二つのお茶会
「……あの、今度聖女様のところに遊びに行ってみてもいいですか?」
「はい、いいですよ」
今まで何人もの治療をしてきた中で、時々こうして声をかけられることがある。
黒煙病に罹ったことで、黒煙病について興味が出てくるのかもしれない。
ラルフも最初はそうだった。
アリシアはわたしの返事を聞くとパッとその表情を笑みに変えた。
治療も終わり、今は用意してくれたお茶を楽しんでいるところだった。そのこともあり、アリシアは治療中よりもリラックスしている様子だった。
「けど一つ条件があります」
「……なんですか?」
わたしの言葉は思いもよらぬものだったらしく、嬉しげだった表情がすぐさま不安そうなものへと変化した。
アリシアは存外、感情が表情に出てしまう性質らしい。
貴族のイメージとはかけ離れているものの、そのことに好感を抱く。
「聖女様じゃなく、琴音って呼んでください」
「え?」
「聖女様ってなんだか恐れ多くて苦手なんですよね……。それに、うちに遊びに来てくれるのなら患者と聖女という立場じゃないでしょうし」
聖女様というのは間違いなくわたしのことなのだけど、仰々しくてあまり好きになれない。
それに、わたし自身ではなくて聖女様という象徴を見られているようで嫌なのだ。
呼び方を変えたからと言って何かが変わるようなことでもないのだけど、できれば名前を呼んでもらいたい。
その望みは施設でも散々口にしているので、今では「聖女様」と呼ばれることも少ない。
せっかく定着し始めているのにアリシアに「聖女様」と呼ばれては元に戻ってしまうかもしれない。
「……よろしいんですか?」
「よろしいんです」
「嬉しいです! 私、聖女……ではなかったわ。コトネと仲良くなりたいと思っていたの!」
嬉しそうなアリシアに両手をとられてぶんぶん振られた。
思いのほか強い力で振られてびっくりする。
「私のことはアリシアと呼んでほしいわ!!」
きらきらと目を輝かせるアリシアに、こちらも嬉しくなってくる。
「わたしもアリシアと仲良くなれると嬉しいです」
「堅苦しい喋り方もなしよ、私たちお友達なのだから」
嬉しそうに顔を綻ばせたアリシアには、最初の時に会った印象がない。
あの時のことがあるから、もし黒煙病が治ったとしても……と、心配していたのだが、周りの人たちが彼女の心を暗いところから引き上げたのだろう。
出来ればそっとしていたおいた方がいいかもしれない、という考えが過ぎったが、間違いなく知っておいた方がいいと思い、口を開いた。
「そうだ、そういえば聞きたかったことがあるんです」
できるだけ軽い調子で口火を切った。
「黒煙病に罹る前に何か変わったことはなかったですか?」
「変わったこと? ……いいえ、特にはなかったと思うわ」
考えるように視線を一度空中に彷徨わせたてからのアリシアの返事は、偽りがあるように見えない。だが、アリシアの後ろに控えていた彼女の乳母は何か言いたげにしていた。
それ以上追及する必要もないと思い、後の時間はアリシアとのおしゃべりを楽しむことにした。
アリシアはいつものように玄関まで見送ってくれたが、そこで乳母である彼女に視線を送れば察し良く了承したというように頷きが返ってきた。
馬車の前でアランさんと一緒に待っていれば、彼女はすぐにやってきた。
そこで、改めて彼女の傍で様子をずっと見てきたであろう乳母である彼女に尋ねてみた。
先ほどと同じように「アリシアに何か変わったことはなかったですか?」と聞いてみれば、やはり思い当たる節があったようですぐさま答えてくれた。
「お嬢様は婚約者のデニス様が亡くなられたことで臥せっておられることが多くなって……食欲もなくなったようであまり食事を口にしませんでした。」
「他には何かありませんでしたか? 夜も眠れてなかったとか」
「そうですね……夢見が悪いと言って眠りも浅いようでした」
「そうですか……」
アリシアは黒煙病に罹る前、免疫力が下がっていたことは間違いないだろう。となると、罹らないとされている年齢で黒煙病にかかるのは、体が弱っていたからってことになるのだろうか。
アリシア一人の一例だけで判断することはできないが、関係があると考えて間違いなさそうだ。
宰相補佐の話では、今回の黒煙病でアリシアの他にも二人例外が居るということだった。
その二人も同じように免疫力が下がっていたのだろうか?
免疫力が下がっているのなら予防が大事になるだろうけれど、この世界ではそもそも病気を予防するという考えがあるのだろうか。
黒煙病の原因がわからないから素人考えでしかないのだが、それでもいくつか予防方法が頭に浮かぶ。
それらを実践すれば、この王都の黒煙病の広がりを抑えることが少しでもできるかもしれない。
罹患者数が減ればそのぶん助かる命も多くなるはずだ。
***
ここにまた来てもいいか、と尋ねてきたレイノルフはすでに二度ほどここにやって来ている。
最初に構うことはできないと言っておいたので、王太子が来ようがわたしは普段通りに仕事をしている。レイノルフは少し離れたところからそれを眺めていたり、子供たちに声をかけたりしているようだった。
だが、今日は話があったのであの日のようにレイノルフを部屋に招いた。
「話とは?」
お茶を入れてレイノルフの前に出したが、それにお礼を言ったものの口をつけることもなく早速切り出された。机の上にはレイノルフが持ってきてくれた焼き菓子も並んでいるが、おいしそうで今すぐ手を伸ばしたいところだが、先に話をするべきだろう。
昨日の夜にあの不思議なガラスの箱に、リリーに代筆してもらった手紙を入れた。
話したいことがあるから時間がある日を教えてほしいと、リリーの字で綴られた手紙には「明日でも大丈夫ですか」と返ってきた。
てっきりジェームズさんがやって来るとおもっていたのだが、約束の時間にやってきたのはレイノルフだった。
まさか王太子がやって来るとは思っていなかったので戸惑いはしたものの、初めてここにやってきた日のように動揺することがなかったのは、あれから何度かここにやって来ているからだろう。
それでも話をするのはジェームズさんだと思っていたので、その姿を探していると「話は私が聞こう」と言われた。
こんなことなら事前に宰相補佐を連れてきてほしいと書いておけばよかった。
レイノルフと二人という状況も居心地が悪いし、宰相補佐に二人の例外についても聞きたかった。
宰相補佐と進んで会いたいとは思わないが、それでも今日の場合は居てほしかった。
絶対に本人には言わないけど。
だが、そんなことをぐだぐだ考えていてもしょうがない。
本来であればジェームズさんに話そうと思っていた話を切り出すことにした。
「もしかしたら黒煙病の感染者数を減らすことができるかもしれない、と思っていることがあるんです」




