帰還
俺は適当に部屋の荷物をまとめると迎賓館の前に止まった馬車に向かった。
少し遅れて荷物を担いだシャルロッテがやってきた。左手にはしっかりとディオニュソスの指輪がはまっている。
一時はどうなることかと思ったが、出て行かずに踏みとどまってくれたようだ。
「シャルロッテ。ディオニュソスのことだが、一度預かっておこうか」
シャルロッテに右手を差し出す。
ディオニュソスはまだ危険だ。もう少し調べる必要がある。シャルロッテもその力に飲まれることを恐れていた。ここは預かっておくのが得策だろう。
シャルロッテも同じことを考えているだろうと思ったが、
「……誓いを立てた以上、私が持っているわ」
と断られてしまった。
「神器ディオニュソスは確かに危ないけど、ミーナみたいな強者が敵として現れたら、神器なしにはクルトを守れない。もっと鍛錬を積んで、もう絶対に二度とあんなことが起こらないようにする」
そう言ってシャルロッテは左手を固く握りしめた。
もう吹っ切れたようだ。この様子なら安心だろう。もう何も言うことはない。
「クルト様。シャルロッテ。おかえりなさい」
「なんだ。元気そうじゃないか」
「よかったです」
馬車の前で待っていたフランツ、ギュンター、ペトラが笑顔で迎えてくれる。
三人の顔を見て、シャルロッテも笑みをこぼす。
「すごく待った。待ちくたびれた。旦那様。早く行こう」
物憂げな顔でアリスが言う。
クルトと呼べと言ったのに……。
シャルロッテにはまだアリスの事情を説明していない。ややこしことになる。
「旦那様……。クルト様。この子は誰?」
シャルロッテの表情が暗転する。
「ああ、アリスはその……あれだ」
何もやましいことはないはずなのにシャルロッテに対してのこの後ろめたい気持ちは何だ。
「初めまして。ヴンダーラント家の娘兼ルイーゼの養女でフレイヘルム家の娘、アリス。今はクルトのあれ」
アリスはいたずらっ子の笑みを浮かべると小指を立てた。
一体この子はどこでそんなことを。というかこの世界でも通じるのかよ。
「わかってた。クルトにとって私は家族。わかってたけど。こんなのってないよ……」
ぶつぶつと呟くシャルロッテからまた黒いオーラが出た気がした。
「クルト様。ご武運を」
「モテる男はつらいねえ」
フランツは顔を伏せてギュンターはクスクスと笑いながらそそくさと馬車に乗り込んでしまった。
「……最低ですっ!」
ペトラも一言吐き捨てると後ろの馬車に乗り込んでしまった。
フランツやギュンターはペトラにアリスのことをなんと説明をしたのか。
どうせ、俺がルイーゼに褒美としてアリスを所望したということになっているのだろう。
ペトラの中でアリスは無理やり連れてこられた悲劇の少女になっているに違いない。
一刻も早く誤解を解かなくてはならない。俺の比較的クリーンな領主としてイメージが地に落ちてしまう。
五台ほど用意された馬車のうち四台はすでに満杯。
残り一台に考えうる最悪の人選で乗り込んだ。
そこから領地に帰るまでの三日間。俺は釈明に追われることとなった。




