ドレッシングルームにて
「気合い!」と言いながら、わたしとリリーを締め上げてくれたばあやさんは、疲れ切った顔をしている。
申し訳ない……。コルセットは締め上げられる方も、締め上げる方も疲れるものだったんだ……。
コルセットを着用したわたしとリリーは、とりあえずアリシアに借りたドレスを着ているのだけど、後から仕立て屋さんが来てくれることになっている。
とりあえず一回着てみてはどうかと言われ、軽い調子で「じゃあ」なんて答えたが故に、あんなことになってしまったのだ。
アリシアに借りたドレスは、リリーには少し大きく、わたしには少し小さい。
それにアリシアの持っているドレスはアリシアに似合うパステル系のふんわりしたものが多く、リリーには似合っているけど正直わたしには似合わない。
せっかく借りたのだけどすぐにでも脱ぎたい……。
「パートナーって必要?」
「そうね、あまり一人で……というのはないかしら」
「めん……そっか」
めんどくさっ、と飛び出そうになった言葉を飲み込む。
気乗りしないけれど、この世界のルールがあるのならそれに倣うべきなのだろう。
支援者を探すためにパーティーに参加するのだから、できるだけ心証がよくなるようにこちらも努力が必要だ。
「リリーは誰か居るの?」
「そんなの居ないわ。私はコトネのおまけみたいなものだから、別にパートナーが居なくてもいいでしょう?」
「居ないよりは居たほうがいいんじゃないかしら?」
ソファの上でぐったりと背もたれに背中を預けているリリーは、わたし同じ感想を抱いている表情をしている。
「めんどくさい」と顔にはっきり書いてある。
「居ないのなら私の弟に言っておきましょうか?」
「いいの?」
「ええ、相手は居ないはずだから。それにリリーのエスコートができるのなら、きっと私に感謝するはずよ」
「ものすごくありがたいわ!! 後でご挨拶させてもらってもいい?」
「もちろん、後で紹介するわね」
とんとん拍子にリリーのパートナーが決まった。置いて行かれてしまった感がすごい。
だけどそれよりも気になるのはアリシアのことだった。
「……アリシアは? 相手は居るの?」
アリシアは婚約者を亡くしているので聞きづらい質問だ。
けど、自分の相手がまだ決まっていないのに、わたしたちの心配をしてくれているのなら申し訳ない。
リリーはすでにアリシアの話を知っているので、ここで話しても問題はないはず。
「私は一人で出るつもりよ」
「えっ」
あっけらかんとしたアリシアの言葉に、思わず驚きの声が漏れた。
さっきまで一人で夜会には出ないものと言っていたのだから、パートナーが居るのだと思っていた。
わたしとリリーの疑問は、口にせずともアリシアは察してくれた。
「婚約者を亡くしてまだ一年も経っていないのよ。いなくて当たり前なのに何か言うような人がいるのならその人がおかしいのよ」
アリシアの言葉は有無を言わせない強さを感じさせた。
何かを思い出したように眉根を寄せ、どこかを見ているのでもしかしたらもうすでに何か言われた後なのかもしれない。貴族は貴族で大変なのだろう。
「じゃあ用事が済んだらリリーに紹介するわね」
「ありがとう、何から何まで本当に感謝しかないわ」
「気にしないで、私も楽しいんだもの」
目の前の和やかなやり取りを眺めながら控えめに声を上げる。
「……わたしも、この世界に来てからそう経ってないし、パートナーがいなくてもいいんじゃないかな……」
パートナーの当てとして浮かんだ人は既婚者だ。頼むことも出来ない。
他に人が居るかと言えば、居ないこともないのだけど頼みづらい。
一人で参加した方がどれだけ気が楽か……。
「何言ってるの」
「コトネには騎士様がいるのだから大丈夫でしょ」
わたしの言葉への反応は、リリーは呆れたようなもの、アリシアは朗らかな笑みを浮かべてのものだった。二者それぞれの反応だ。
その中でも思いがけないアリシアの言葉に驚く。
「えっ、騎士様ってアランさん?!」
「そうよ。まあっ、もしかして他にも親しい騎士様がいるの?」
「いやいないいない、っていうかアランさんも親しいとはまた違うから」
「ものすごく早口ね」
それなりにアランさんとの付き合いがあるが、未だ親しい仲とは言えない。どこまでも仕事上の付き合いという感じで、一定の距離があるのだ。だからこそ、こういう個人的な頼み事はしづらい。厳密には個人的な頼み事ではなく、仕事の関係ではあるのだけど。アランさんの仕事は聖女の護衛であって、夜会のパートナーは含まれていない。
だが、他に誰か当てがあるかと言われれば全くないので どうやらわたしはパートナーをアランさんに頼むしかないらしい。
気が重くて自然とため息が零れた。
***
「まあ! コトネとっても似合ってるわ!」
「ありがとう。アリシアもとってもかわいい」
「うふふ、ありがとう! やっぱり青いドレスにして正解ね」
散々何色のドレスを着るかを迷っていたのだけど、結局青色のドレスを着ることにした。
このドレスならヒューイから買った水色の石のイヤリングも合わせられる。
上品な刺繍が施されていて、色も割合落ち着いているのでドレスを着慣れていないわたしでも気後れしないデザインとなっている。ただ、少しデコルテが広く開けられたデザインなので、そこが気になる。
それに何より、今日きているドレスを仕立ててくれたアリシアご用達の仕立屋さん達に「このドレスにするべきですよ!」と熱く推されたのだ。
これからも着ることになるだろうと考え、数着ドレスを作ってもらったのだけど、今日はこの青いドレスを着るべきだと圧を感じるほどに強く言われたので、絶対にこのドレス以外を着たい。という気持ちもなかったので言われるがままに着たのだ。
髪もアップにしてもらい、化粧もしたので、コルセットでぎちぎちに締め上げられているとはいえ、鏡に映る自分の姿に気分が上がってしまう。
「はあ、何だかもう疲れたわ」
「リリー、かわいい!」
「よく似合ってるわ!」
「ありがとう、二人もかわいい」
黄色のドレスを着こなし、かわいらしく髪をアップにしているリリーは疲れ切った表情をしているもののかわいらしい。ピンクをみんなで勧めたのだが、結局黄色のドレスを選んだらしい。
まだこれから夜会が始まるというのに疲れた顔でソファに座っている。
同じ感想をたった今抱いていたところなので、置いてあった椅子に腰かけた。鏡に映った姿を見て気分は高揚したものの、ようやく支度が終わったことにどっと疲れが押し寄せてきた。
こんなにも大変なことを毎日のようにこなしているアリシアたち貴族の女性は正直すごいと思う。
「二人とも! そんな疲れた顔でどうするの!」
「そんなこと言われても疲れたわ……」
いつもとは違い、力のないリリーの言葉にうんうん頷いて同意する。
これから夜会が始まるというのに、気持ち的にはもう今日はこれで終わりにしてベッドで眠りにつきたいところだ。
「もうっ、まだ支度を終えただけじゃない! 今日はコトネが初めて夜会に出席するのだから、たくさん人が来るはずよ」
「え……?」
「だって、聖女様が夜会にやって来るのよ? みんなどんな方なのか一目でもお目にかかりたいはずよ」
「えっ……」
「今日の夜会に聖女様が出席するという噂が出回っているからきっとたくさんいらっしゃるわ。融資者を探すのだから人はたくさんいた方がいいのだからよかったわ。ね?」
同意を求めるアリシアのかわいらしい笑みを見つめながら、口から出た声は情けないことに言葉にもならなかった。
「……ええー」




