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屈辱

 帝都ヴァッサルガルトにあるフレイヘルム家の屋敷の一室。

 早朝から呼びつけられた俺たちは眠い目をこすりながら、一つの水晶玉の前に整列する。

 

 勢いよく扉が開け放たれたかと思うといつもの数倍険しい表情をしたリアが、床を踏みつけながら、部屋に入ってくる。


 「時間です。魔導通信開きます」

 

 水晶玉の横にいた兵士が、魔法陣を展開して操作すると水晶玉から映像が投影される。

 この水晶玉は実は開発中の魔道具でテレビ電話と同じ機能を持つ。

 

 ティナの襲撃からおよそ二週間。

 リアは音声のみを伝える通信魔法を使って、事の顛末をフレイガルドにいるルイーゼに報告した。

 今日、ルイーゼから直々に判決が下る。

 

 「ルイーゼ様に最敬礼!」

  

 定規のように直立したリアの号令で皆が手を上げ敬礼する。


 『おお、よく映っているな。さすがはフレイヘルムが誇る一流の技術者たちだ』

 

 映像には楽しげに水晶玉を覗くルイーゼの赤黒い妖眼がアップで映し出された。


 『さて。映像による通信の実験も終わったところで本題に移ろう。楽にしてよいぞ』

 

 ルイーゼが玉座に腰を掛ける。メリーをはじめとする多くの重臣たちがいるのもよく見える。


 「「はっ」」

 

 全員が敬礼を解く中、リアだけがひざまずく。


 『してやられたな。リア』

 「面目次第もございません」

 『まあ、よい。ティナのことは捨て置け。奴に対抗できるような戦力はもともと帝都に置いていないからな。今回の結果は当然と言えよう』

 「……」

 

 リアは黙ってうつむいたままだ。

 ティナに対抗できる戦力は帝都にいない。遠回しにリアは対抗戦力としてみていないと言っているようにも聞こえる。

 

 噛みしめた唇の端から、白い肌を伝って血がぽたぽたと流れ落ちるのが見える。

 リアはまだ十五歳。俺たちと初めて出会ったときには成人していなかったにもかかわらず、ルイーゼに仕えていた。

 

 いくら合理主義といえども、ひたむきな忠誠心を主に向け、真面目に働いていたリアがあのように評価されるのは同僚として働く俺には許せない。


 「それはあまりにも……」

 

 俺がそう言いかけたところで、リアが、俺に手を向け制止する。

 震える小さな背中を見て、俺も口をぎゅっと結んだ。


 『婿殿。奴の戦力はいかほどかわかるか』

 「はい。大体の数しかわかりませんが、おそらくは魔導機械マギアマキナを含めた軍勢が最大で五十万。魔導艦は三百隻以上動員可能でしょう。その他兵器に関しての詳細は不明です」

 

 俺はヒストリアイで見た情報を大雑把にルイーゼに伝える。

 一応ヒストリアイの存在については隠しているが、ルイーゼに情報を要求される度に無理が出てきている。

 

 『ほう。五十万か。連中は東方にも勢力を拡大している。こちらに振り向けられるのはせいぜい半分といったところか』

 

 半分でも二十五万の軍勢に百隻以上の魔導艦。

 帝国全体の力から見れば、大したことはないが、帝国諸侯同士がうまく連携できるとも思えない。


 『それだけでも東から攻め込まれれば、まとまりを欠く帝国諸侯は一蹴されてしまうな。わが軍もある程度は北部の備えとしておかねばならぬ』

 

 フレイヘルム家の総兵力は北部諸侯を糾合してもせいぜい十万だ。

 人口希薄地帯の北部にしてはかなりの動員兵数だが、後背にはやっかいな敵国が二つもある。北国のくせにやたらと動員兵数が多いルテニア大公国や戦闘民族であるスカンザール王国といった敵国への防衛用の兵力を考えると実際に動かせる数は半分以下だ。

 

 『ティナの狙いは大方、皇帝が所有している帝国宝鏡だろう。やつの正統性や大義へのこだわりは異常だからな。それを奪ってから帝国に攻め込むつもりだろう』

 

 帝国宝器レガリアは帝権の象徴。五つすべての帝国宝器が集まってようやく真の皇帝として認められるとティナは考えている。


 『あんなガラクタはくれてやればよい』

 

 帝国宝器は神器に匹敵する代物だと伝えてあるのでそれを踏まえた上で興味がないのだろう。

 

 『それよりも誘拐事件の調査は進んでいるか?』

 「はっ。誘拐事件に関しましてはどうやらメフィストと呼ばれる魔王崇拝集団が関わっているということ。そしてその本拠地がカタコンベにあることが判明いたしました」


 リアがいつもの鉄仮面を顔に張り付け説明する。

 

 この二週間、リアと兵士たちは汚名をそそぐため血眼になって働いている。

 特にリアは寝ずに働き、シャルロッテやアリスとの稽古にも取り組んでいた。

 

 ぼろぼろになっても働き続けるリアを見た俺たちも誘拐事件の調査に精を出した。

 おかげで、再びティナに襲われることもなく、誘拐事件の核心へとたどり着いた。


 『ほう。カタコンベか。やはり私の睨んだ通りであったな』

 「さすがのご慧眼です」

 

 カタコンベは帝都の地下にある巨大な集団墓地だ。

 この地にヴァッサルガルトができてから千年間。あの世へ行った住民はカタコンベに投げ込まれた。

 

 さすがに皇帝などは廟に安置されているが、土地不足が深刻な帝都では低位の貴族も市民もスラム街の住人も死ねばカタコンベに行く羽目になる。

 それなりに広いらしく誰も近づかないので後ろめたいことをやるにはうってつけの場所だ。


 『古い時代、かのカール大帝は討伐した魔王の魂を封じるためにヴァッサルガルトを作った』

 「帝都の地下に魔王の魂が?」

 『それはわからぬ。だが、魔王崇拝者集団にカタコンベ。陰謀の匂いがぷんぷんする。ゆえに、婿殿を帝都に送ったのだ。婿殿には私たちには見えないものが見えるのでな』

 

 ずいぶんと眉唾な話だが、ここはファンタジー世界。

 伝承通り、魔物や魔王という存在が本当に実在していたとしてもおかしくはない。

 

 『期待しているぞ。婿殿。そしてリア』

 

 ルイーゼが不敵な笑みを浮かべると映像はプツリと途絶えた。

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