ヴァンパイアと令嬢とハロウィン2
「流石に、すごい人ごみですね、兄上」
「えぇ…。やはり貴族令嬢姿の二人には、浮遊をかけておいて正解でしたね」
確かにハイルの言う通りだった。この人の多さで、この動きにくい衣装はなかなかに進み辛かっただろうから。
最近はずっと動きやすい軽装ばかりで、夜会でも裾を広げるよりは体のラインに沿ったドレスの方が主流になっていたから、ついついこういったドレスでの動きづらさというのを失念していた。
「ただ……いくら衣装とはいえ、このマントは……」
そう言いながら広げてみせたハイルが着ているのは、いつもとは違い内側の布が赤くさらに襟が立っている物。ヴァンパイアの世界では、このマントを纏えるのは王だけなのだけれど。今日ばかりはと、他でもないノエル様が押しに押して、何とかそれで通してもらえたというもの。だからこそ今日はずっとご機嫌なノエル様なのだけれど、反対にハイルはどこか落ち着かないようで。それらしく二人とも髪型をオールバックにしていて、普段とは全く違う雰囲気に私たちも妻になって久しいのにドキドキしていたのだけれど、その分どうしても少し不安そうなハイルの表情が気になってしまう。
「いいんです!!この国の人間のイメージでは、ヴァンパイアとはこういうマントを羽織るようなので!!」
そう、こうやって押し通したのだ。
……この国の今風な言葉で言うと『ごり押し』というのかしらね?少ししか言語を学ぶ時間がなかったから、合っているのかは分からないけれど。
「そうは言っても、落ち着きませんね…」
「そうですか?とってもお似合いですよ、兄上!!」
ノエル様はハイルのことが好きすぎると思うの。それこそキラキラとした目で、尊敬と憧れを隠しもせずに向けているから。時折困ったような顔をしてそんなノエル様を見ているハイルがいるのも知っているけれど、ハイルもハイルでノエル様には甘いみたいで。結局何も言わずに許してしまっているのだから、やっぱり似た者兄弟なんでしょうね。
「折角ですもの。今日は何も気にせずに楽しみませんか?」
「そうよ、ハイル。それは本物ではないのだし、そこはちゃんと区別をしているのだから問題はないでしょう?」
「……三対一ですか…しかもリーファまでそちら側では、分が悪いどころではありませんね…」
「諦めてちょうだい。それに私、その格好をしたハイルが好みみたいなの。だから今日ぐらい、その姿を堪能させて?」
黒が似合うのは知っていた。けれどまさか、こんなにも赤も似合うなんて。
不敬と取られるかもしれないので口には出さないけれど、正直その色を纏えるノエル様よりもハイルの方がずっと似合っている気がしている。黒と赤は、なんて相性がいいのかと。
「……そう言われてしまえば、諦めるしかないですね。もちろん私以外によそ見などしませんよね?私の唯一」
「当然でしょう?私はハイルの妻なのだから」
そもそもよそ見出来るような相手すら、そうそういない。人間の世界ではもちろんのこと、ヴァンパイアの世界ですらその美貌は桁外れなのだから。クラシカ家の家系を見慣れてしまった私の目は、かなり肥えてしまっているだろう。そしてそれはきっと、ノエル様に嫁いだサーシャ様も同じ。だからこういう時、そっと二人で視線を合わせて苦笑する。こんなにも美しい存在がすぐそばにいて、そんなこと出来るはずがないのにね、と。密かにアイコンタクトを交わすのだ。
「兄上も納得して下さったようだし。それじゃあ行こうか、僕の可愛いお姫様?」
「ふふっ。もうそんな年齢じゃないのに、ノエルはいつまでも私をそう呼ぶのですね」
「勿論だよ。だって僕にとってのお姫様は、この先もずっとただ一人。サーシャ、君だけなんだからね」
そう言ってサーシャ様に口づけを一つ落とすノエル様は、ハイルに向かう時とは違う甘い顔をしていた。その姿に、思わず笑みが零れる。色彩は正反対なのに、その仕草も表情も兄弟そっくりだから。
「リーファ?」
「ふふ。いいえ、何でもないわ。行きましょう?」
不思議そうに見下ろしてくるハイルに、そう笑顔で答えるけれど。どこか納得していないような表情が、少しだけ珍しかった。




