17歳の患者
帰りの馬車の中、考えるのは今日治療を施した少女――アリシアについてだった。
あれから彼女の病状を診て、治療を行った。
顔色が悪く、ひどく調子が悪そうなことに加え、彼女が治療する前に放った言葉が気にかかり、予定していたよりも多めに治療を行った。
罹るはずがないと思っていた病気に罹り、きっと不安に思ってああいうことを口にしたんじゃないかと思ったのだけど、実際はそう簡単な話ではなかった。
体に蔓延るように覆っていた黒い痣のような模様が少なくなり、彼女の顔色と呼吸が正常とまではいかなくともマシになり、そのまま眠りについたのを見届けてから彼女の世話係の女性と伯爵に話を聞いた。
「お嬢様は婚約者を黒煙病で亡くしていまして……それであんなことを言ったのだと思います」
今にも泣きだしてしまいそうなほどに暗い表情をする彼女はアリシアの乳母で、小さな頃から育てたも同然らしく、アリシアのことをものすごく心配しているのが伝わってきた。
声が大きく、最初に会った時の様子からも普段は快活な女性であることが想像できたが、今は肩を落としてしょんぼりしてしまっている。
それくらいアリシアの言葉が衝撃的だったのだろう。
「お嬢様の前では口にはできませんが、きっと黒煙病は婚約者であったデニス様からもらったのだと思います……」
声を潜ませた乳母である彼女の言葉を嗜めることをしない伯爵も、きっと同じ考えなのだと思った。
アリシアは17歳。婚約者のデニスは13歳だったらしい。
黒煙病に罹るとされている年齢を過ぎたアリシアは、黒煙病に罹ってしまったデニスの看病を毎日しに行っていたらしい。アリシアのその懸命な思いは届かず、結局デニスは亡くなってしまった。
デニスを見送ってから数日後、悲しむ間もなくアリシアにも黒煙病の症状が現れ今に至るということだ。
「聖女様、アリシアをどうか治してやってください……!」
帰りには伯爵夫人にも頼まれてしまった。
紋章のない馬車での迎えだったのは、アリシアが黒煙病に罹ったことを誰にも知られないようにするためだと謝罪された。
黒煙病に罹るはずがないとされている年齢での発症が知られれば、黒煙病が治ったとしてもどんな誹謗中傷を受けるかわからなかったと説明されれば、納得いく。
まだ17歳だ。婚約者を亡くしているとはいえ、きっと結婚だってするだろう。
そのときに本来罹らないとされている年齢であるアリシアが黒煙病に罹ったという話が広まっていれば、縁談も来ないかもしれない。もし好きな人ができたとしても、敬遠されるかもしれない。
現代でだってそういう風評があるのに、この世界でならきっと尚更だ。
アリシアに結婚の意思がなくとも、そういうことはきっと心を傷つけられるはず。
この話を隠すことが悪い方向になるかもしれない。
これまでの常識が覆ってしまうかもしれないのだ。
年齢に関係なく黒煙病に罹った人たちであふれた街の様子を想像し、ゾッとした。
それとも、前例はあったのだろうか。
つまり、黒煙病に罹るとされている年齢を過ぎての発症。
「アランさん」
「はい」
「黒煙病に罹ると言われている年齢を過ぎてから黒煙病に罹ったって話、聞いたことありますか?」「いえ……私は聞いたことがないですね」
「そうですか……」
アリシアが一例目ということなのだろうか。
けどわたしがここに召喚された時にはすでにこの国で黒煙病は猛威を振るっていた。
そう考えると、アリシアが初めてということもないような気がする……。
「それを調べるのであれば城に行ってみるのはどうですか?」
「え? ……あっ、そうですね!」
考え込んでいたところでの不意のアランさんの言葉に、弾かれたみたいだった。
漫画なら典型的な表現である、頭の上で電燈がぴかっと光っていただろう。
「すいません! 城に向かってもらえますか?」
「ええ? …王城ですか?」
「はい! よろしくおねがいします!」
小窓のようになっているところから顔を出し、御者の人に行き先を変更するように声をかけた。
驚いていたものの、頷いて返してくれたのでこのまま王城に向かってくれるだろう。
聖女としてこの世界に召喚されたのはわたしが初めてじゃない。ということは、この国は定期的に黒煙病に悩まされていることになる。
なら、アリシアのような人だって過去に居たかもしれない。それを調べるには城に行くのが手っ取り早い。
「提案しておいてなんですが、明日にしたほうがいいのでは? 顔色が優れません」
「大丈夫です。ありがとうございます」
自分でも体調が万全ではないことはわかっている。体が重く、熱っぽいような倦怠感は間違いなくアリシアを予定よりも治療したからだろう。
