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ヴァンパイアたちの後日談  作者: 朝姫 夢
ヴァンパイアと子爵令嬢
5/12

餓えた獣3

 階段を上り切った先、広く明るい廊下に出てすぐ、私はそこにぺたりと座り込んでしまった。お行儀が悪いとか、令嬢としてとか、そんなことどうでもよかった。ただ……


「リー…」

「どうして、ハイルだけがつらい思いをしなければいけないのですかっ…!?」


 はらりと、涙がこぼれた。お義母様にこんなことを言っても仕方ないのだということは分かっている。けれど、それでも納得できなかった。呑み込むには、あまりにもひどい現実ではないか。


「私は何ともないのに…!つらくも苦しくもないのに…!どうしてハイルだけがこんな目に合わないといけないのですか!?どうして成人してすぐ婚姻ではだめなのですか!?十八までなんて…まだ、一年半以上もあるのにっ……!!」


 その間ずっと、満月のたびにハイルはあんな風に苦しむのか。一人、寒くて暗い地下牢に繋がれて。


「…………わたくしも、納得はしていませんよ。けれど、掟だと言われてしまえば何も言えません。女性の体が成長しきるまでの措置なのだと、妊娠や出産がつらくないようにと、人間よりも婚姻できる年齢を上げたのだとわたくしは聞きました」

「どうしてこの世界は女性のことばかりなのですか!?その間の自分たちのことはどうして大事にしてくれないのですか…!!」


 泣くのは卑怯だと思って、なるべく泣かないようにしていたのに。目の前にいるのが女性だからなのか、それとも同じような思いを抱いているからなのか、溢れ出る涙は一向に止まってくれそうにない。


「愛情が、深すぎるのですよ。困ったことに、ヴァンパイアはみな」


 苦笑しながらそう告げるお義母様は、言葉通り困った顔をして続ける。


「唯一さえ手に入るのであれば、どんなに自分を犠牲にしてもかまわないと思っているところがあります。基本的に彼らには死というものが存在しないので、とても極端な思考をしてしまう時があるのでしょうね。人間として幼い頃を過ごしてきたわたくしたち女性とは、根本的に考え方からして違うのですよ」


 どれだけその思考に染まるのかは、本当に人それぞれなのだという。それはそうだろう。性格だけではなく生まれついた時期や環境、受けてきた教育すらバラバラなのだから。公爵令嬢として生きてきた人が、男爵の妻になることだってあるのがこの世界だ。それほどまでに、人間とヴァンパイアでは重要視するものが違いすぎる。


「わたくしは納得なんてしていませんし、する気もありません。我が子があんな風につらい思いをしなければならないなど、理不尽以外の何物でもないと思っています。けれど、それでも呑み込まなければならなかったのです。わたくしは、この世界の王の伴侶なのですから」


 重い言葉だと思った。王の伴侶というのは、本来生半可な覚悟でなれるものではない。それはきっと、人間の世界だろうがヴァンパイアの世界だろうが同じなのだろう。そして元人間のはずの目の前の女性がその覚悟を持っているということは、つまり。


「ハイルも…あの子も、王にはならないとはいえ、王の子であることに変わりはないのです。それはとても、もしかすればわたくし以上に様々なことを呑み込んで、重い覚悟を背負っているのかもしれませんね。ともすれば、王になるノエルよりも…」


 それが本当だとしたら、あんまりではないか。ハイルの弟だというノエル様は、ヴァンパイアの成人である五十歳を迎えてすぐ、唯一と出会われたと聞いた。成人してすぐのサーシャ様と出会われて、この世界にお連れした時にはすでに十八歳を過ぎていたからすぐに婚姻を結べたのだと聞いている。もともと体の弱かったサーシャ様のことも考慮して、多少時期を早めたとは言っていたけれど。それでも同じ王の子でありながら、王となるはずのノエル様は一切苦しむことなく愛する人と夫婦になれたというのに。その上まだ、覚悟すらハイルの方が重いというのか。


