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聖女ではなく奴隷  作者: 雨花
城下の聖女
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初めての夜会

 青いドレスに髪をアップに、メイクも施されて足にはヒールの高い華奢な靴。

いつもとは違う恰好をしているが、中身が変わることはない。


「大丈夫ですか?」

「……はい、大丈夫です」


 初めての夜会は想像以上に人が多かった。

そしてそんなにも大人数が入るこの屋敷の大ホールは、とても大きなものだったらしい。いつも裏口のようなところから出入りしていたので知らなかった。大きな屋敷だとは思っていたが、ここまでのものとは。アリシアは想像以上にお嬢様だったのかもしれない。


 その中にはあからさまにこちらを観察している人も多く、無駄に緊張してしまう。

別にみんなが思い描く聖女を演じる必要はないと思っているが、それでも見られていることで肩に力が入る。

 それに、今にして思えば、わたしはこの世界に来てからこんなに大勢が居る場に来たことがなかった。王城という華やかな場所に暮らしていたものの、自分が寝泊まりする部屋と治療部屋を行ったり来たりするばかりで、このような場とは無縁な生活だった。顔を合わせる人も限られている。

 夜会なんて映画やアニメでしか見たことがない。そこに今自分が参加しているうえに、品定めされていることを強く感じて緊張してしまう。


「気分が悪いようでしたらすぐにおっしゃってください。休ませていただきましょう」

「はい……すいません」


 今日のエスコートを引き受けてくれたアランさんに手を引かれ、申し訳なさに謝ることしかできない。ただでさえ護衛としての仕事の範疇を超えた頼みをきいてもらっているのに、その上面倒をかけられない。

やっぱりコルセットの締め付けも悪い気がする。





「ドレス、よくお似合いですね。きれいです」

「えっ?! ……あ、ありがとうございます……」


 迎えに来てくれたアランさんからの一言に驚きながらもお礼を言う。

顔を合わせ、驚いたように目を見張ったのは一瞬だった。にこりと笑みを浮かべて褒められ、今度はこっちが驚く。

 着飾っているとはいえ、褒めてくれると思っていなかったので不意を突かれた。

けど、この世界ではエスコートする女性を褒めるのは常識というかマナーなのかもしれない。とはいえ、今回の仕事はアランさんにとって不本意なものであり、護衛という範疇を超えたものである。それなのにマナーまで守ってもらい申し訳ない。



「アランさんもかっこいいです」

「ありがとうございます」



 にこりときれいに笑ったアランさんは、きっとこんなこと言われ慣れているんだろうなー、と思わせる余裕を感じた。


 今回、夜会でのパートナー役を引き受けてもらえないかと、伺いの言葉を恐る恐る口にした際、アランさんは驚いてその目を大きく見開いていた。

 断られてもしょうがないとは思いつつも、きっと引き受けてくれるだろうと考えたのは、今では護衛の仕事を超えて施設での仕事を手伝ってもらっているからだ。

文字を書くことができるアランさんは「聖女様のそばに居ることが仕事なのでついでです」とカルテ作りをしてくれることから子供たちへのご飯の配膳、果ては家の中の掃除までしてくれているのだ。

当然という風にそれらをしてくれるのだが、明らかに騎士の仕事ではない。


 その上、今回の夜会のパートナー役だ。

これ以上頼むことも図々しいとは思ったのだが、他に当てがなかった。

もちろん何故夜会に出る必要があるのかの経緯についても話せば、予想通り、パートナー役を快く引き受けてくれた。



「本当に助かりました…。他に頼める人も居なかったので」

「護衛のようなものですから」



 夜会でのパートナーは護衛ではないとは思うのだが、そう言ったのはアランさんの優しさだと察してそれ以上は言わなかった。

 差し出された手に手を重ねたときにはやる気に溢れていたのだけど、ホールにやって来てからは緊張でやる気はしぼんでしまった。




 黒煙病の治療で往診に訪れたことがある何人かの顔見知りと挨拶を済ませ、一息ついたところで遠巻きにこちらを眺めていた人の中から、男が一人やってきた。


「聖女様、お目にかかれて光栄です」


 男の言葉からも初対面であることが伺える。

往診を行うようになってから人と顔を合わせる機会も増え、正直全ての人の顔を覚えていない。


「今度の聖女様は身分を気にされることもなくその稀有な力を惜しみなく使ってくれると、我々の間でもよく話題に上っておりました。それだけでなく、王城を出て自ら黒煙病の治療施設まで立ち上げられた! 今までの聖女様とは違う」


