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聖女ではなく奴隷  作者: 雨花
城下の聖女
24/53

フィン・モートン

 いつものように寝る準備を終えて部屋に戻ると、一番に足を向けるのは机のほうだ。

 机の上に置いてあるガラス製の箱を見れば、中に紙が入っている。

箱を開けて紙を取り出し、二つ折りされているそれを取り出す。

開いてみればいつものように、一言だけ黒いインクで文字が綴られている。


“変わりないですか”


 いつも通りの言葉に思わず笑みが零れる。シンプルで飾り気のない言葉だが、毎日届くこの手紙のようなものには、こちらを気遣う気持ちを感じる。

 自然と頭に浮かんだのは、真面目であまり表情が変わらないジェームズさんの顔だ。


 椅子を引いてそこに座り、机の上のペンを執る。

ペン先をインクに浸し、いつものように飾り気のない言葉の下に、こちらも飾り気がない“はい。ありがとうございます。”と言葉を綴ろうとした。

 毎日届くこの手紙に、毎日同じ返事を書くので、その言葉だけは書くことができるようになった。

 未だこの国の言葉を読むことはできても書くことはできないのに、だ。


「あっ」


 だが、“はい”の言葉を書いてから、そういえば伝えようとしていたことがあったことを思い出した。

 先日ここにやってきたフィン・モートンのことだ。

 まだ王都で黒煙病を抑えることができていないのに気が早いとは思ったが、あんな約束をしたのだ。伝えておいたほうがいい。

 机の引き出しに仕舞っていた紙を取り出し、ペンとインクを持って部屋を出た。


「どうしました?」


 まだ部屋に戻っていなかったアランさんは、椅子に座ってこちらを不思議そうに見ている。

他に人の姿はない。



「あの、リリーはどこに?」

「リリーさんでしたら今日は用事があるらしく帰りましたよ」

「あっ、そっか」



 今日は妹とご飯を食べるからと、リリーは早めに帰ったのだった。

今更思い出して小さく息をつく。


「私でよければリリーさんの代わりになりませんか?」


 アランさんの申し出に一瞬躊躇したものの、フィンさんとの約束を思えば早めに連絡しておいたほうがいい。それでなくてもあれから少し日が経ってしまっている。


「……あの、すいません。代筆を頼んでもいいですか……?」


 あの日はあれから往診や治療が立て続けで、疲れて眠ってしまったのだ。

 それからも日々の仕事をこなすのに精いっぱいで、なかなか時間を取れずに後回しにしていた。

今日は比較的少なめの診療だったので、時間にゆとりがあったので、できれば用事は済ませておきたい。何より、フィンさんとの約束をこれ以上後回しにするのはやめておきたい。

 そう考え、いつもはリリーに代筆を頼むが、アランさんに頼むことにした。





「フィン・モートンが来たんですか?」


 代筆を快く引き受けてくれたアランさんに紙とペンを渡し、あの日フィンさんが訪ねてきて西の辺境にも治療をしに来てほしいと頼まれた話をすれば、アランさんは驚いたように目を見開いてこちらを見た。


「え、はい」


 その反応に驚いて返せば、アランさんは眉根を寄せて何か考えるように黙り込んだ。

 ただ事ではない反応に、頭に浮かんだのはフィンさんのことだ。

勝手にどこかの侍従だと思い込んでいたが、思えば西の代表としてやってきたのだ。もしかしたらすごい人だったのかもしれない。



「そんなにすごい人だったんですか?」

「レイノルフ様に続き、第二の王位継承権をお持ちの方です」

「え、」



 想像外の返事に驚いて間抜けに口を開ける。

 レイノルフの次に王位継承権を持っているということは、王子様ということだろうか。



「急いでこちらを書くので、送っていただけますか?」

「わかりました」



 アランさんが手早く書いた紙を受け取り、部屋へと戻ってガラスの箱にそれを仕舞う。

 どういう仕組みなのかわからないが、返事を置いたことに向こうが気づくには少し時間がかかるらしい。


 椅子に座って待っている間、部屋の戸口からこちらへと入ってこないアランさんに入って来るように提案したが断られた。

 曰く「こんな時間に女性の部屋にお邪魔するわけにはいきません」ということらしい。

いかにも騎士っぽい返事だが、前に騎士団の隊長が言っていたアランさん像とはかけ離れている。

 初めてアランさんと会った時。わたしがおかしな男に捕まった時のことだが、あの時の軽い調子のアランさんと、今の真面目なアランさんとでは印象が全然違う。

どちらが本当のアランさんなのかわからない。

 けれどきっと、隊長が言っていたアランさんが本当なのだろう。ということは、アランさんは取り繕っているのだろう。真面目な騎士を。


 しばらく気まずい空間で返事を待っていると、ガラスの箱が黄色みがかった緑色に光った。

 強烈な光というのでもなく、優しく部屋の中を照らす光はきれいで、わたしはこの瞬間が好きだ。

 ゆっくり光がなくなれば、ガラスの中の紙は消えている。今頃手紙を読んでいることだろう。



「これで返事がくるのですか?」

「はい、向こうで手紙を受け取ったと思うので、また返事が来たらこの箱がさっきみたいに光ります」



 アランさんも初めて見るらしく、興味を惹かれた様子だ。

 思っていたよりも早くその時はきた。

優しい光に包まれた箱を開ければ、小さな二つ折りの紙が入っている。


「……明日伺ってもいいか、と」


 急いで書いたのか、いつもより崩れた文字でそう綴られていた。

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