「どうして、ハイルばかり……」


 そう思ってしまう私は、とても嫌な人間なのだろう。別にノエル様が苦しめばよかったとは思っていない。ただあまりにも二人の在り方は違いすぎると、もう少し世界はハイルに優しくてもいいのではないかと、思ってしまうのだ。


「あの子は……あなたと出会うまでの期間が長すぎたのでしょうね…。唯一が生まれてさえいなかったあの子は、自分にすら執着を持っていなかった。そんな中、思いがけずノエルが生まれて。とても大切にして、可愛がってくれましたよ」


 力が強ければ強いほど子供が生まれにくいのが、ヴァンパイアという種族なのだという。階級がそのまま力関係を表しているこの世界において、公爵であり王であるお義父様に二人目の子が生まれたのは、本当に奇跡に近いことなのだとか。だからハイルは殊の外、弟であるノエル様を大切にして可愛がったのだろう。その気持ちは、なんとなく分からないでもない。できるはずがないと初めから諦めていた兄弟が生まれたのだ。きっと嬉しかったに違いない。想像して、なんだか微笑ましくなって。ふと微笑んだ時に、溢れていたはずの涙が最後の一筋を残して止まった。


「けれどだからこそ。自分を凌ぐ魔力量を持っていると気づいたあの子は、問題なくノエルが王になれるように色々と画策したのです。それこそ、自分を犠牲にして」

「自分、を…?」

「……あの子は、徐々に外に出す魔力を抑えるようになっていったのですよ。気づいたときには、既にかなり表に漏れ出ないようにしていて…最終的には、全く魔力が感知できないほどまで断ってみせました。それこそ、男爵位の者たちが無意識に流す微量な魔力さえないほどの一切を」


 それはそれで、とてもすごいことなのではないのだろうか?

 けれどどこが自分を犠牲にしている箇所なのかが分からなくて、こてりと首を傾げてしまう。


「あなたはまだ、魔力を感じ取ることはできないのでしょうけれど…。本来無意識に流れる魔力は、抑える必要などないのですよ。それこそが強さの証ですから」

「強さの、証……」

「えぇ。それをあの子は、意識的に全て抑えてしまったのです。王の子として以上に、ヴァンパイアとしてはあり得ないほどに」

「それは、つまり……もしかして……」

「結果、数少ない社交の場であの子は自ら不利な立場に立ったのです。その場の誰よりも力の劣る者として」


 今ようやく、腑に落ちた気がする。まだ人間の世界にいた頃、ハイルを馬鹿にするヴァンパイアがなぜいたのか。あの時ハイルが言った「まだ面と向かって」と呟いた言葉の意味が。


「分かっている者は、むしろその完璧な制御力に慄いているようですけれど。そんな者たちはほんの一握りしかいない上流貴族がほとんどです。何も知らず気づくことも出来ない、圧倒的に数が多い下級貴族からすれば、あの子は自分にすら劣る力のない存在なのですよ」


 そう言いながら、お義母様が座り込んだままの私に手を差し出す。


「せめてあの部屋に戻りましょう。体も冷えてしまっているでしょう?あたたかいお茶でも飲みながら、続きを話してあげますよ」




*  *  *




「唯一に向くはずの愛情がなかった分、遠慮なく色々なことができてしまったのでしょうね。そんな状態でもいいと、当時のハイルは思ってしまったのですよ。本当に、困ったことだけれど」


 宣言通り、お義母様は元の部屋ですっかり冷めてしまったお茶を淹れ直させて。さらに泣いたせいで目元が赤くなってしまっている私に、濡らして冷えた布を用意させて。

 その時に「あなたから自分以外の存在の気配がするのはきっとあの子が嫌がるでしょうから、少し不便かもしれないけれどそれで我慢してちょうだい」と言われたのだけれど。あれはいったいどういう意味だろう?何か他のいい方法があるのかもしれないけれど、それは今度ハイルに聞くことにして素直にうなずいておいた。


「今はあなたがいますけれど、ついこの間までのあの子はとにかく忠臣であろうとしていた。先に王としての教育を長い間受けていて、周りもそういう態度で接していましたからね。それを覆すために、最も手っ取り早い方法を取ったのでしょうけれど」

