちをぶっしょ……こほんっ、観察していて騒ぎに気づくのが遅くなって悪かったわ……」
いま間違いなく“物色”って言おうとしたよね。
気づいてしまったが、リリーも誤魔化しているのだから気づかないふりをしたほうがいいだろうと思い流す。それに、本当に悪かったと思っているのが伝わって来るくらいしゅんとしている。
わたしが挨拶をしている間、リリーはエスコートを頼んでいたアリシアの弟――アミールを引き連れ、ホールの中の人たちを観察していたらしい。リリーはするべきことをしていたのだから、それを責めるつもり何て全くない。
アミールは可哀そうに、ぐったりした様子で今は椅子に座って休憩中だ。その顔は疲れて見える。
最初、リリーのエスコート役を頼まれた時にはとても嬉しそうにしていたので、きっと今日までわくわくドキドキしていただろうに……。
少年らしくどうエスコートをするか、会話は何をするか考えていたかもしれない。だが、実際はお金を持っていそうな客人を探すために連れまわされたのだ。
気の毒だ……。
「私も挨拶をしていたから、気づくのが遅くなってしまったわ……。ごめんなさい、私がコトネの隣に居るべきだったのに……」
アリシアは久しぶりの夜会に参加するということもあり、いろんな人に囲まれていた。
体調不良ということでここ最近は夜会には顔を出していなかったらしい。
実際は黒煙病で臥せっていて、夜会どころじゃなかったのだ。
けれど周囲は、婚約者が亡くなったことで臥せっていると思い込んでいるのだろう。
そんな忙しいアリシアに、傍にいてほしいなんて思うのは我が儘が過ぎる。
二人してこちらが申し訳なくなるくらいに落ち込んでしまっているので、慌てて声を上げた。
「いや、全然大丈夫だったよ! アランさんが助けてくれたし」
「いえ、我慢できずに口出ししてしまいましたが、結局私も助けられてしまいました」
苦笑いを浮かべるアランさんはそう言うが、わたしとしてはとても助かったのだ。それに嬉しかった。
「次があればもう少しうまくやりますね」
冗談っぽく笑ったアランさんはそう言って会話を締めくくった。
わたしとしてもこれ以上この話を続けるのは申し訳なかったので、その考えにありがたく乗らせてもらう。「すいません、アランさんの仕事は護衛なのに」と軽く答える。
落ち込んでいた二人もそれを感じたのだろう。笑みを返してくれたのでこの話はこれでおしまいだ。
「それで早速だけど」
「ええ、物色の成果ね」
力強く頷いたリリーは、待ってましたと言わんばかりにずいっと体を寄せてきた。さっきは観察と言って誤魔化していたのに、本音が出てしまっている。
わたしよりも小さいリリーに合わせ、体をそちら側に傾ける。アリシアも話を聞く体制に入ったのを確認し、リリーが口を開く。
「事前に何人か候補は絞っていたの。いろんな人の話を聞いてお金を持っていそうで、かつ、融資とかに興味ありそうな人を」
「まあ、私たちからすれば別に融資じゃなくて寄付でもいいんだけど」と冗談っぽく呟いているが、きっと本音だろう。
「けれど、あまり私たちが融資を募ってるって話は知られたくないじゃない?」
これは前にも話していた。
聖女がお金を集めて何か事業を起こそうとしていると知られれば、自ずと好奇心を刺激してしまうことになるだろう、と。
そうなるとわたしたちが何をしようとしているのか知られてしまう可能性もある。
そうすればどうなるか。
わたしたちよりも事業や商売に精通している人の耳に入り、わたしたちの事業を横から掻っ攫われてしまう可能性がある。こっちは素人だ。プロに勝てるわけがない。
だからこそ、融資者選びは慎重にならないといけない。
頷いて返せば、リリーが話を続ける。
「なので、そこまで金にがめつくないほうがいいかと思ってるの。でしょ? だって下手したら自分で事業を起こされちゃう。だからお金に余裕があって、私たちがしようとしていることに手を貸そうと考えてくれる人がいいと思うのよ」
「そういう人は居た?」
「私も実際に話したことがないから何とも言えないけど……あの方とかどうかしら?」
リリーが視線で“あの方”を指し示した。
品のある雰囲気をした老齢の女性だ。紫色のドレスに合わせて小物も品よく揃えられている。
お金は持っていそうに見えるけれど、見ただけじゃ融資に興味があるかどうかまではわからない。
「クリーズ伯爵夫人ね。あの方は慈善活動に力を入れている方だからいいかもしれないわ。けれど、お金儲けをしようとしていると思われたらどうかしら……」
「そういうのは嫌ってるってこと?」
「そこまではわからないけれど……彼女が入れ込んでいるのは慈善活動であって、お金儲けじゃないの。コトネとリリーがしようとしていることは、彼女から見てどちらに分類されるのか私にはわからないわ」
「じゃあやめときましょ」
リリーは意外にもさっぱり諦め、「次よ次」と勢いよく声を上げる。
その様子に思わず笑ってしまう。こういうときだけじゃなく、前向きなリリーといるとこっちが元気になる。アリシアも笑っているので、リリーは何だかもの言いたげな顔をしたものの、時間がないと思ったのか流した。




