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聖女ではなく奴隷  作者: 雨花
城下の聖女
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引っ越し2

 一通り家の中を回っていると、表で物音が聞こえた。

 玄関が見える窓から外を覗いてみれば、馬から降りているジェームズさんの姿が見えた。


「遅れてすいません!」


 息を切らして現れたので、随分急いでやって来てくれたらしい。

特に急いでいたわけでもないので申し訳ない。


「案内していただいてたので大丈夫ですよ」


 そういうと、少しほっとした様子で小さな笑みが返って来る。

最初の頃には考えられない表情だが、最近では時々見かける。といっても、頻繁に見られるものでもないので何だか得をした気分になる。

 ジェームズさんの代わりにここを案内してくれていた彼は入れ替わって城へと戻るということだったので、お礼を言って別れた。


 もうほとんど家の中も診療所の中も案内してもらい、少し疲れていたこともあって休憩するためにキッチンへと移動した。

 テーブルと椅子が四脚置いてくれてあるので、そこに座って話すことにしたのだ。

 キッチンにはすぐにでも生活ができるようにありがたいことに必要な物が用意されている。棚からカップとティーポットを取り出し、みんなに手伝ってもらってお茶を入れた。

思えば、こんな生活の中の些細な行動でさえここに来てからはしていなかったので、ただお茶を入れるだけでもこんなにも大変なのかと今更不安を覚えた。

 現代であれば、指一つでコンロに火をつけることができた。それがここではまずは火を起こすところから始めなければいけないのだ。大変どころの話じゃない。やっぱり人を雇う必要がある。

 ようやくお茶を口にするときには余計に疲れてしまっていた。


「二階の部屋も確認しましたか?」


 ジェームズさんが持ってきてくれていたクッキーをお茶請けとして、テーブルの真ん中に置いて四人でそれを囲む。

最初アランさんは職務中だからと遠慮していたが、一押しすれば一緒にお茶をしてくれることになった。



「はい、三部屋ありましたね」

「二部屋はコトネ殿とフラゴメーニ殿の私室として用意しています。あと一部屋に関してはあったほうが便利かと思ったので。リリーさんもこちらに滞在することがあるかもしれませんし」

「そうなんですね、ありがとうございます」

「もしかしたら私以外が使うこともあるかもしれないしね」



 すでに二階も見て回っていたので、部屋の中もベッドや小さなテーブル、椅子などが備え付けられていたのを知っている。自分でアレンジできるようにか、どの部屋も色があまりなくシンプルなものだった。

 今までわたしの部屋として城で使わせてもらっていた部屋はとても質の良いものが揃えられていた。この世界に来るまで天蓋付きのベッドで寝たこともなかったし、絨毯がふかふかで足が沈む感覚なんて味わったこともなかった。

目が覚めればすでにテーブルの上には豪華な食事が用意され、テーブルの上には毎日彩を変える花が添えられている。

夢のような生活だったけれど、どこか現実味がないような生活だった。

 あの部屋を思えば、この家はシンプルを通り越して質素かもしれないが、わたしはこちらのほうが好きだ。


「こちらが考えていたのは奥の部屋はコトネ殿が。その手前の部屋はフラゴメーニ殿の部屋として用意しています」


 頭の中に先ほど見たばかりの部屋を思い返す。

奥の部屋が一番大きかった。ベッドも少し広く、クローゼットや書き物ができるような椅子と机があった。ベッドサイドには品の良いランプがあったのが記憶に強く残っていた。一目で素敵な部屋だと思った。

