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聖女ではなく奴隷  作者: 雨花
城下の聖女
33/53

気合いと根性

「くっ、くるしいっ……!!」

「大丈夫、コトネ気合いよ! 最初は気が遠くなることもあるかもしれないけれど、気合いを入れておけば大丈夫!!」



 アリシアから発せられたまさかの根性論に突っ込みを入れる余裕もない。

窓枠に手をつき、踏ん張る体制をとったところで背後から体を締めあげられる。


「気合いですよ! コトネ様!!」


 主従揃って気合いで乗り越えろと言われるも、先ほどからぎゅうぎゅうに内臓を締め上げられているようで深く息を吸うことも出来ない。コルセットがこんなにもつらいものだったなんて……知識としては知っていたものの、実際に体験しないとわからないものだ。

拳を作り「気合いです!」と隣で叫んでいるアリシアを確認し、あの儚げなアリシアはどこにもいないことを悟った。

 リリーはそれを眺めながら爆笑している。次は自分が「気合い気合い」言われながら締め上げられるのにずいぶん余裕だ。


気が遠くなるのを感じながら、わたしは何故こんなことになったのか、今にして思えば元凶になった日のことに思いを馳せた。



***



「やっぱり、このままボーっとしてるなんてダメよ!!」


 突然叫びながら部屋に入ってきたリリーは、来客がいたことに「あら」という顔をして優雅に頭を下げたものの立ち去るつもりはないらしい。それだけ緊急性のある話をしに来たのだと思い、遊びに来てくれていたアリシアに一言断って席を立とうとした。


「お邪魔でなければここでお話してくださって構わないわよ」


 リリーの反応を見れば頷いているので、このままここで話してもいいらしい。

浮かしていたお尻をまた椅子に戻せば、リリーも空いていたわたしの隣の席へと座る。



「私たちこのままボーっとしてるままじゃダメよ!!」

「ボーっとしてるつもりはないんだけど……」

「そうよね……違う! そういうことじゃないの!!」

「どっちなの」



 様子のおかしいリリーに、落ちつけの意を込めて自分のために淹れていたお茶を差し出す。

それを「ありがとう」と言いながら受け取り、一口飲んだら少し落ち着いたらしい。



「ねえ、コトネが殿下に話したことがあるじゃない」

「うん?」



 この場合、きっと黒煙病を防ぐための予防法についての話をしているのだろうと見当をつける。

 あの話はレイノルフに話す前に、まずリリーやアランさん、ナタリアさんにも話していた。

こちらの常識とわたしの知っている常識には差があるのだ。こちらのことを知るためにも情報を摺り合わせる必要があったからだ。



「それで私ずっと考えてたの。石鹸がたくさん必要になるってことを」

「そうだね」

「だってみんながみんな石鹸を使うってことじゃない!」

「まあね」

「それって!! とんでもない商売のチャンスじゃない!!」

「え、」



 握りこぶしを作りながら叫んだリリーの瞳は、見間違いでなければとてつもなく輝いて見える。

 さっき落ち着いたと思ったのに、話しているうちに徐々にヒートアップしてきたらしい。

それに気圧されて上半身が仰け反る。



「だから私たちここでボーっとしてる場合じゃないわ! 今すぐ石鹸を作りましょう!!」

「作るの?!」

「私、石鹸についてちょっと調べてみたんだけど」

「え、いつの間に」



 驚いてしまう理由はリリーが多忙であることを知っているからだ。計算ができるリリーはこの施設のお金の管理をしてくれている。それに加えてカルテの作成や管理、他にも細々とした雑用までしてくれているのだから時間がないはず。

 だからこそ、仕事を滞らせることなく、合間をぬって調べ物までこなしたことに驚く。



「石鹸は汚れた衣服を洗うときにちょこっと使ったり、貴族が体を洗うのに使っているだけだからそこまで店があるわけじゃないのよ。それに取り扱ってる石鹸と言ったら貴族向けのたっかい石鹸と、衣服を洗うためのものしかないの!!」

「……う、うん」

「だから! 手を洗う用の石鹸を作ったら間違いなく儲かるわ……」



 フフフ、と笑ったリリーの目はどこか遠いところを見ていた。

 こわい。



「けどわたしたちで作るって言っても数が少なすぎない?」

「馬鹿ね! もちろん私たちだけじゃ無理だから人を雇うのよ!!」

「確かに、それならいっぱい石鹸を作って売ることができそう」

「でしょう?!」



 わたしの返事にリリーは瞳を輝かせ、俄然元気になった。

 そんな上機嫌なリリーに言うのは躊躇われるが、わたしは恐る恐る湧き出た疑問を口にした。


「けどそんなお金ある……?」


 今まで笑いながらどこか遠くを見ていたリリーの顔から、スッと表情が消えた。



「……ない。人手が足りないからここでも人を雇うことを考えると往診料で稼げたとは言っても食費に人件費に…それだけでも結構かかることを考えると無理できない…」

「そうだよねぇ……」



 往診を始めたことで余裕ができたことは間違いがないのだけど、稼げるのは今のところそれだけなのでこれからのことを考えれば無駄遣いも出来ない。

 そんな中でのリリーの提案は、確かに確実に稼げる方法で、とてつもなく魅力的だ。


 レイノルフが石鹸をどうやって調達しようとしているのかわからないが、提案者であるわたしが言えば石鹸を国に卸すことだってできるんじゃないだろうか。

この予防法の提案者なんだから、レイノルフも断れないだろう。

 そう考えればますます、このリリーの考えが確実なお金を稼げる方法だと思えてくる。


「お金を借りようか……」


 この国では銀行なんてものがあるのかわからないけれど、そこでお金を借りて事業を始めることもできるんじゃ……確実に稼げるのだから返すこともできるし。

聖女なんだから信用度はきっと高い。


「まあ! それなら融資してくださる人を探したらどう?」


 今まで静かに私とリリーのやり取りを見守ってくれていたアリシアが急に声を発し、視線がそちらに向く。


「聞いている限り、絶対に損をしない事業だと思っているということでしょう? それなら融資してくださる方は見つかるんじゃないかしら? それに、聖女様であるコトネが提案するのならきっと信用してくださる人は多いと思うわ」


 思わずリリーと顔を見合わせ、どちらともなくうんうん頷く。

光が消えていたリリーの目がまた輝きを取り戻している。

だがそれもすぐに現実を知り、暗くなってしまった。


「……けど誰に頼もう」

「そこが問題よね……」


 融資を頼むとなれば必然的にお金持ちを探さないといけない。往診に行ったことで少しは顔見知りはいるが、別に親しいわけでもない。

だが、そんなことを言っているようなときでもないだろう。

正直、気は進まないが……気前がよさそうだった家を思い出して、話だけでもしに行けないだろうか。



「今度うちで開く夜会で探すのはどう?」

「えっ」

「えっ」

「それなら私も紹介できるかもしれないわよ」



 「もちろん私も融資させてね」とウインク付きで言ったアリシアに、わたしとリリーはすぐさま頼み込んだ。



 そうして体を締め上げれる今に至る。

 すべての問題を解決へと導いてくれた上に、アリシアは夜会に向けての準備まで面倒を見てくれるというのだ。なので、今日はお宅へとお邪魔している。

 コルセットで締め上げられ、ぐったりソファに座っていると、アリシアは「そういえば」と言ってから新たな問題を口にした。


「コトネとリリーはパートナーはどうするの?」



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