それでもこのことが気にかかったままでいるよりはマシに思えた。
***
「おやぁ、アポイントもなく忙しい私に会いに来るなんて、どんな不作法者かと思えば聖女さまでしたか~」
「……知ってたくせに」
「何かおっしゃいました?」
「いえ……急用だったので。お忙しいところすいません」
「まあどうぞ座ってください。はるばる訪ねてきてくださったわけですし」
勧められた椅子に座ると、向かいの席に宰相補佐が座った。
わたしだって本当ならこの嫌味ったらしい宰相補佐には会いたくなかった。だが、こういう話ができる唯一と言ってもいいジェームズさんが今は領地に帰っているということで、しょうがなく妥協したのだ。
わざわざ好き好んで会いに来たりしません! と、言いたいところだが、それを言えば角が立つのはわかりきっているので黙っている。
「それで今日は?」
「ちょっとお聞きしたいんですけど、黒煙病に罹らないと言われている年齢でも発症したりすることってありますか?」
人払いをしたため、部屋の中にはわたしと宰相補佐とアランさんの三人しかいない。
だからといって、自ら紅茶を三人分用意してくれた宰相補佐に驚きながら礼を言う。
目の前の紅茶を一口飲んでから質問すれば、宰相補佐は胡乱気な視線をこちらに寄越した。
「出たのですか」
「え? いえ、ちょっと気になったので……」
「……」
「……」
こちらを探る目に、視線が泳いでしまいそうになるがじっと見つめ返した。
やがて不意に視線を反らしたのは向こうだった。
「……まあいいでしょう。私も全ての文献に目を通したわけではないのですが、過去にもそのような者はいたようですね」
「そうなんですか」
知らずホッと息を吐く。
この病気が突然変異し、街中で誰かれ構わず感染するという最悪な事態にはならないようだ。
「聖女様が想像したようなことは絶対と言い切る事はできませんが、ないと思いますよ」
付け足された言葉は、わたしが心配していたことをぴたりと言い当てたものだ。
心の内を読まれたような気分だ。
「聖女様がここに召喚される前にも居ましたよ~」
「じゃあそこまで珍しいことでもないんですか?」
「いえ、珍しいですよ」
さらりと軽く付け足された言葉に返せば、すぐさま否定の言葉が飛んできた。
「私たちの代でしたら二例しかありませんからねー」
「……けど、黒煙病に罹るのは子供だけだって言われてますよね。」
ふと、頭に浮かんだのは、何故誰も子供ではなくとも黒煙病に罹ることがある、ということを知らないのか、ということだ。
アランさんだって「知らない」と先ほど馬車の中で言っていた。
さっきから黙ってはいるものの、きっとわたしと宰相補佐の会話は驚くものばかりだろう。
「ええ、少数の例があることを民に知らせればたちまち混乱をきたします。ですので、このことを知っているのは限られた者だけです」
「……隠してるってことですか?」
「そうとも言えます。ですが、何もかも情報を開示する必要はないと思っています」
それに関しては納得する部分があるのも確かだ。
実は黒煙病が子供だけが罹るものではない、ということを知れば、常識が覆った人たちは混乱し、怯えるだろう。
実際に黒煙病に罹った子供を見たことがあれば尚更だ。
「ご理解いただけたようでよかったです。それで? 三例目はどちらの方が?」
先ほどの言葉は信じてくれていなかったらしい。
確定している物言いに、内心ぎくりとした。
「……なんの話ですか?」
「聖女様は嘘が下手ですね~」
「一応把握しておきたいのですが。聖女様が治療し、治るのだとしても」
わたしが黙って紅茶をすすっていると、宰相補佐の視線は隣に座るアランさんへと向けられた。
まずい。アランさんは尋ねられれば黙っていることは立場的にはできないだろう。
それがわかっているのだろう。アランさんはわざとらしいほどに微笑んでいる。
愛想笑いで誤魔化そうとしているようだけど苦しい。それでこの宰相補佐が誤魔化されるわけがない。
けど、伯爵との約束を守ろうとしてくれていることに少し驚いた。
「そろそろ帰ります。ありがとうございました。お茶もおいしかったです、では!」
サッと立ち上がり、アランさんの腕を引っ張る。
わたしの意図を察し、立ち上がったアランさんを連れてドアへと一直線に早歩きする。
「いや帰らないでくださいよー。どこの誰か言ってからご帰宅ください」
まだしつこく言っている宰相補佐は、こちらを追いかけてこようと立ち上がったところだった。
開け放ったドアから廊下へと飛び出てしつこい宰相補佐を撒くために叫んだ。
「秘密です!!」




