ヴァンパイアと令嬢とハロウィン3
なんて、穏やかでいられたのはその直後までくらいで。流石に多すぎる人の中、最初はノエル様とサーシャ様の二人とはぐれてしまって。ノエル様とハイルはお互いに自分たちのいる場所を把握できるらしいので、後でまた落ち合うことになったまでは良かった。ちょっとぐらい二人きりの時間がお互いにあってもいいんじゃないかという結論だったのだろうし。
ただ…。
「……ここでハイルとはぐれてしまうのは、ちょっといただけないわね…」
正確に言えば、人の波に押し流されてしまって。気が付けば知らない場所に辿り着いてしまっていた。
「動かなければすぐに迎えに来てくれるのは分かっていても…知らない土地で一人待つのは、流石に心細いものがあるわ」
あえて言葉にして寂しさを紛らわせる。この国の人たちとは違う言語だから、きっと聞かれても問題はないだろうし。
そんなことを思っていたからいけなかったのか。ため息を吐いたのと同時に、明るかったはずの場所に影が落ちた。
「お嬢さん、それは何のコスプレ?」
「一人なら俺たちと一緒に行かない?」
声をかけられて顔を上げれば、一人はハイルやノエル様と同じように髪をオールバックにしてヴァンパイアの格好をしている男性。もう一人は包帯を巻いているみたいだからミイラ男か透明人間のつもり、なのかしら?予習はしてきているけれど、実際には何のつもりなのかは正直分からない。あとヴァンパイアの人。その偽物の牙似合ってないから、外した方がいいわ。
なんて、言うつもりはないけれど。代わりに。
「ごめんなさい。人を待っているの。だからあなたたちと一緒には行かないわ」
そうきっぱりとお断りする。たぶんもうすぐ来てくれるだろうから、ここから動くつもりもない。
なのに。
「わぁー、それお嬢様口調ってやつ?その衣装といい再現率高いね!ちょっとキャラクターは分からないけど」
「でもその格好なら、俺と並んだらちょうどいいと思わない?お嬢さんの血が欲しいなー、なんて」
「……は…?」
冗談でもやめてちょうだい。あげるわけないでしょう?私の血はハイルだけのものよ。
第一ただの人間が血をもらってどうするのよ。そういうイベントなのだと分かっているけれど、なんとなくその軽い言い方は不愉快になるわ。
「だってほら、吸血鬼は若い女性の血を欲しがるものでしょ?」
「吸血鬼?あぁ、なるほど…」
この国ではヴァンパイアのことをそう呼ぶのね。でもそれじゃあ、血を啜る者たちは全て同じ呼び方にされない?
と、いうか。
「おや、私の妻がどうかしましたか?」
「うわぁ!?!?」
すぐ後ろにハイルが立っていることにも、その目が笑顔なのに全然笑っていないことにも、きっと彼らは何一つ気付いていなかったのでしょうね。
でもまずは。
「ハイル…!!ごめんなさい、はぐれてしまって……」
「いいえ。私もすぐに手を掴めなかったので。次からははぐれないよう、貴女をしっかりとエスコートしてみせますから。心細い思いをさせてしまってすみませんでした」
「私は大丈夫よ?だって必ずあなたが来てくれると信じていたもの」
「ふふっ。そうやって私を喜ばせるのが、リーファは本当に上手ですね」
「あら、本当のことだもの」
駆け寄って抱き着いて、会話を続けながらその胸に頬擦りをする。せっかく髪をセットしているので、それは崩さないようにしながら。
「ただ……いくら相手が人間とはいえ、嘘でもリーファの血が欲しいなどと…許せる内容ではないですね」
「初めからあげるつもりなんてないわ。疑うのなら今ここで牙を突き立てて血を啜ってくれたってかまわないわよ?」
「おや、いいのですか?」
「えぇ。いっそ、彼らに本物を見せてあげましょう?」
衣装だと分かっているし、そういう趣旨なのだという事も理解している。ただそれでも、本物のヴァンパイアを知っている私からすれば中途半端過ぎて許せなかった。そもそも彼らが求めるのは"若い女性の血"ではない。自分の唯一の血だけを、一途に求め続けるものよ。
「では……あぁ、リーファの快感に歪む顔は見せたくないので、彼らに背を向けていてくださいね?」
それだけを一方的に告げると。かぱりと口を開いて、その牙を私の首筋に突き立てる。
「んんっ…!」
肉に直接沈んでいく感覚が、私の中から強制的に快楽を引き出そうとして。本当にこんな風に進化をしようと決めた誰かさんは、良い趣味をしてると思うわ。えぇ、本当にねっ…!!
