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聖女ではなく奴隷  作者: 雨花
城下の聖女
22/53

西の地より

 気づけば、この診療所を開いてから二月が経っていた。

 毎日忙しく過ごしていたので、あっという間で実感があまりない。

 それは同時に城を出てから二月ということで…。何だかあの日々が遠い日のことのように感じる。あっという間だったのに遠い日というのは矛盾しているのに、なぜか二つの感想が一緒に出てくるのだ。




「コトネ!!」

「ラルフ?!」


 午前の診療を終え、昼休憩に入ろうとしていたところで勢いの良い声に名前を呼ばれた。

 思わず肩がびくりと跳ねながら振り返った先にはラルフが居た。わたしの驚いた顔を見て、ラルフは悪戯が成功したみたいにニンマリと嬉しそうに口角を上げている。


「収穫した野菜の差し入れだ」


 ラルフが視線で後ろを示す。ラルフの後ろには、すでに顔見知りになった男性の顔を見つけた。ラルフと仲が良いらしいネルソン家の侍従のジョンさんだ。

苦笑と共に会釈をされたので、同じように会釈する。

 もう何度か見たことがある光景だが、ジョンさんは荷車を引いていた。荷車の中を覗き込めば、収穫したばかりだろう野菜がたくさん載っている。



「こんなにいいの? この間もらったばっかりなのに」

「かまわない。うちで全て食べるには多すぎるんだ」

「ありがとう、とっても助かる。この間もらった野菜もスープとかに入れて食べたけどおいしかったよ~」

「……そうか」



 照れくさいのを無理やり隠すかのように、唇を一文字に引き結んだラルフに笑みが零れる。

 治療を二度行い、黒煙病がすっかり治ったラルフは、こうしてお土産と共に訪ねてきてくれるようになった。そのお土産というのは荷車の中いっぱいの野菜だ。


 お姉さんが結婚したことを機に、お金に不自由することがなくなったネルソン家だが、それまでは節約の日々だったようだ。窓から見える場所には薔薇などの花を植えていたが、その奥には畑を作り、野菜作りなども行っていたらしい。

 今ではネルソン男爵は畑に見向きもしなくなったらしいのだが、ラルフは野菜作りが楽しいらしく数人と共に続けているようだ。その収穫した野菜をおすそ分けしてくれる。おすそ分けしてくれる量と、「うちでは食べ切れない」というラルフの言葉からも、収穫量は相当なものだろう。

 その話を聞き、うちでも節約のために畑づくりを始めてはどうかとリリーと話したのだが、まだそこまで手が回っていない。



「あれ? ラルフまた来たのか?」

「…お前こそ、またここに居るのか?」



 何かを探すかのように辺りを見回しながらやってきたカイルは、一番に目に止まったらしいラルフに声をかけた。が、それにラルフは眉を上げ、ツンと唇を尖らせている。

 この二人はあまり気が合わないのか、まだ数えるほどしか会ったことがないはずなのに顔を合わせれば言い合いが始まる。

年が近いので気が合うかも、と思い引き合わせたのだが、そういうわけでもないらしい。むしろ年が近いから遠慮がないのかもしれない。

 またも言い合いが始まりそうな予感がしたので先に声をかけた。



「カイル、どうしたの?」

「あ、お昼ができたので呼んできてほしいとリリーさんに言われました」

「ごめんごめん」



 ラルフしか目に入っていなかったのか、声をかけるまでわたしの存在には気づいていなかったようだ。カイルは少し驚いたように目を丸くしてからここにやってきた本来の目的を口にした。

 何か探している様子だったのは、わたしだったらしい。

お昼ご飯を食べに行くところでラルフ達に出くわして喋っていたので、遅いと思ったリリーに頼まれたのだろう。


 この診療所を開く前日にここに運び込まれたカイルは、今ではラルフ同様に黒煙病が完治した。ラルフと違って黒煙病がだいぶ進行してはいたものの、時間をかけて治療をしたことで、今ではその痕も残っていない。ただ、やはり臥せっていた時間が長かったので、体力が前のように戻るまでには時間を要しそうだ。

