おかしな迎え
いつも通りの往診だと思っていたのだけど、どうやら様子が違うということに気づいたのは、迎えに来てくれた馬車に家紋が入っておらず、まるで街の中を走る相乗りの馬車のような見かけをしていたところからだ。
今までも迎えに馬車を用意してくれるという家は多かったが、どの家も紋章が入っているものばっかりだった。
それがないことに違和感を覚えたものの、そこまで気にせずにいたのだが……。
屋敷へは裏門から入るよう案内されたことで違和感は増した。
まるで聖女がここに来ることを知られたくないような振る舞いだ。
今まではむしろ歓迎されてきたので、違和感は少しの不安に変わりつつあった。それはアランさんも同じらしく、いつもよりも距離を詰めて辺りを警戒しているのが伝わってきた。
通された応接間で、お茶の準備をしてくれている人を横目にこっそりアランさんに話しかけてみた。
「何だか変ですよね……」
「はい、今までとは違いますね」
今更確認するようなことでもなかったが、この不安を紛らわせたくて話しかけてしまった。
だが、誰が聞いているかもわからないところでそれ以上話すことも憚られ、それ以降は口を閉じていた。
「聖女様、遅くなってしまい申し訳ございません。よく来てくださいました」
やってきたのは、この屋敷の主人であるサットン伯爵のようだ。
目の下にはクマができ、疲れている様子に見えるが、愛想よく笑みを浮かべていることからも悪い印象は抱かない。
抱えていた不安は少し小さくなったような気がする。
「早速ですが、聖女様には娘の病を治していただきたく……」
「娘さんですか……?」
リリーの情報によると、伯爵には三人の子供が居る。
上から女の子、男の子、男の子で、黒煙病に罹る年齢の子は下二人の男の子だったはず。
長女は黒煙病に罹ると言われている年齢を過ぎ、この国での成人である16歳を越した17歳だと聞いている。
もしかして子供は四人だったのだろうか?
それらの疑問はわたしの顔に出ていたのだろう。伯爵の表情は途端に暗くなり、声を潜ませるように椅子に浅く腰掛け、前屈みの体勢で話しかけてきた。
「そのことで先にお話をしておきたいのです……」
ちらりとわたしの隣に座るアランさんに視線をやったのがわかったが、それに関しては流した。
この場にアランさんに居てほしくないという気持ちを言外で伝えに来たのだろうが、わざわざその気持ちを汲み取るつもりはない。それはアランさんも同じだったらしく、鈍い二人という設定でいくことにした。
伯爵は迷う素振りを見せたものの、直接アランさんに出て行って欲しいということも出来ないらしく、結局口を開いた。
「……娘が黒煙病であることは、他言しないでいただきたいのです」
「それはもちろんです。他の人に言いふらすようなことはしません」
思いがけない言葉は当たり前のこと過ぎて少し声に力が入ってしまった。
そのことに伯爵は申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「誤解していただきたくないのですが、聖女様を疑っているわけではないのです。ただ、娘のことを思うと口にせずにはいられませんでした。申し訳ありません」
「いえ……」
さっき強く返してしまったことに罪悪感を覚える伯爵の謝罪に困り、頭を振って答えた。思わずアランさんに助けを求めるように視線を送ってしまったが、アランさんも伯爵の態度に驚いているようだった。
一番最初が悪かったものの、それからは別に貴族に対して悪感情を持つほどのことを往診で感じることもなかったが、ここまで下手に出られることも少ない。
貴族は傲慢な人間が多いと思っていたが、そうでもないらしい。
「えっと、娘さんというのは? 失礼ですが伯爵には3人お子さんが居らっしゃると聞いたのですが……」
この少し気まずい流れを終わらせるためにも話を進めることにした。
一番に思っていた疑問を口にする。
「ご存じでしたか……はい、その一番上の娘です」
「おいくつなんですか?」
「今年17歳です」
「えっ?!」
リリーの情報もたまには間違えることもあるだろう、と思って尋ねたものの、その考えが間違いだったらしい。
驚きのあまり大きな声が出てしまったので、慌てて「すいません」と謝る。
伯爵はそれに関して、しょうがないというように苦笑を浮かべている。
だけど17歳で黒煙病に罹るというのは、わたしが聞いている黒煙病の常識からは外れている。
子供しか罹らないと聞いているし、実際にわたしが治療したことがあるのも子供ばかりだ。
「……とりあえず娘さんの状態をみたいのですが」
「わかりました。よろしくお願いいたします」
衝撃から立ち直ってはいないものの、ここで考え込んでいてもどうしようもない。
ここに来た本来の役目を思い出したが、とりあえずどのような症状なのかを知る必要がある。
一つの部屋に案内され、中に入れば部屋に控えていたらしい女性と目が合った。途端パッと表情を
明るくさせた女性は突進してくる勢いでこちらにやってきたかと思えば、両手を取られてぶんぶん振られた。
「聖女様ですね!お待ちしておりました。お嬢様を…お嬢様を治してください……!」
「わ、わかりました」
熱烈に歓迎してくれた女性に促され、そのままベッドの横に連れていかれる。
「聖女様……?」
ベッドには一人の少女が横になっていた。
調子がとても悪そうで、ぼんやりと薄目を開けてはいるものの目の焦点が定まっていない。
顔色も悪く、見るからに病人だ。
「はい、あなたの治療に来ました」
「あぁ……」
きっと喜ばれると思って言葉を口にした。
わたしの言葉を聞き、少女は焦点の定まらない目を閉じるとため息のようなものを小さく零した。
それはきっと安堵のため息なのだとわたしは思ってしまった。
だから続いた言葉に衝撃を受けた。
「もういいのに……」
ぽつりと落とされた言葉はわたしだけではなく、隣に居た彼女の世話役をも驚かせるようなものだった。
「お嬢様! どうかそのようなこと言わないでください……!!」
口元が薄っすらと笑みの形になったものの、目を開くのも億劫な様子で少女は瞼を閉じたままだ。
世話係の女性は怒っているような悲しんでいるような、ない交ぜの感情で少女を叱り飛ばした。
「……ごめんなさい。こんなこと言うべきじゃなかったわ」
薄っすらと目を開けた少女の謝罪になんで答えればいいのかわからず、結局曖昧に笑った。