そのままずぶりと最後まで牙が埋まったと思ったら、間を置かずに血を啜られる感覚。全身から力が抜けて、私の体はハイルの腕だけで支えられている状態になる。毎回思うけれど、これ本当に気持ちよすぎて……こちらまで癖になりそうで怖い。
「は、ぁ……」
零れるため息は驚くほど熱く、くすぶりそうになる欲もそこで一緒に解放する。そうしておかないと、戻ってくるのが遅くなってしまうから。
満足したのかずるりと抜かれた牙に、終わったのだと唐突に理解して。けれどすぐには一人では立てないほど、足腰に力が入らない。分かっていて提案したのは私だから、それはいいのだけれど。
「それで?君たちは私の妻に何の用だったのですか?」
「つ…妻!?!?」
「結婚してるの!?!?」
驚くところはそこなのかしら?
というか、ハイル。どうしてそんなことを言いながら、私の胸元に口づけを落としているのかしら。
「ってゆーか、今の何!?その牙どういうギミック!?」
「めっっっちゃエロかったんだけど!?やっべー、ちょっと興奮したー」
……おや…?なんだか思っていた反応と違う…?
「ってか旦那さん超絶美形じゃん!!モデルかなんか!?」
「いやいや、それより日本語上手すぎない!?違和感なさ過ぎて逆にびっくりなんだけど!!」
「祖母がこの国の出身なので。牙は企業秘密なので教えられません。それとモデルではないですが、それなりに仕事は忙しいですよ?なので折角の貴重な妻とのデートの時間を、邪魔しないでいただけますか?」
ちょっ…ハイル待って…!!なんでそんな見せつけるように、今度は私の首筋に口づけを…!?というか、そこさっきあなたが牙を立てた場所じゃない…!!思い出させないでよぉ…!!
「んっ…」
つい体が反応してしまって、ピクリと震えれば。真正面に顔も体も向けられていたせいか、彼らからは私のその様子がハッキリと見えたんだろう。途端に顔を真っ赤にさせて。
「すっ、すみませんでしたっ…!!」
「俺たちお邪魔なんで失礼しますね…!!」
先ほどまでの勢いは何だったのかと思うくらい、すごい勢いで人の波の中に消えていった。
素直といえば聞こえはいいけれど、たぶん初心なんだろう。もしかしたらこれ、私がハイルとあの子たちをからかったことにならないかしら…?
