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聖女ではなく奴隷  作者: 雨花
城下の聖女
25/53

王位継承の火種

 なんでこの人まで来たんだろう……。


 決して口にすることができない疑問を先ほどから何度も胸の中で繰り返している。

 背後から向けられる視線に妙に緊張しながらお茶を入れ、テーブルの上に湯気の立つそれを並べる。

人数分用意したので、決して大きくはないテーブルの上はいっぱいになってしまった。真ん中にかろうじてお茶菓子を置くことができる。さっきもらったばかりの手土産の焼き菓子をお皿の上に並べた。

 伺うように立っているジェームズさんに視線をやれば、申し訳なさそうに眉尻を下げた控えめえな笑みが返って来る。


「ありがとうございます。すいません、このように大人数になってしまい……」

「いえ、大丈夫です……」


 他に答える言葉も見つからず、無難に答えたものの……椅子に座って優雅にお茶を飲んでいるレイノルフに対して、またしても疑問と批判が混じる言葉が浮かんだ。


 ――なんで来た。


 昨日届いた手紙にはもちろん、「大丈夫です」と、アランさんには返事を書いてもらった。

 そのときには、まさか西の辺境からやってきたというフィンさんが、王太子までやってくる騒ぎになるような人物だとは思っていなかったので無難に答えたのだけど……。今になって早まった返事をした気がする。

 どれくらいの時間に尋ねれば時間の都合がいいか、という手紙にはお昼過ぎを指定した。

午前は受付や診療、往診の予約なども行っているのでとにかく忙しい。

午後は治療を行うのだが、これはまだ時間を調節することができる。問題は往診だったが、都合よく今日は往診の予約が入っていなかったのだ。

 なので、ジェームズさんがやってくることを想定してお茶の準備などをしていたのだが……他にも三人もの人がやってきた。


 仰々しい王家の紋章が記された馬車がやってきたときには、少し辺りがざわついた。

子供たちはもちろん、その付き添いの大人たちも何事かと事の次第を眺めに来ているようだった。それを私は家の中の窓際で、リリーと一緒に眺めていた。

 本当ならすぐにでも出迎えるべきかもしれないが、王家の馬車が登場したので様子を伺ってしまった。

 そうして皆が注目する中、馬車から降り立ったのは見覚えのある顔だった。

宰相補佐として何度も顔を合わせたことがある。

続いて出てきたのはジェームズさんだ。いつもジェームズさん一人なら馬で駆けてくることが多いので、わざわざ馬車でやってきたのは初めてのことだった。


――何故宰相補佐まで?


 同じ疑問をリリーも、まさに考えていたらしく二人で目を合わせて頭を傾げる。

 最後に馬車から出てきたのは王太子、レイノルフだった。


「なっ、なんで王太子まで来るの?!」

「知らないわよ! 手紙には書いてなかったの?」


 リリーと二人、意外過ぎる人の登場に驚いたのは当然だと思う。

 騒ぐわたし達と違い、すでに外で出迎えを行っていたアランさんの案内でこちらに向かってくるのが見え、慌てて窓から離れた。





「フィン・モートンの話だが」


 お茶を飲んで一息してから口火を切ったのはレイノルフだった。

 広いとは言えない部屋に大人が7人いるので、とても狭く感じる。その内三人は立っている。それも身長が高いので余計に部屋の狭さを感じてしまう。

 椅子を勧めたいところだが、生憎4つしか椅子は置いてない。少し離れたところにソファがあるのでそれを勧めたが、「ありがとうございます。お気づかないなく」と、ジェームズさんに断られた。

なので、四つの椅子にはわたしとリリー、向かい側には王太子と宰相補佐が座っている。

その後ろに控えるように、アランさんとジェームズさん、もう一人は騎士と思われる人が立っている。


「どのような話をしたのか聞いてもいいだろうか」

「はい」


 当初はジェームズさんに話すつもりだったが……相手が誰であれ、話す内容について変わることは無い。



***



「フィン・モートンは私の従兄弟にあたる」


 何かがあったわけではない。フィンさんについての話はすぐに終わった。

 続けて喋っていたので水分が欲しくなり、カップに手を伸ばした。口に含んだそれはもうすっかり温くなっている。喉が渇いていたのでちょうど飲みやすい。

 何かを考えるように黙っていた様子だったのが、おもむろに口を開いたレイノルフに視線を上げる。



「フィンは、王位継承権は私に次いで二位だ」

「そうらしいですね……。けどそういうことは関係なく、西の辺境の黒煙病に罹った子供たちを治療して欲しいと頼んできたんじゃ……」



 最初、フィンさんとの話を聞いたアランさんも驚いていたが、今でもそこまで驚くようなことなのか理解できていない。ましてや、ここにわざわざ王太子がやって来てまで話を聞くようなものだろうか?

 正直そんなに騒ぐ理由がわからず、いまだに飲み込めずにいる。

 それに、フィンさんは王位継承権があることを自ら話すことはなかった。自分の地位を鼻にかけて脅すということもなかったので、最初こそ驚いたものの、王位継承権を有することがわかっても特に思うこともない。

むしろ、それを理由に私を無理やり連れていくこともなかったし、そんなにも身分がある人が子供たちのことを思ってわざわざ自ら頼みに来たということに好感が持てる。


「おや、あなたの騎士に話を聞いていませんでしたか? 王位継承権をレイノルフ様の次に有する、モートン次期公爵が()()()()()()()()()。これが問題です」


 それまで黙って聞き役に徹していたダニエルがいつもの軽い調子で答える。

 アランさんにちくりと刺すような一瞥を送り、頭を下げるアランさんを確認してからこちらへと視線が向けられる。


「わたし…?」

「ええ、聖女様は聞いたことがありませんか? おとぎ話のように語られている聖女の話を」


 頭に浮かんだのは半信半疑として受け取った、聖女とこの国の王の話だ。


「……聞いたことはあります」

「あの物語は聖女と王が惹かれあい、婚姻を結び王妃となったとあります。おとぎ話のように語られていますが事実なんですよね~」


 いつもの軽い調子で言葉を付け足したと思うと、ダニエルは真面目な表情に変えてこちらを見た。


「聖女は王妃にふさわしい。この国の年寄りから小さな子供にまで刷り込まれています」

「……」

「それほど聖女様という存在は尊いのです。時には王位継承権をひっくり返す力もあるかもしれない」


 ようやく何を言いたいのか掴むことができた。

驚いて何か言おうとしても、口をぱくぱくするだけで結局言葉を口にすることができなかった。

「えっ?」と間抜けに口にするしかできない。



「何代か前には実際にあった出来事ですよ。モートン次期公爵がそれを狙っていないとも限らない」

「けど、そんなに悪い人には……」

「おや、聖女様はほんの少し話しただけで相手の人となりがおわかりに?」

「ダニエル」



 嫌味な宰相補佐の言葉をレイノルフが嗜めている。

否定できるほどフィンさんについて知っているわけではもちろんないので口を閉じた。

 だが、話した感じではとてもそんなことを企んでいるようには見えなかった。

 純粋に西の辺境の子供たちのことを思ってここまでやってきたのだと……。


「城からあなたが出て行き、ここで独立する様子を見せたのでちょっかいをかけてきた可能性がある。私……いや、王家との繋がりが切れたと思ったのかもしれない」


 王家との繋がり。

 ただ城から出て独立すれば、それでもう解放されるのだと思っていた。だけど実際は違ったらしい。

王位継承の火種にされるなんて。


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