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聖女ではなく奴隷  作者: 雨花
城下の聖女
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夜の訪問者2

 とりあえずベッドのある診療所へと移動することにした。

部屋の中にはソファが備え付けられているものの、ゆっくり眠るにはやはりベッドの上のほうがいいだろうと判断してのことだった。

 20床のベッドのうちの一つを指せば、アランさんが抱きかかえていた男の子を下ろしてくれる。

男の子はぐったりして目を開くこともなく眉間に皺を寄せ、苦し気に荒い呼吸を繰り返している。意識が混濁しているのかもしれない。

 症状がどれくらいのものなのか確認したくて男の子の服を捲り上げてみる。


「これは…」


 背後でアランさんが呟くのが聞こえた。

もし黒煙病に罹った子供を見たことがないのなら、衝撃的だろう。実際、わたしも初めて見た時には驚きを通り越してショックを受けた。

 黒い煙のような痣は、小さな体の上を蛇のごとく這っていて、全身に回っているようだった。

襟首からちらりと見えていたが、首まで皮膚の色が黒へと変わってしまっている。


 黒煙病について記されている文献には“心臓の辺りから痣は広まっていく”と書かれているらしい。心臓を起点に徐々に体中へと広がっていく。

 今までの経験からも、急いで治療をしたほうがいいと判断し、両手を男の子の心臓の上の辺りにかざす。

間もなく、じわじわと細かい黒い砂粒のようなものが男の子の体から浮かび上がってくる。砂粒にも煙にも見えるそれは、かざしたわたしの手の平へと吸い込まれていく。

 最初これを見た時には驚いた。わたしが病気を吸い取っているようだと思ったからだ。

だが、これはわたし以外には見えないらしい。

 しばらくそれを続ければ、男の子の体の黒い痣が薄れていく。同時に、体に覚えのある倦怠感が現れる。


「一先ずこれで大丈夫だと思います」


 ふう、と息を吐いたのは息苦しさを感じてだった。

胸の辺りが重いのは、きっと黒煙病がわたしの体の中に入ってきたからだと見当をつけている。


「ありがとうございます、ありがとうございます…」


 先ほどとは違う意味で涙ぐんでいる母親も、男の子の様子に安堵したようだった。

 まだ目は閉じられたままだけど、呼吸に関してはずいぶん楽にしているように思う。

上下に激しく動いていた胸はゆっくりした動きだ。男の子の顔には苦し気なものはなく、ただ眠っているだけのように見える。

 それに、皮膚に残っている黒煙病の証である黒い痣はずいぶん薄れた。少なくとも首にあった痣に関しては完全に消えている。



「このまま寝かせてあげてください。また何かあったら呼んでいただいたら来るので」

「はい…!」

「あとは私がやっとくから」

「ごめん、ありがとうリリー」



 犬を追っ払うかのような仕草で退出を促すリリーに思わず笑いながらその場を後にすることにした。わたしが動くと、後ろをアランさんがついてくる。

リリーを手伝ってあげて欲しい、と口にしようとしたが寸でのところで飲み込んだ。彼はわたしを護衛するのが仕事であって、ここのスタッフではないのだ。

男の子を運んでくれたのはアランさんの気遣いと優しさだ。


 やはり体は重く、息も熱い。心臓が脈打つ音が嫌に耳に響く。

今日はあの男の子以外誰も治療をしていなかったというのに、引っ越し作業で疲れていたのか。いつもならこれくらいではここまでの疲れを感じないのだが、早く休んだほうがよさそうだ。

 急いで家へと戻ろうとするが、体が重くて思うように進まない。



「失礼。私が部屋まで運びます」

「……え?」



 鈍い動きの頭で言葉の意味を咀嚼する間もなく、突然体を抱き上げられた。

一瞬感じた浮遊感。体にひやりとしたものが走り、咄嗟に目を瞑った。

恐る恐る目を開けば、近い距離にアランさんの顔があった。あまりにも近いことにぎくっと体が震える。それを勘違いしたらしく「落とさないので大丈夫ですよ」と、笑顔と共に言われる。

そんなつもりじゃ…と説明する元気もなく、大人しく「はい」とだけ答えた。


「ゆっくり休んでください」


 心地いいベッドの上へと体を置いてもらった時には、安心感からか早くも意識が遠ざかっていく。

お礼のようなものを口の中で呟きながら、抗うことなく目を閉じる。



「……どうして今更」



 朦朧とした意識の中で聞こえた声は、苦し気に聞こえた。

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