「おやおや…。少しやりすぎましたかね?」
「……私も…ちょっと反省しているところなのだけれど…」
「あぁ。もう立てそうですか?」
「…………もう少しだけ、待って……」
「くすくす。えぇ、いくらでも。リーファが私の腕の中にいてくれるというのであれば、今日はずっとこのままでも構いませんよ?」
「それは流石に恥ずかしいからやめて……」
ここで頷いたら本気でやるだろうから、断っておかないと私が後悔する。エスコートならまだ許容範囲だけれど、それ以上を人前でされるのは子爵令嬢だったころの名残で恥ずかしさが抜け切れていないから。今はもう、そういう時代じゃないと分かってはいても。
なので代わりに、別の話題を持ち出すことにした。とはいえ、これはこれで私にとってはだいぶ大きなことなのだけれど。
「……いつまで経っても、夫婦には見てもらえないわね…」
「リーファは変わらず若いままですからね」
「ハイルだって変わっていないじゃない」
「当然です」
「前も同じことを言われたのよ?この国の人たちの方が、よっぽど童顔なのに…」
街中を歩いていて、明らかに子供にしか見えない人も大勢いたのに。実際には成人しているらしいと知って、私がどれだけ驚いたか。先ほどの二人もとても若く見えたけれど、果たしていくつくらいの青年たちだったのか。もはやこの国の人たちは年齢不詳ね。
「仕方がないのかもしれませんね。リーファの見た目の年齢は、十八のままで止まっていますから。この国で十八はまだ成人ではないようですし」
「あら?そうなの?」
「えぇ。それに加えて、私は二十台に見えるでしょうから。どうしても見た目の歳の差が目立つのでしょう」
「……実年齢の方が、差で言えばすごいのだけれど…?」
「それを彼らが知るわけがありませんから。一応今のこの国の法律では、十八でも結婚は出来るらしいですが。晩婚化が進んでいるようですし、どうしても誤解は生まれやすいのでしょうね」
「そうだったのね。それなら、まぁ……確かに仕方がない、のかしら」
国によって色々あるのね。でも確かに昔はもっと成人は早かったのに、どこの人間の国もその年齢は上がってきているみたいだから。ヴァンパイアの世界と同じで、子供を生むための安全な年齢が精査されてきた結果なのかしらね?あとは医療の発展で、寿命が延びたとか。まぁ、色々要因はあるのでしょうけれど。
「しかし……先ほどから時折本物とすれ違うので、案外まだ人間の世界に溶け込んで生き残っている種族がいるのかもしれませんね」
「……ん…?本物、って…?」
「例えば狼男や、雪女。あぁ、同族もいましたね。流石に無視するわけにもいかず、声だけはかけてきましたが」
それはまた…相手が災難だったのか、ハイルが災難だったのか。宰相がこんなイベントに参加してるなんて思わなかっただろうから、きっと向こうは気を抜いていただろうに。
「怯えられた?それとも…」
「それはそれは輝くような目で見られましたとも。えぇ。男爵家の嫡男でしたが、見込みはありそうなので。もしかしたら彼の代で、あの家は一つ位を上げるかもしれませんね」
「あら。それは楽しみね」
仕事の話にはなってしまったけれど、割とハイルが生き生きしていたので。ヴァンパイアの世界では貴族の位が上がることなんて滅多にないらしいので、もしかしたら今後数十年で大きな話題になるかもしれない。そんな相手と今日ここで出会えるなんて、それは楽しみでしかない。
「そうですね。ただ、それはまだ先の話ですから。今は折角のハロウィンを楽しみましょう?」
「そうね。…あ、そうだ。ねぇハイル、すっかり忘れていたのだけれど…」
「はい?」
「トリック・オア・トリート!」
お菓子か悪戯か、好きな方を選んでいいわ。もちろん欲張って両方でもいいのよ?サーシャ様と二人、どうやって悪戯しようかしらなんてことも話し合っていたんだから。
え?結果?
そんなの決まっているじゃない。
…………私もサーシャ様も、悪戯されながら甘いお菓子としていただかれました。
ヴァンパイアの旦那様はこれだから困るのよ!!自分自身がお菓子になるなんて、私たちの中にはそんな考えないんですからね!?
まぁでも、ノエル様だけじゃなくてハイルもかなり満足していたみたいだし。なんだかんだ私たちも色々と楽しかったから、来年もまた参加出来たらいいな、なんて。懲りずに話す私とサーシャ様に、お義母様が少しだけ苦笑していた。
去年のこの日に出すはずだったのに、こんなに遅くなってしまいました…!!(汗
連載中のまま一年以上もお待たせしてしまって、本当に申し訳ありませんでした…!!
今年は仮装して出歩くなんて出来そうにないですが、せめて雰囲気だけでも楽しんでいただければ…!!
ちなみに作中のエピソードに関しては、また別で上げる予定がありますので。もう少しだけ、お付き合いいただけたら幸いです。
それでは!!
あ、私からも忘れないうちに…。
トリック・オア・トリート!




