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聖女ではなく奴隷  作者: 雨花
城下の聖女
30/53

旅人のヒューイ

 午前の診療を終え、お昼ご飯を食べるために外へと出ると待ち構えていたように子供たちがわっと集まってきた。


「コトネちゃん! ちょっとこっちに来て!!」

「なに? どうしたの?」


 その中でも一際興奮しているらしい女の子――ジルに腕をぐいぐい引っ張られる。

 子供たちに取り囲まれたまま連れていかれた先には一人の男が座っていた。

施設の敷地内で何やら布を広げ、その上にいろんなものが並べられている。露店商のようだ。


「お、君が聖女か」


 男はこちらの気配に気づいたらしく、顔を上げた。目が合うと快活な笑みに出迎えられる。

それに悪いものは感じないものの、聖女であるわたしを待っていた様子に嫌でも警戒してしまう。



「コトネを連れてきたよ」

「……え?」

「ありがとうなー、約束通りほら」

「わー!! ありがとう!!」



 男がおもむろに懐から取り出した包みを開けば、その中には色とりどりの飴玉が入っていた。

「一人二つずつな」と言われれば、みんな一つは我先にと手を伸ばしていたのに二つ目を選ぶ手は慎重だ。

 そして、そのやり取りを完全なる第三者として見ていた結果わかったことは、どうやらわたしは飴のために売られたらしいということ……。


 ――飴のためにわたしを売るなんて……!!


 子供たちの仕打ちに心の中で涙を流す。

 わたしを待っていてくれていた様子に…わらわら集まってきたことにちょっと喜んでいたのに……恨みがましい気持ちはそのまま、子供たちを操った諸悪の根源へと向かった。

 じっとりした目で男を見れば、その視線に気づいたらしく笑みが返って来る。


「ここは子供が多いな。活気に溢れていていいところだ」


 完全に敵とみなしていたので、急に褒められて返事に困る。

 子供たちはみんなそれぞれ気になった飴を二粒選び終わり、そのまま去ってしまった。すぐさま飴を味わう子や、まだ黒煙病が治っておらず、ベッドで過ごす子にあげるのだと張り切る子も居たが、用が済んだと言わんばかりに早々にみんな走っていってしまった。

それが少し寂しい……。



「黒煙病が治った子供たちか?」

「……はい、治った子じゃないとうつるかもしれないので」

「そうか、あの子たちはもう治っているのか」



 嬉しそうなのに寂しそうに笑う姿に、黒煙病で誰かを亡くした人なのかもしれないという考えが咄嗟に浮かんだ。


「だが治った子供たちが何故ここにいるんだ? もうここに用はないはずだろう」


 当然の疑問だろう。

ここは黒煙病に罹った子供たちを治療するための施設なのだから。


「ここの施設を運営していくためにお金が必要なので、往診料としてお金をいただいているんです。

けれどそれはお金を持っている人からで、他の人からは取っていません。

それを知った親御さんたちが子供たちと話し合って、少しの間手伝ってくれることになったんです」


 ここを運営していくためには、何も黒煙病の治療を行えばそれで終わりというわけではない。

 シーツ一つにしても汚れたら洗い、それを干して片付けておく必要がある。どれだけ人手があっても足りない状況なので、子供たちがこうして手伝いに来てくれるのはとても助かっている。


