お金を稼ぐ
「聖女のくせに、って言われても正直、自分で聖女です! って名乗ったわけでもないからさ…」
信じられないと言いたげな男爵の表情からも、聖女は本来そういうことを言い出さないものなのだろう。この国の人たちにとっては。
「コトネからすれば、突然呼び出されて聖女って担ぎ上げられた感じだものね」
「…わたしは普通に社会人と働いていた一般人でしかないからね」
聖女として呼び出され、聖女しか治すことができない病気があるから治しているだけで、感覚的には聖女様とは遠い。
仕事として聖女をしているのだから、対価を求めるのは当然だと思うのだ。
ある意味、この世界では冷淡と言われる感覚かもしれない。
なんせ今までの聖女様はおとぎ話のような伝承によると、慈悲深く子供たちを包み、不安を抱えるその家族たちも優しくケアしたらしいのだ。
国中の人々に愛され、王と恋に落ち、国母となってこの国に幸せをもたらした。というのが、広く人々に知られている。
だが、その“聖女像”をわたしに押し付けられても…という感想しかない。
それに正直、その話も美談として語られているものの、どこからどこまで本当なのか怪しげなものだ。
「けど、私はそういうコトネだからついてきたのよ」
この国の人達からすれば、受け入れがたい聖女であろうわたしの考えも、リリーは受け入れてくれている。
だからこそ、リリーの前でだけは素の自分で居られるのだ。
「ありがとう」と、改めてお礼を言えば、リリーはツンと顎を上に向けた。それを照れているのだと解釈して笑うと、非難がましい視線が向けられる。
気を取り直したように咳ばらいをしたリリーが話題を変えた。
「それに、男爵がお金を支払ったんだからこれからは納得していくわよ。聖女はそういうものだって。何より私も詳しくは知らないけれど、今までの聖女がこうして城下に降りてきて治療をしていたのかも怪しいわ」
伝承にはふんわりとしか聖女について語られていない。
王は聖女の心の美しさに惹かれ、また聖女も王の精悍さに惹かれて恋に落ちてめでたしめでたし…と、伝承というよりもラブロマンス的に語られているらしいのだ。
事実なのかもしれないが、おとぎ話としてきれいに作り上げらた物語に感じるのは、当事者だからだろうか。
どちらにしても、わたしはそんな聖女にはなれそうにはない。
男爵に「聖女のくせに」と言われるような、現実的な聖女としてやっていくつもりだ。
***
男爵は渋々というのを隠し切れない感じではあるものの、お金を支払うことを了承した。
「貴族の方たちに援助していただきたい」と言ったのが良かったのかもしれない。
こういうタイプの人には、下手に出て貴族のプライドを刺激すればいい。というリリーの助言に基づいての言葉だったのだが、それが功を奏したようだ。
「それで、往診料とはいくらなのだね」
「それは…ネルソン男爵が考える額で」
眉を上げた男爵に向け、続けて言葉を繋げた。
「お恥ずかしいのですが、こちらの通貨にはまだ不慣れでして…。それに往診という形をとったのも初めてですから…一体いくらいただくのが適正なのかわからないので、男爵におまかせいたします」
わたしの言葉に男爵の表情は疑わし気ではあるものの、努めて困っているような顔を作る。
こちらの世界の通貨に関しては、ジェームズさんに教えてもらった。
なので、日本円に換算して考えることも出来るのだが、無知を装った。
この場合、そのほうが都合がいい。
「そうか。ではこちらで金額を決めさせていただこう」
後ろに控えていた男性に、男爵が視線で指示を出した。すぐさまその男性持ってきたのは封筒だ。
その封筒の中にお金が入っているらしい。
「これでいいかね」
尊大な態度で尋ねてくる男爵に笑顔を向ける。
手渡されたそれを受け取ると、そこまで厚みがないことがわかる。
「ありがとうございます。ネルソン男爵に援助いただいたこのお金は、これからの施設の運営にあてていきたいと思います」
隣のアランさんから先ほどから向けられている視線には気づかないふりで、封筒を握りしめた。
アランさんには事前に「とりあえず見守っていて欲しい」と伝えてある。何か困ったことがあればこちらからサインを出すので、それまでは見ていてほしいと。
それを守って口出しすることなく居てくれているようだが、実際は何かを言いたいのか、痛いほどの視線が先ほどから突き刺さって来る。
お礼の言葉に男爵は目を細めている。プライドが高い男爵の心をくすぐる言葉だったようだ。
こちらとしては往診の対価としてお金をもらっているのだから、どこまでも対等な立場だと思っているのだけど…。
「これから往診料をいただく際には、この値段を指標にしてさせてもらいますね」
笑顔でその封筒を鞄の中に入れる。代わりに取り出したのは、次の往診日時が書いてある紙。
事前にこれからの予定と照らし合わせて日時を考えた予約票だ。
男爵に向け、机の上にそれを置いて立ち上がる。
椅子に座るのを断り、立っていたアランさんとようやく目を合わせた。
「帰りましょうか」そう言って扉まで歩いて行けば、後ろから焦ったような声に引き留められた。
「ま、待て!!」
思わず笑顔になりそうなところだが、無理やり驚いたような表情を作る。
振り返れば、その声から想像していた通り、焦った顔の男爵と目が合う。
「はい?」
わざとらしくないように…。
自らにそう言い聞かせながら努めてきょとんとした顔を作る。
「…もう少しだけ援助させてもらおう」
バツが悪そうなのは、先ほどの言葉で金額を変更したことを気にしてだろうか。
こちらとしてはここまでうまく事が運ぶとは思っていなかったので、笑顔が溢れてしまう。これ以上は顔を作る必要もないだろうと判断し、思い切り笑みを浮かべた。
「いいんですか?」
***
結果的に得られたお金は、しばらくお金のことを気にしなくてもいいくらいのものだった。
城から出てくるときにお金はもらってはきていたのだが、それを消費するばかりでは不安だった。
けれどこれからは定期的に稼ぐことができるようになると考えると、随分肩の荷が下りた心地だ。
「とりあえずお疲れ、コトネ」
「ありがとう。リリーもお疲れ」
少し奮発して買ってきた焼き菓子は、とんでもなくおいしかった。