 その点、ラルフはまだ罹ってから日が浅かったので、体力に問題もなさそうに思う。



「ラルフがまた野菜をくれたから、運ぶの手伝ってもらえる?」

「はい!」



 元気のいい返事で答えてくれたカイルが荷車の中を覗き込んでいる。


「ラルフとジョンさんもよかったら食べていってください」


 わたしがお昼を作ったわけではないのでどれだけの量を用意しているのかわからないが、野菜をおすそ分けしに来てくれたのにこのまま帰すというのも忍びない。

 ささやかなお礼になるが、お昼を一緒にと誘うことにはきっとリリーたちも賛成してくれるはず。……そのぶん、取り分が減ってしまうかもしれないが。



「いいのか?!」

「ラルフ様」

「もちろん。そんな豪華なものは出せないですけど、よければジョンさんも」

「コトネもいいって! ジョン、ご馳走になろう」

「申し訳ありません。お言葉に甘えてお邪魔させていただきます……」



 ラルフを嗜めるジョンさんに声をかければ、ラルフがもう一押しするように言葉を重ねる。

 ジョンさんは苦笑を浮かべて申し訳なさそうに頭を下げた。

 そうと決まればこの荷車をどうにかしないといけない。ここに置いておくには通行の邪魔になるので家の横にぴったりくっつけ、野菜は持てる分だけ家の中に運ぶことになった。



「すいません、聖女様がいらっしゃるのはこちらですか?」

「……はい?」



 まだ土のついている新鮮な野菜を手分けして運ぼうとしていると、背後から低い声に呼びかけられた。突然現れた見慣れない男性の登場に、「誰?」と尋ねているような視線が三人分向けられるが、わたしも知らない人なので首を軽く振る。

 なんにしても聖女に用があるのなら、わたしが対応すれば話が早い。

 三人には家に行き、お昼を先に食べておいて、とリリーに言づけを頼んだ。こちらを気にした様子の三人が野菜と共に家へと入っていくのを見送ってから男のほうへと近づく。



「あなたが聖女様だったのですね」

「はい。それで、ご用は?」



 ここに用事があるのは黒煙病に罹っている子供だけのはず。その子供を連れていないことからも、往診の予約に来たのだろうか? と当たりをつける。ということは、この人はどこかの家の侍従かもしれない。身なりから判断して上位貴族の家に仕えているのかもしれない。

 柔和な笑みを浮かべた男はこちらが観察していることに気づいているだろうに、気にした様子はない。それとも、感情を隠すのがうまいのかもしれない。



「申し遅れました。私はここ、王都より西の辺境からやってきました。フィン・モートンと申します」

「わたしは琴音鹿目と申します」



 西の辺境と言われてもその言葉通り、西からやってきたのだろうとしかわからない。この国の地理なんかはさっぱり頭に入っていない。

きっと遠いところなんだろう、とぼんやりとした当たりしかつけることができない。

 自己紹介をしてくれたので同じように返さなければ失礼かと思い、久しぶりに自分の名前を口にした。そうすると目の前の男は笑みを深めた。



「あまり聞きなれない響きだが、素敵なお名前だ。良ければ先ほどの少年のようにコトネと呼ばせていただいても?」

「え、はい……」

「ありがとう。私のこともフィンとお呼びください」



 笑みを絶やさず、柔らかな雰囲気のフィン・モートンに、嫌だということも出来ない。

 思いがけない申し出にたじろいでしまうが、強引ではないので不快感などはないので、まあいいかと流すことにした。



「聖女様に会いにここまでやってきたのは、一つお考えいただきたいことがあったのです」

「……なんでしょう」



 ようやく本題に入ることを察し、知らず体に力が入った。

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