「労働力が対価ということか」


 何やら納得した様子で呟く男に、声をかける。


「あの、わたしに何か用ですか」


 こちらからわざわざ尋ねるというのも腑に落ちないが、話があるのならさっさとしてほしいという気持ちを抑えきれなかった。

今からお昼ご飯を食べるというタイミングだったこともあり、お腹がすいている。

 一体何の用があるのかしらないけれど、わざわざ子供たちを使ってまで聖女を呼んだのだから、何か目的があるに違いない。


「ああ、悪かった。聖女様というのは城の中で大事にされていると聞いていたもんだから、いろいろと気になってしまった。君みたいな人もいるんだな」


「そりゃ一人一人違いますからね」


 一人一人テンプレートみたいな“聖女様”だったら怖い。

 あのおとぎ話のような、伝承のような聖女が求められているのはわかるが、わたしはそうはなれない。

 きっとこの人も慈悲深い聖女を想像しながらやってきたのだろうと思うと、声は無意識に険のあるものになってしまった。


「悪く捉えてほしくないのだが……すまない、言葉が足りなかった。君のような聖女は好ましいと言いたかった」


 真っ直ぐな視線を向けられ、その瞳が珍しい色合いをしていることに気づいた。太陽の光を反射して金色に輝いている。

その様子から言葉を繕っている様子は見えず、本心のような気がした。


「そうですか……」

「ああ」


 その真っ直ぐすぎる目から逃れるように視線を反らしてしまった。

 素っ気ない返事しかできない自分がとても子供っぽく思えたが、それを気にしていない様子で話は続けられる。



「俺は旅をしながら物を売るのを生業としているんだが、この国で円滑に商売をするのであれば聖女様のお墨付きがあればいいと思いついてな」

「はぁ」

「だから何か買ってくれないか!」



 つまり聖女の名前を利用したいと言っているのだが、あまりにも潔いので気が抜ける。

それに悪い人ではなさそうなこともあり、警戒心は解けていた。

 確かに聖女のお墨付きがあれば、商売はしやすいだろう。


「……あまり高いものは無理ですけど」

「十分だ! ありがとう!!」


 にかっと快活な笑顔を向けられ、曖昧に笑って返した。

 子供たちを使ってわざわざ聖女を呼び出したので一体何を企んでいるのかと警戒したが、心配しすぎだったかもしれない。

 それどころか人が好さそうな感じがして、警戒してしまったことに罪悪感さえ覚えてしまう。


「そう高くないものと言えば……これなんかどうだ?」


 早速商売を始めた男が、土の上に引いてある布の上に並んだ商品の中から一つ手に取って見せてくれた。

 それは小さな赤い石がついたイヤリングだった。

鉱石の形を残した加工をされているようで、アシンメトリーになっている。



「コトネは黒い髪色をしているから赤が映える」

「え、あの」

「あ、コトネと呼んでもいいか?」

「あ、はい」

「よかった。そうだ、まだ自己紹介をしていなかったな! 俺のことはヒューイと呼んでくれ」



 力押しされるように気づけば頷いていた。


「いや、赤だけじゃないな。鮮やかな色合いがとても似合う」


 そう言って水色や緑、黄色、紫のイヤリングを私の耳元へ合わせに来る。

 鏡をすぐさま渡されたかと思えば、「失礼」の一言を添えてから髪を耳へとかけられた。

 耳に手が触れ、肩が跳ねた。商売だとはわかっていても、些か近すぎる気がする。



「どれが気に入った?」

「あ、そ、うですね……水色が」

「アクアマリンか」



 まとめて持っていた中から取り出した水色の石のついたそれを取り出しかと思えば、耳につけられた。

はっきりと触れる手に体が嫌でも緊張してしまう。


「うん、よく似合っている。かわいい」

「……ありがとうございますぅー」


 満足そうな笑顔と共に臆面なく褒められれば照れてしまい、お礼の言葉は尻すぼみした情けないものになってしまった。

ヒューイが商売上手であることを実感したので、聖女のご用達なんて謳わなくても売れるんじゃ……と脳裏に一瞬浮かんでしまった。



「これをおまけにつけよう」

「え、いいんですか?」

「かまわないさ。これから聖女様ご用達と使わせてもらうんだからな、これくらい安いものだ」

「わ、ありがとうございます」



 渡されたのは透けた金色に見える不思議な石がトップで輝く鮮やかなネックレスだった。

 どう見てもわたしが買ったイヤリングよりも高い気がする。



「あの、本当にいいんですか……?」

「かまわない。非売品だが、コトネに使ってもらいたいと思ったからな」

「えっ、非売品なんですか?」



 途端にものすごく価値があるものでは……と、考えてしまって受け取ることを怖気づく。


「つけてやろう」

「大丈夫です!」


 先ほどのことを思い出して咄嗟にネックレスを手の中に握ってしまった。

まるで取り上げられるのを拒否するような動きをしてしまい、バツの悪さを覚える。

「返品はできないからな」と言ったヒューイは楽しそうだ。


「これは特別な石なんだ。身に着けていればきっと守ってくれる」

「……ありがとうございます。大事にします」


 特別なものをくれるというヒューイは、本当に聖女ご用達を謳うからくれたのか、本当の考えはわからないが大事にしたいと思った。



***



「あの、一応聞いときたいんですが……何か怪しいものとか売ったりしないですよね…?」

「ハハ、なかなか聞きづらいだろうことを聞くな? 大丈夫だ、そんな怪しげな商売はしてない」



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