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黄金の瞳

 現れた襲撃者は情報通り二人。

 

 「いたいた。ようやく見つけたよ」

 

 こちらの緊張感とは打って変わって、襲撃者は間の抜けた声だ。

 たった一人の味方とともに現れた少女の前に俺たちは武器を構えて立ち尽くす。


 滑らかな絹糸のごとき黄金の髪。

 万物を照らす太陽のような黄金の瞳。

 熟練の職人の手によって作られた最高級品の人形じみた完璧な造形の中性的な顔立ち。


 返り血一つついていない純白なドレスの上から黄金の鎧を身に纏い、繊細な黄金のティアラを戴いた姿はまさに皇帝。

 俺たちとは隔絶した。そうあのルイーゼと同じ英雄のオーラを放っている。


 「控えよ。この御方は軍団最高司令官インペラトル第一の市民(プリケンプス)尊厳なる者(アウグスタ)国家の母(マテル・パトリアエ)、我らが正統なる皇帝陛下ティナ・レア・シルウィア様であらせられるぞ」

 

 付き人らしき、褐色の肌に銀髪の女剣士が高らかに宣言する。

 

 「長ったらしい自己紹介はそれで終わりですか? 全軍かかれ!」


 リアの号令と共に兵士たちが一斉にとびかかる。


 「礼儀を知らぬ野蛮人共め」

 「だめだよ。リウィア。今日はお話ししに来ただけなんだから」

 「はっ。失礼いたしました」


 リウィアと呼ばれた銀髪の女剣士は襲い来る敵を目前にして、主の背後に下がり後ろで手を組んで直立する。

 馬鹿にしているのか? 

 フレイヘルム家の兵士は帝国内でも誉れ高い強兵。特にこの帝都にいる連中は精鋭中の精鋭だ。

 それに対してあの余裕。いくらなんでも舐めすぎだ。


 「痛い目にあいたくなかったら、その下品な銃を置いたほうがいいよ。フレイヘルム相手に手加減するのは難しいからね」


 ティナは小鳥のような優しい声音でさえずると宝石のちりばめられた黄金の剣を抜き放つ。

 鎧にしろ装飾品にしろ何から何まで金ぴかだ。

 派手な黄金の剣も剣身まで金色に光り輝いているのだから筋金入りだ。

 

 ふつうここまで金で固めたら、成金商人のように悪趣味なものになるがティナはそれとは真逆だ。調和がとれている。

 この世のものではないような、浮世離れした美しさ。

 まるで天から舞降りてきた天使のように優雅で、はたまた神のように雅やかだ。


 「ちょっとびりっとするよ」


 ティナがその黄金の剣を軽く薙ぎ払う。

 すると剣身から雷撃がほとばしり、煌めいたかと思うと龍のごとくうねり、多重展開された魔法陣から無数に発射された魔法攻撃を打ち砕き、フレイヘルムの精鋭たちを飲み込む。


 「「ぐわぁあああああ」」


 兵士たちは絶叫を上げて、その場に倒れ伏す。

 兵士たちがその手から取りこぼした銃剣付きのライフル銃は焼けこげ融解している。


 「安心して命まではとらないよ。僕は人殺しも奇襲みたいな真似も嫌いなんだ。特にルイーゼみたいなね」

 「隙だらけです!」


 雷撃を切り抜けたリアが、ティナの左側側面から突っ込み抜刀する。

 神速の剣閃。死角からの一撃。

 これならティナが右手に持つ黄金の剣は間に合わない。

 リアの軍刀がティナの黄金の鎧を切りつける。衝撃波が倒れた兵士たちを吹き飛ばす。


 「――――っ!」


 リアの一刀はむなしくもティナの黄金の籠手に受け止められる。


 「神装ですか」


 神器には神器でしか対抗できない。だとすれば、あの黄金の鎧は神装と考えるのが妥当だ。

 かつて闘技場でヴィルヘルミーナが使ったように神器の優秀な使い手は神器を神装としてその身に纏うことができる。

 ルイーゼと同格以上の存在であるティナならば当然その程度の芸当はお茶の子さいさいだろう。


 「残念。これは神装じゃない。僕の剣も鎧も一つ一つすべて古代エルトリアで作られた帝国宝器レガリアだからね」


 帝国宝器レガリア

 聞いたことがある。確か、神聖エルトリア帝国の皇帝も一つ持っていたはずだ。

 古代から伝わる一品で帝権を象徴する古代の遺産。ただの美術品だと思っていたが、神器に匹敵する力を持つのか。


 「くっ。時代遅れの亡霊が!」


 刀身をがっちりとつかまれたリアは軍刀にありったけの魔力を流し込む。

 すると凍気があふれ出し、ティナの左手を凍らせていく。

 

 「まがい物の神器と帝国宝器じゃ格が違うよ。ルイーゼの飼い犬さん」


 ティナの籠手に無数の魔法陣が展開され、雷撃が飛び散る。


 「きゃあああ」

 