「いえ、そんな……」


 芝居がかかった調子で、まるで周りに聞かせるように大声で続ける男に気持ちは引いていく。

お酒も飲んでいるようで気分が大きくなっているのか、少し頬が赤い男は尚も褒めるようなことを口にするが、不思議とそれらの言葉が頭に残ることは無かった。

 さっさと離れたいところだが、矢継ぎ早に言葉を続ける男から離れるタイミングがわからず、とりあえず愛想笑いを顔に張り付ける。


「治療施設を維持するための方法にも驚かされました! まさか往診料を貴族からだけ取るだなんて」


 ……ん?


「いくら庶民は金を持っていないとはいえ、貴族からだけ金をとるというのは正直どうかと思いますが」


 先ほど感じた引っ掛かりは、どうやら気のせいではないようだ。

張り付けていた愛想笑いがはがれる。


「まあ仕方がないですな、金を持っている者は持っていない者に恵む必要がある」


 うんうん、と一人納得し、悦に入っている男にふつふつと怒りが湧いてくる。

 まるで悪徳な商売をしているかのような男の物言いに、反論せずにはいられなかった。

今日の目的を達成するためには、ここでの心証を良くしなくてはならないと思い、聖女っぽい演技をするつもりだったがそれらは頭から抜けていた。


「恐れながらよろしいでしょうか?」


 まだ続けそうな男に我慢ならないと口を開けたところで、隣から声が割り込んできた。

思わず視線を声が聞こえた方へと向ければ、アランさんが笑みを浮かべていた。


「聖女様は往診料として自ら出向いた場合にのみ、お金をいただいています。施設に赴いていただければそのようなことはありません。つまり正当な報酬です。

男爵は家まで来ていただき、治療をしてくださったお医者様にお金を支払わないのですか?」


 わたしが今まさに反論しようとしていた内容を頭の中を読んだかのように口にしたアランさんを思わずじっと見つめてしまう。視線に気づいているのかいないのか、アランさんから視線が返って来ることは無い。


「なんだ、お前はっ! 騎士風情が舐めた口をきくな!」


 気持ちよくしゃべっていたところに割り込まれ、気分を害したように大声を上げる男に、先ほどとは違う意味で客たちの視線が向けられるのに気づいた。


「今は身分の話をしているのではありません。……いえ、ある意味そういう話かもしれませんが。

聖女様は正当な報酬をいただいているだけだと思うのですが、何故それが貴族が施しを与えるという話になるのでしょう?」


 怒りに視線を鋭くする男と違い、相変わらず笑みを浮かべているアランさんは、けれど雰囲気がいつもとは違うことに気づいた。

口元が柔らかく弧を描いているのに、目は冷え冷えとした色を浮かべている。アクアマリンの瞳は涼し気な色をしているが、今まで冷たい印象を抱いたことはなかった。


「だっ、黙れっ! 聖女付きとはいえ騎士は騎士だ! 身を弁えろ!!」


 唇をわなわなと震わせ、顔を真っ赤にしながら怒鳴る男は、けれどアランさんの質問には答えることをしない。もしかしたら自分の言い分がおかしなことに気づいたのかもしれない。

 騒ぎを聞きつけ、支援者となってくれそうな客を物色しに行っていたリリーがこちらへとやってきた。


「オコボ男爵、それまでにしましょう」


 新たに割って入った声は低く耳に届いた。


「聖女様とお話ししたいのは我々も同じ、一人占めは遠慮いただきたいですね」

「あ、いえ……」


 途端に今まで勢いよく喋っていた男が気まずげに言葉を濁した。

その態度に、この割って入ってきた人のほうが身分が高いのだろうと予想できた。きっちりと整えられた髪と髭はところどころ白いものが混じっているが、品がよく見える。


「このような華やかな場での嗜みをお忘れではないでしょう?」


 最後に振る舞いを非難され、オコボ男爵とやらは顔を青くしている。先ほどまでは赤かったのに。


「お酒にも酔っているようですし、今日はお帰りになったほうがよろしいかもしれないですね」


 暗に帰れと言われていることは男にも伝わったらしい。

「失礼いたします」と口早に告げ、そそくさと姿を消した。きっと酔いもさめただろう。


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