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聖女ではなく奴隷  作者: 雨花
城下の聖女
17/53

診療所の始まり


「今日は忙しくなるわよ。ほら、コトネもっと食べなさい」

「ありがと、けどもう…」

「遠慮しないで!」

「あ、」



 お皿に二切れのパンが増え、わたしはなんとも言えずに口を噤んだ。そんなわたしたちのやり取りを見て、アランさんは苦笑いを浮かべている。

 朝に弱いわたしとは違い、リリーは朝から元気だ。わたしよりも遅く眠ったはずなのにもりもり朝ご飯を食べた上に、わたしの世話まで見てくれている。

これじゃどっちが年上かわからない。年上の威厳というのはわたしには程遠い言葉だ。

リリーの前だと余計に。

 そこでふと、アランさんはいくつなのか知らないことに気づいた。三人で食卓を囲んでいるというというのに、アランさんについては殆どと言ってもいいほどに何も知らない。


「そういえばアランさんはおいくつなんですか?」


 口の中のものを水で流し込んで尋ねる。

わたしの質問にアランさんもそういえば、という風に目を瞬いた。



「言ってませんでしたね。22歳です」

「え、」

「この中では最年長ということになりますね」



 にこっと邪気のない笑みでそう言われ、言葉が喉のところに詰まった。

 まさか自分が一番年上だったとは思っていなかった故の衝撃と、おそらく昨日からのリリーとのやり取りでそう見られていないのだろう、という予測もついて「いえ、わたしが一番年上です」と名乗り出ることが憚られる。


「あら、違うわ。一番年上はコトネよ」


 わたしが言えなかったことをさらっと口にしたリリーは、この誤解について特に何とも思っていなさそうだ。皿の上のものを減らそうと、アランさんの皿の上にパンを乗せている。対してアランさんは驚いたように目を見張ってこちらを見た。



「…24歳なので、一番年上ってことになりますね」

「それは失礼しました…! お若く見えるのでてっきり」

「いや、ははは。アランさんこそお若いのに副隊長なんてすごいですね」

「いえ、偶々みたいなものですから」



 軽く笑って返したが、白々しいほどの空笑いだった。

 そのまま話題をアランさんへと戻すも、さらっと流された。言われ慣れている感じのスマートさに思わず感心してしまう。嫌味なく流されるようになるほどにこの話題をこなしてきたということなのか。


 それにしても、この世界の人は大人びている。ぼんやりと日々を過ごしてきたわたしと比べるのはおこがましいが、それでも会う人会う人が“大人”に見える。

 聞けば、わたしの年齢だと結婚しているのが普通らしい。ということは、子供が居てもおかしくはない…それどころか子供が居るのが普通のような世界観なのだ。昔の日本のような価値観らしい。それなら年下であろうと、精神的には大人でも納得できる。と、無理やり結論付けた。




***




「私が先にカルテを作っていくわ」

「ごめん、そうしてもらえると助かる」


 受付を開始すると、やはり予想通り…いや、それ以上の人がやってきた。

 前に来て、よりわたしにどれだけ子供が苦しんでいるのかを伝えれば、その分先に診てもらえると思っているらしい子供たちの親を一列に並ばせてようやく診療所を開くことができた。

 やって来る人をその都度治療するのは効率が悪いと考え、先にカルテを作ることにした。診察時に軽く症状を診て、入院が必要なほどに症状が悪化している子とそうではない子に分ける。

出来れば全員にベッドを提供したいところではあるが、数に限りがあるのでそうも言っていられない。

近辺に住んでいるようなら通いで治療を施す。

通いでの治療が難しそうなら、ベッドを提供する。


 そのためには住所が必要になって来るので、軽い診察と共に名前やおおまかな住所なども聞いて紙に綴っていっていたのだが、このペースだとどれだけ時間がかかるかわからない。

 それだけ切羽詰まった状況なのかもしれないが、スムーズにこちらの質問に受け答えしてくれないのもタイムロスの原因だ。

どれだけ子供が苦しんでいるかはもちろん、何故今まで貴族しか治療しなかったのか、だのとチクチク刺されることも何度もあった。そんなことを言ってる場合でもないので流している。

 いちいち相手にしていると日が暮れてしまい、それこそ子供達の治療に取りかかれるまでの時間が長引く。それでも精神面での消耗は激しく、肩が重い気がする。



「それと受付も今日は終了にしよう。これ以上は診れるかわからないから」

「そうね、思った以上の人が来てるし」

「なら私が伝えてきましょうか?」



 少しの休憩も兼ねてお茶を飲みながら話していると、ありがたい申し出をしてくれたのは昨日の夜、診察して欲しいと訪ねてきた女性だ。

名前はナタリアと言って、彼の息子である男の子はカイルという。

 診療所を開設して一日目ということもあり、あたふたしていたわたしたちに手伝いを申し出てくれたのだ。

どういうわけか字を書けないのに読むことはできるという役立たずなわたしに代わり、カルテの作成をリリーと共に手伝ってくれていた。

言葉は意識せずともこの地のものを話せるようなのに、字は書けないなんて中途半端すぎる能力だ。 人手は全然足りていない状況なので、その申し出にこちらから頭を下げて手伝ってもらうことになった。

ちなみにカイルはベッドの上で眠っている。

 今は仕切り代わりのカーテンで一つのベッドを囲み、椅子と机を置いた簡易診察室で話している。



「お願いしていいですか? それと受付終了の紙も貼りだしてもらって…あ、最後に並んでる人に受付終了だってことを新たに並んできた人に伝えてもらうのは…」

「それだとその人に文句を言う人が出てくるかもしれないわ。それに融通を効かせてっていうかも」「立て看板をしては?」



 アランさんの提案にハッとした。思わず額に手を置いてため息をつく。



「思いつかなかった…先に作っておくべきだった」

「しょうがないわよ。ロープでも引きましょ」



 ここに来てのリリーのあっけらかんとした物言いに、とんでもない頼もしさを覚える。

わたし一人だとおたおたしていただけかもしれない。

そう考えると、リリーが共犯になってくれて本当によかった。



「じゃあ私がロープを引いてきますね」

「すいません、お願いします。」

「あ、ですけど、そうなるとカルテの記入が…」



 識字率が高いとは言えないこの国で、ナタリアさん貴重な字の読み書きができる人だった。だからこそ、リリーと一緒にカルテを作ってもらっていたのだが…困ったことになった。

リリーと目を合わせ、困った顔をしながら二人でちらりとアランさんを見てみる。



「…それなら私が」

「ほんとですか! お願いしてもいいですか! ありがとうございます!!」

「ありがとう! 助かるわ!!」



 空気を読んでくれたアランさんが手を上げてくれたので、すぐさまお願いした。

有無を言わさないわたしとリリーの迫力に、椅子の上でアランさんは距離を取るように仰け反った。

 昨日、アランさんの仕事はわたしの護衛であって、この診療所とは関係ないから当てにしてはいけないと思ったばかりだけど、そこは都合よく忘れることにする。

なんせ人手が足りなさすぎる。



「じゃあリリーは先にカルテを作っていっていってもらって、すいませんけどナタリアさんは受付終了の手配をお願いします。アランさんもカルテ作りお願いします」



 リリーには先に症状以外の住所や名前を記入するカルテ作りをしてもらい、アランさんにはわたしが書いてほしい症状の方を記入してもらうことにした。

 日本語なら書けるのに…と、文字を書けない情けなさを感じるが、それは今言ってもどうしようもできない。


「引き続きお願いします」


 力強い頷きが返ってきたことに背中を押される気分で、温くなっていた紅茶を一気に飲み干した。


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