 氷は粉々に砕けて霧となり、リアは甲高い悲鳴を上げてぐったりとよろける。


 「申し訳ありません。ルイーゼ様……」


 リアはそのまま気を失って倒れてしまった。

 

 「君に会いに来たわけじゃないんだ。少し眠っていてね」


 ティナの視線がこちらに向く。

 俺たちも各々武器や魔法陣を構えるが、一歩も動けない。

 

 シャルロッテと張り合えるほどの実力者であるリアが、赤子の手をひねるように簡単に敗れた。

 俺たちに勝てるわけがない。


 「さて邪魔者もいなくなったことだし、ようやくゆっくり話せるよ。さあ、武器を置いて。僕は戦いに来たわけじゃない。話し合いに来たんだ」


 ティナは静かに剣を収めると手を広げ、ゆっくりとこちらに近づいてくる。


 「クルト! あの人形の言うことなんて聞いちゃダメ!」

 「やめろ! アリス!」


 アリスが叫び、俺の制止を振り切って魔法陣を構えて突進する。


 「君は……」

 

 アリスは魔法陣から無数の熱線を発射するが、すべてティナの魔法の防壁にかき消されてしまう。

 

 「この距離なら」

 

 アリスは隙だらけに見えるティナの懐に入り込み、ゼロ距離で熱線を撃つ。


 「僕にはそんな攻撃通用しないよ」


 ティナは人差し指をアリスのおでこに立てた。

 圧倒的な実力の差。隙などという些末なことに気を配ることすら必要ないということか。

 ティナからすれば俺たちは蚊やハエにも劣る。

 チェックメイトだ。アリスは一歩も動けない。もしティナの気が変われば、雷撃で焼かれてしまう。

 助け出したいが、俺たちは動くことができない。アリスは首元にナイフを突きつけられているような状態だ。下手に動けば何をされるかわからない。


 「どれどれ。のぞかせてもらうよ」

 

 ティナは黄金の瞳を輝かせて、アリスをじっくりとのぞき込む。

 あれは真実を見抜く帝眼。どうする気だ。 


 「名前はアリス・フォン・ヴンダーラント。あのオカルト好きのヴンダーラント家の娘。君がルイーゼのお気に入りか。ははっ、なんだ。君も僕と同じ人形じゃないか。同族嫌悪かな?」 

 「……やめて」


 アリスは恐怖に顔をゆがめる。


 「なんだ。ご主人様に伝えてないの? もったいない。古代エルトリアにもできない芸術品なのに。なにせ体に神器を三つも……」

 「やめて!」


 ティナがべらべらとしゃべっているうちにアリスは魔法陣を展開し、ティナに再び魔力の弾を食らわせる。

 驚いたティナが、一瞬後ろによろける。

 

 「アリスから離れろ!」


 アリスがやられる。

 そう思った瞬間、勝ち目などというものは頭からさっぱり消えて、ただ足が勝手に動いていた。


 「撃ちます」


 フランツが魔法陣から無数の黒い魔力の弾丸を発射する。

 黒い弾丸は放物線を描いてティナのもとへと吸い込まれるように落ちていく。


 「だから僕にそんな魔法は効かないよ」


 ティナが展開した魔力の障壁に当たった黒い弾丸ははじけて煙となる。


 「そんなことは百も承知よ!」

 「なるほど。目くらましか」


 シャルロッテが背後から飛び上がり、大上段から全体重と魔力をディオニュソスに乗せて斬りかかる。

 黒煙に包まれたティナの目が光る。

 

 「帝眼の前には無意味だよ」

 

 ティナは籠手で軽々ディオニュソスを受け止め

 

 「ぐっ。なかなか効くね。でも」


 そのままシャルロッテの腹をけり飛ばす。


 「きゃ――――!」

 

 シャルロッテは声にならない悲鳴を上げてフランツの方まで吹き飛ばされ、フランツを巻き込んで壁に激突する。


 「シャルロッテ! フランツ! くそ」

 「ク、クルト逃げて!」


 シャルロッテが叫ぶ。無事なようだ。

 だがその忠告は聞けない。俺は家臣を仲間を置いて逃げるほど落ちぶれちゃいない。


 「君は眠っていて。誇り高き者には敵であろうと敬意を持って戦うよ」

 

 ティナはアリスを雷撃で気絶させると黄金の剣を引き抜く。

 俺は無我夢中でティナを斬りつけるが、受け止められてしまう。

 それどころか弾き飛ばされて、返す刀で首筋に黄金の剣を当てられてしまう。


 「勝負ありだね」

 「降参だ。俺の命はくれてやる。仲間の命だけは」

 

 俺は軍刀を手から離し、目を閉じる。


 「はあ。だから言っただろう。僕は話をしに来ただけだって」


 ティナは黄金の剣を鞘に戻すとため息をついて

 

 「僕の家臣にならない? クルト・フォン・クラウゼ伯爵」

 

 と言い放った。


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