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「いえ、あの…こちらこそよろしくおねがいいたします」
反射的に頭を下げて返すものの、心はまだこの展開について行けずに困惑している。
何せ護衛をつけてくれるという話も初耳だ。
「アランはうちの自慢の副隊長ですから、聖女様も安心して城を出られますよ!」
今挨拶を交わしたアランさんと一緒に居た人が大きな声でそう言ったかと思うと、にかっと笑った。大きくてがっしりとした体に騎士服を纏っていることからも、きっと騎士なんだろうとは思っていたが、今の口ぶりからもその予想はどうやら当たっていたことがわかる。
「腕は立つんだが女性関係がちょっと褒められたものではないので、何かあれば遠慮なく私に言ってくだされば脳天に一撃くらわすんで」
「ちょっ、隊長、余計はことは言わんでくださいよ!」
「まあ、いくらアランでも聖女様にそんな恐れ多いことはしないか」
大きな声に大きな体、第一印象と違わずに豪快な人であるらしい。この人に脳天に一撃食らったら下手したら死ぬんじゃ...。そう思いながらもこざっぱりした様子に、つい笑みが零れた。
それと同時に、どうやらアランさんは女性関係に少々問題があるらしいことも知ってしまった。
騎士としても男性としても恵まれた体躯をしているのが騎士服を着ていてもわかる。だからと言って過度に筋肉がついているわけでもなく、すらっと背が高い。
少し癖のある金色の髪にアクアマリンのような深い色をした瞳。高く整った鼻梁。
所謂イケメンと言われるタイプに間違いなく該当する。女性には困らないだろう。
腕が立つというのも、数日前に助けてもらった時のことを思えば納得だ。隊長のお墨付きなのだからもっとすごいこともしてきたのかもしれない。
「あの、すいません」
「いいんでしょうか...」
「何がだ?」
なんことかわからない様子の王太子に言い淀む。
「私のために、その、アランさんをつけてもらうなんて...」
あの日、男に襲われてから頭をよぎったのは、もしかしたらもう城から出られなくなるかもしれない、ということだ。
黒煙病を治すことができる唯一であるらしい私を少しでも危険がある場所に送り出すなど考えられない。
城下は危険なのか安全なところなのかもわからないが、それでも城内より危険な可能性が高い。
何より、ここでなら人目があるのだ。
部屋に居る時にはセフィたちが気にかけてくれているし、この間のようなことがあれば騎士に助けてもらうことも出来る。
だが、城から出るとなるとそうはいかない。
「何かあったときにあなたを守れなくては困る」
それはわかっている。
私だけが致死の病である黒煙病を治すことができるのだから。だからこそ「城を出たい」という願いは私の我が儘でしかないはず。その我が儘をこの王太子が叶えてくれようとしている。そのことが不思議でならなかった。
それにアランさんに護衛してもらうとなると、彼を…彼の周りの人を振り回していることにもなる。こうなってくると後ろめたさを感じてしまう。
城を出たいと言った時にはここまでのことを考えていなかったので、今更ながら罪悪感を覚え始めた。
私の我が儘が浮き彫りになってしまった考えを改めて口にすることを躊躇い、結局黙り込んでしまうと、小さく息を吐く音が聞こえた。
「あなたが城を出たいと言ったんだろう」
返す言葉が見つからず、結局口を固く結ぶしかできない。
「なので不備が無いよう手配しているだけだ」
「...すいません」
「…謝ることじゃない」
私の望みが叶えられようとしているのに、今更躊躇っている私に対して王太子が苛立ちを覚えるのもしょうがないことだ。