 その手前の部屋は奥の部屋よりも少し小さかった。といっても、実家のわたしの部屋よりも少し大きいくらいだ。十分な大きさと言える。

 ジェームズさんの言う通り、奥の部屋を使いたいところではあるけれど、きっとアランさんも使いたいだろうと思うと素直に頷くことも出来ない。


「それがいいと思います」

「いいんですか?」


 きっとアランさんも奥の部屋がいいんじゃないだろうかと思って声をかけたのだが、アランさんはきょとんと眼を丸くした。

 そんな反応をされると私が間違ったことを言っているのかと思ってしまう。


「...あの奥の部屋素敵じゃなかったですか? なのできっとアランさんもあの部屋がいいだろうな、って思ったんですけど...」


 徐々に声が小さくなってしまったのは、アランさんが笑いたそうに口をむずむずし始めたからだ。


「え、なんかわたし変なこと言った?」

「なにも言ってないわよ」


 焦りながら話しかけた先に居るリリーもやっぱり笑っている。



「いえ、すいません。警備の点から見ても、聖女様には奥の部屋に居ていただいたほうがいいですね」

「それなら遠慮なく...」

「それに、あの部屋は聖女様の部屋ということを想定して政務官殿が用意したのでしょうから」

「ええ。そのつもりでした」

「遠慮なんかいらないわよ。何より主寝室なんだから、コトネのものよ」



 リリーの言葉に、ようやく何故笑われていたのかわかった。当然わたしが主寝室を使うものと考えていたのにアランさんを覗ったから。この家の主は、わたしということになるのだろう。

だからアランさんは、主が「いいんですか?」と尋ねたのできょとんとしていたのか…。


「素敵な部屋だと思っていただけたようなので何よりです」


 涼しい顔で紅茶を口にしながらのジェームズさんの言葉に、わたしは黙りこんだ。



***



「こちらを」

「これは…?」


 「コトネ殿、少しいいですか?」呼ばれて言ってみれば、手渡されたのはきれいな透明な箱だ。

ガラスのような透き通った箱で、手に持ってみると重みがある。両手で落とさないように気を付けながら持ち、観察してみる。

 継ぎ目が金色の金具で、同じく金色の繊細な模様が施されている。精巧な造りをしたそれを渡された意味がわからず、視線で問う。



「この箱の中に手紙やメモを入れていただくと、連絡のやり取りができるようになっています」

「そんなすごいものがあったんですね」



 魔法のような箱に驚いて返せば、ジェームズさんが声を潜ませるようにこちら側に顔を近づけてくる。どきりと心臓が鳴ったのに知らないふりをして耳を傾ける。



「この存在を知っている者は一部です。私も今回初めて知りました」

「…そんな貴重な物をわたしがもらっていいんですか?」

「もちろんです。コトネ殿のために用意されたものですから」



 そういわれても気が引ける。そんなにも貴重な物を持っているという事実に、たじろいでしまう。


「存在を知らない者からすれば、ただの箱にしか見えません。価値がわからないものには小物入れか何かにしか見えないでしょう」


 そう言われればその通りだろう。わたしだってさっきまでただのきれいなガラスの箱だと思っていた。きっとアクセサリー入れか何かだろうとしか予想できなかった。


「何かあったときや、もちろん何もなくても。日常のちょっとした話でもいいので、ここにメモを入れてください。そうすればこちらにメモが届くことになっています。反対にこちらから手紙やメモを送ることもあるので、そのときにはこの箱の中に紙が入っているので目を通してください」


 つまり、この箱はポストのようなものだろう。ただ、ポストだとそれを回収する人や、個々に届ける人が必要だ。それが必要なく、直接的にやり取りできるというのだから便利だ。本当に魔法のようだ。



「わかりました。…困ったことがあったらジェームズさんが?」

「ええ。コトネ殿が担当を変えてほしいと仰らないのであれば」



 冗談めかした返事だったのは、わたしがそれを言うつもりがないことをわかっているからだろう。 普段、あまり動かない表情が今は口端が吊り上がっている。少し意地悪な顔をしているジェームズさんに、こんな顔もするのかと驚く。

だけどただ驚いているだけなんてのは面白くない。


「今のところは言うつもりはないですよ」


 尊大で生意気な言葉。おまけにツンと顎を上に向けての返事に、ジェームズさんはおかしそうに小さく笑った。


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