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聖女ではなく奴隷  作者: 雨花
城下の聖女
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聖女と呼ばないで

「あと一度治療をすればもう治ると思いますよ。後は落ちてしまった体力を取り戻さないと」


 あれから誰かに知られることを避けるためにも、優先的にアリシアの治療を行ったほうがいいと判断し、治療に通っていたので回復はとても早かった。

 最初に会った時にはベッドの中に力なく横になっていたのに、今では自分で体を起こすことができるようになるまで回復していた。

顔色も初対面の時とは比べ物にならないくらい良い。


「聖女様!! 本当にありがとうございますっ!!」


 隣で控えていた彼女の乳母の声に笑って返す。

ずっと心配していたからだろう。心底安心したようで、満面の笑みだ。


「ありがとうございます」


 乳母の感極まった様子に笑うアリシアに改めてお礼を言われた。

 その様子に少なからずホッとするのは、彼女の最初に会った時の言葉と、何故その言葉を口にしたのかを知ってしまっているからだ。

 少なくとも、今は黒煙病が治ってきていることを喜んでいるように見える。


「それじゃあ失礼しますね」


 一応これからも治療の予定が入っているので、早々に帰ろうとした。

ドアの向こうにアランさんが待機してくれているので、いつまでも待たせているのも気が引けるし。

 たいして荷物の入っていないバッグを手に持って立ち上がる。



「お嬢様! 無理をなさらないください…!!」

「無理なんてしてないわ。体力を取り戻さないといけないと、たった今聖女様がおっしゃっていたでしょ? お見送りするだけよ」

「少しずつでいいんですよ。無理する必要はないんですから……」

「ええ、少しずつ。今日はお見送りをしてみるわ」



 ふらっと立ち上がったアリシアに無理をする必要はないと言ってみるものの、笑顔で返されてしまった。

 意外にも頑固な性格をしているらしい。

ベッドの中に居た時にはすごくか弱いお嬢様という感じだったのに。


 部屋からわたしの後ろに乳母に支えられながら登場した令嬢に、アランさんは驚いた顔をした。

すぐさま青い目がこちらに向けられたが、本人を前にして説明も出来ない。

 肩を貸すことを提案したものの断られたので、ゆっくりと歩を進めるアリシアに合わせて歩く。

ようやくついた玄関扉の前で、アリシアはふぅ、と息を吐いた。

長い間寝ている状態だったので、やはり体力が続かないようだ。

 道中、アリシアの様子を心配した侍従たちがやって来て、いつの間にか人がたくさん集まっていた。アリシアはそれに「大丈夫だから」と答えて、解散となったが、やっぱりちらほらと人の姿が見える。彼女はとても慕われているらしい。



「すごいです。この調子だとすぐよくなりそうですね」

「そうですか? それならいいのだけど……」



 宣言通り、見送りに来てくれたアリシアに前向きな言葉をかければ、少し不安そうな視線が向けられる。きっと自分が思っている以上に体力が落ちてしまっていることに戸惑っているのだろう。



「けど無理はしないようにしてくださいね。アリシアさんは頑張ってしまう性分なのかもしれませんが、本当にゆっくりでいいですから」

「はい…ありがとうございます」



 こういうときにすらすら言葉が出てくることに自分でも驚く。

別に医療従事者だったわけじゃないのに。

それだけ黒煙病の人を治療してきたってことになるのだろうけど。


「あの少しだけいいですか……?」

「はい?」


 てっきりこれでお別れかと思っていたので、引き留められて間の抜けた声が出た。


「あの、謝りたかったのです。あの日のことを……」

「あの日?」


 謝られるようなことに覚えがない。首を傾げればアリシアの表情が暗くなった。


「最初にお会いした時に私、とても失礼なことを言ってしまったと思って……ずっと謝りたかったんです」


 そこまで言われれば何について謝りたいのか察することができた。

あの日、治療に行ったわたしにアリシアは「もういいのに」と口にした。そのことを気に病んでいたらしい。

 だが、彼女が何故その言葉を口にしたのか、事情を知った今となれば少しわかるので謝ってもらう必要はない。



「いえ、そんな、謝ってもらう必要なんて……」

「ですけど、聖女様はこんなにも真摯に黒煙病に罹った私を治療してくれたのに……私ったらいくら病気でも八つ当たりするような態度を……」

「いえ、そんな! 八つ当たりされたとも思ってないですし……。真摯だなんて、わたしは治療するためにこの世界に呼ばれたので……」



 黒煙病をこの世界から消すことを目指しているとはいえ、そんな高潔な精神があるわけではない。

 元の世界に帰るためには黒煙病に罹った人をこの世界から無くすしかないと言われたから治療しているのだ。

聞こえがいいかもしれないが、結局は自分のためにしていることだ。


「だけどその使命を聖女様は放り出すこともなく、真剣に取り組んでくださってます」


―― 一体それは誰のことを……?

 まるで聖人みたいな言われように、自分のことを言われているとは思えない。

随分と過大評価してくれていることに躊躇いと罪悪感がどっと押し寄せてきて、居心地の悪さが半端じゃない。思わす逃げるように腰が引けてしまう。



「ばあやから聞きました。私が婚約者を亡くしているとお聞きになったのですよね」

「……勝手にすいません」

「どうして謝られるのですか! こちらの都合に付き合っていただいているのに……」



 アリシアは謝ったことに怒っているようだけど、わたしとしては本人の知らないところで内情を知られているのは嫌だろうと思ったのだけど……そんなことはないようだ。

アリシアが慕われている理由が少しわかった気がした。


「それで私、聖女様が来たと聞いたときもそんなの今更って思ってしまったんです。デニスはもう死んでしまったのに、って」


 「もういいのに」というあの一言には、きっとアリシアのいろんな感情が混ざっていたのだ。

 それに気の利いたことも言えず、頷いて返す。



「もう17歳なのに子供っぽくて恥ずかしい」

「……そんなことないですよ」



 己を恥じることができるアリシアは少しも子供っぽくない。

自分のことしか考えていないわたしのほうがよっぽど子供だ。

 罪悪感に耐えかねてこちらの事情を全て口にしたいと思えども、結局口を噤んだ。そのまま居心地の悪さに耐え兼ね、逃げるように伯爵邸を後にした。



***



「「ふう」」


 帰路につく馬車の中で、自然と零れたため息が重なって思わずアランさんと目を合わせて笑った。



「お疲れでしょう。家に着くまでお休みになったらどうですか」

「アランさんこそ疲れてますよね」

「私は騎士ですのでこれくらいは。逆に体が鈍らないか心配です」



 わたしの護衛をしてくれているので、大体一緒に居ることが多いアランさんは、往診の治療にも毎回同行してくれている。

きっと疲れているだろうと思っていたのだけど、考えてみれば騎士として普通に仕事をしている方が体を動かすだろうしきつそうだ。

 一番最初に会ったときには、男から助けてもらった。あれが毎日とは言わないだろうが、ああいう行動がとれるように、きっと日ごろから努力している。


「元気になってよかったですね」


 必要以上におしゃべりをしないアランさんからの言葉に少し驚いた。

てっきり会話はさっきで終わったのかと思った。


「ですね。すぐ元のようになれそうです」


 アランさんは護衛してくれているので、わたしのことをある程度知っている。

 例えば、金を巻き上げて黒煙病を治療するようになったことなんかも。


 さっきのアリシアの言葉にわたしと同じように「誰のことを言ってるんだ?」って感想を抱いただろうな。そのことに何故だか少し安心してしまう。


 聖女の力はあれど、中身は全然聖女なんかじゃないんだけどな……。

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