「でもそんなことをしては…」

「えぇ。先ほども言った通り、あの子を弱いと誤解する者たちが増えました。とはいえ、それすらあの子の手のひらの上だったみたいですけれど」

「え…?」

「どうにも計算高い子で…何かあればクラシカ家やノエルに牙をむくような者たちを炙り出す、いい機会だと思っていたみたいですよ。そのせいで今、社交界ではハイルに怯える者たちが続出しているのですけれど」


 くすくすとおかしそうに笑うお義母様は、だいぶこの世界の在り方に染まっているようにも見える。もちろん人間の世界でだってこういうことはあるのだろうけれど。なんとなく、笑い方が。ただ我が子が周りを見返したからというだけではないような気がして。どこが、と聞かれても答えられないほどの小さな違いだけれど。あぁ、きっとこの人はこの世界に来て長いんだろうなと思った。


「ただ、今は唯一が目の前にいますからね。ノエルの立場もかなり確立されたのもあって、今度は全てがあなたに向いているのです。今まで以上に、誰にも向けたことのないほどの愛情と執着があなた一人に向けられている。あの子はとても頭のいい子ですけれど、きっとその頭脳さえ今はあなたのためだけに使われているのでしょうね」


 …………なんと、いうか……。愛されているのは分かる。分かっている。けれどなんだか、改めて言われると重いなと、思ってしまった。いや、別に、嫌だとかそんなことは一瞬たりとも思ったことはないけれど。

 と、いうか、ですね…?そもそもそんな風に微笑ましそうな顔で言うことでもないと思いますよお義母様!?


「いくら私のためと言われても、だからこそハイルが自分を大切にしてくれないのは嫌です」

「そうは言っても、あの子自身が望んでやっていることですから。わたくしでは止められなかったのです。きっと純粋なクラシカ家の者たちは、一族どころか使用人含めて誰も、止めようともしないでしょうね」

「そんな……」

「それが最善だと、理解してしまっているのですよ。実際成人してすぐに婚姻を結んでいた昔の方々は、様々な苦労をなさっていたみたいですし。時折その方たちが社交界に顔をだして、色々お話をしてくださることもあるのですよ」


 あぁ、それは…本人たちからの言葉では、信じるしかないのだろう。


「それに、もしあの子が自分の手であなたを傷つけてしまったら…きっとあの子は、それをずっと後悔し続けることになるでしょうから。それだけは、させたくないのです」


 私自身がよくても、ハイルが納得しないのだろうということは容易に想像がつく。だって彼は、とても、律義な人だから。

 ……いえ、正確には"人"ではないけれども。


「だからこそ、あなたには呑み込んで欲しいのです。あの子はこういう事態になると分かっていて、それでもあなたをこの世界に連れてくることを選んだのですから。その覚悟を、受け入れてあげてください」


 最初から、分かりきっていたというのなら。せめてちゃんと伝えておいて欲しかったとは思う。

 分かってはいるのだ。その時間すらないまま私は侯爵家に行ってしまったし、あの場からは攫う形で連れてきてもらったのだから、この世界に来る前に覚悟なんてできなかったことは。

 けれど。

 それならせめて、隠さないで正直に話してほしかった。

 彼が何に怯えていたのかは分からないけれど、どんな理由であれその行為は私を信じてくれていなかったことに他ならないのだから。


 だから、私も勝手に決める。


 ハイルの覚悟を受け入れるのなら、どうせなら半分くらいは私に預けてくれてもいいと思うのだ。一人で背負いすぎなくたっていいではないか。これは家の問題でも、ハイル一人の問題でもない。私たち二人の問題なのだから。


「分かりました、お義母様。ハイルの覚悟、私も受け入れます。ですから、その代わりに……」



 待っていなさいよハイル!私に隠し事をしたことも、ちゃんと信じてくれなかったことも、後悔させてあげるんだから!!

 二度と、そんなことできないようにしてあげるわ!!




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