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ヴァンパイアたちの後日談  作者: 朝姫 夢
ヴァンパイアと子爵令嬢
1/12

成人前

 納得いかない。


 目覚めて最初に思ったのはそれだった。ぷっくりと頬を膨らませて分かりやすい不満を顔に出しても、それをぶつけたい相手は既にここにはいない。

 こちらの世界に来たばかりの頃は、まだ成人していないのだししばらくの間は人間のままだからと、食事時や寝る前にほんの少ししかハイルに会えないことも仕方がないことだと自分に言い聞かせていた。そもそも行動の基盤が人間と違って彼らは夜になるので、基本的に昼間は執務室に籠ってしまっているのだ。次期公爵様は色々と忙しいらしい。

 だが、それが何日も続いてもうすぐ成人だというのに。あの日以来何の進展もないというのはどういうことなのか。

 今までと違い食事は常に一緒に摂れるようになった。寝る前に少しだけ話す時間も作ってくれる。むしろ寝付くまで傍にいてくれる。

 けれども!


「ほとんどの時間を一人で過ごすのも、限界があるわよ?」


 だから決めたのだ。昼間は執務室にいるというのなら、邪魔にならないように同じ部屋の中にいられればいいと。

 こう、と決めたら即実行。リーファは寝ている使用人たちを起こすことなく、単身ハイルのもとへと向かった。




*  *  *




「……どうして、貴女がここにいるのですか…?」


 出迎えたハイルが開口一番、驚いた顔を隠すことなくそう聞いてきたので、思わずぐっと詰め寄って不満を口にしてしまう。


「どうして?私を一人にしておいてそれを聞くの?忙しいのは分かるけれど、だったらせめて傍にいさせてくれてもいいじゃない。使用人たちと違って、ハイルは睡眠を必要としていないのでしょう?だったら私が起きている昼間くらい、執務をしていていいからこの部屋で一緒にいさせてちょうだい」

「いえ、あの、リーファ…?婚約者とはいえ、未婚の男女が誰もいない部屋で二人きりというのはいささか…」

「あら、そんなのいつも夜に会っていた頃は普通だったでしょう?今更何を言っているのかしら?」


 こてりと首を傾げると、片手で顔を覆って困ったように大きなため息をつかれる。いったい何が不満だというのだ。

 確かにこちらの世界に来てからはとても身軽な格好をしているけれど、別にこれがここでの普通だと言われたからしているだけで、別段はしたない格好ではないはず。夜に彼と会っていた時の格好と同じようなものだから確かにドレスなどに比べるととても薄くて布地が少ないが、その分最高級な肌触りのものだ。


「いいですか?貴女は未婚である前に、成人すらしていないのですよ?」

「だから何だというの?成人前の少女に不埒な真似をしていると思われたくないということ?」

「私ではなく貴女の外聞の話をしているんです!!」


 それはおかしなことを言う。とっくに色々な覚悟を決めて彼の手を取ってここまで来たというのに、必要最低限しか会ってくれない今の方がよっぽど外聞が悪そうではないか。まるで不仲だと思われそうだと、どうして分かってもらえないのか。


「私はハイルが相手ならば、別に外聞など気にしないのだけれど?」

「……お願いですから、少し黙ってください…」


 疲れたように告げられて、ムッとしながらも口は噤む。こちらの言い分ばかりを伝えていても仕方がないので、とりあえず彼の言い分を聞いておこうと思ったのだ。聞く態勢を整えようとした私に、彼はもう一度ため息をついて。困ったような顔をしながらも、手を差し出してくれる。その手に条件反射で自分の手を重ねれば、部屋の中の長いすへとエスコートしてくれた。


「部屋に二人きりはだめなのではなかったの?」

「貴女を立たせたままというわけにもいきませんから。その代わり扉は開けたままにしておきます」


 妙なところで律義なのは、彼の性格なのだろう。出会った頃から何も変わっていない。思わず頬が緩みそうになって、怒っていたのだと慌てて顔を引き締める。


「それで?忙しいのならせめて一緒にいたいという私の願いが却下されなければならない理由は?」

「先ほども言いましたが、未婚の男女が長時間同じ部屋に二人きりというのは外聞がよろしくないからです」

「でも、ここはあなたの家でしょう?そんなことを気にする方がいるの?」

「私は"次期公爵"なのであって、まだ正式にこの邸の主人ではないんです。現王である父上がお忙しい身であるため、将来の予行練習も兼ねて公爵家の仕事をしているにすぎないのですよ。貴女と婚姻を結ぶまでは、正式に公爵の座を譲られることもありません」

「婚姻後にしか家督は譲られないというあのお話でしょう?それはわかるけれど…それと今の状況と、何の関係があるの?」


 ヴァンパイアの世界においては、五十歳で成人と認められ、百歳で家督を継ぐ権利が発生すると前に聞いたことがある。けれど最終的な条件で、婚姻が済んでいる者に限るというものがあるらしい。婚姻で一人前と認められるというのもあるが、何より家督を譲られて忙しすぎて相手を迎えに行けないなどという本末転倒な状況にならないようにするための措置なのだとか。

 けれど、今それを持ち出される理由が分からなくて。首を傾げて問えば、彼は困ったような顔から少し真剣な表情になった。


「私がしているのは、この世界の仕事です。そして貴女はまだ人間のまま。いくら私に手放すつもりなどないとはいえ、人間である貴女に機密事項になり得る資料のある場所への自由な出入りが許されるのかどうかは、私が判断すべきことではないのです。今はまだ父上が王と公爵を兼任している以上、この件に関しての決定権は全て現公爵である父上にあります」

「では、お義父(とう)様に許可をいただければいいのね?」


 そう聞けば、グッと言葉に詰まったように動きを止める。視線がうろうろと彷徨いながら、あらぬ方向を向いてこちらを見ようともしない。


 明らかに、おかしい。


 そもそも既に確認した上ならば、その返答があるはず。けれどそれが一切語られないということは、確認すらしていないということになる。仕事なのだ、集中したいというのもあるのだろう。けれど別に邪魔したいわけではない。ただ傍にいられればそれでいい。それだけを望んでいるのに、それはもしかして自分だけなのだろうかと不安になる。全てを置き去りにして彼の傍にいることを選んだのに、その彼が共にいたいと思ってくれていなかったらどうすればいいのか。


「……ハイルは、私と一緒にいたいとは思ってくれていないの…?」


 泣きたいほどに悲しくて、けれどここで涙を見せるのはずるい気がして耐える。その代わり、正直に問う。返答次第では泣くどころでは済まないかもしれないけれど、こんな不安を抱えたままずっと一人で耐え続けるなど無理だと思った。

 顔を見る事すらできなくて、うつむいたまま強く手を握りこむ。一緒に巻き込んでしまったスカート部分が皴になってしまいそうなほど、強く。


「……っ…」


 一瞬、ハッという吸ったのか吐いたのか分からない呼吸音が聞こえて。何事かと思う暇もなく、いつの間にか彼の腕の中に囚われていた。


「お願い、ですから…そんな可愛いことを言わないで下さいっ…」


 そう何かを抑えるように言ったハイルの指が、つぅと首筋を辿る。その感触に、ぞくりと背中が震えた。


「ここに、牙を突き立てたいのを、こんなにも我慢しているというのに…そんな風に煽られては、困るんです…」

「あ、煽ってなんか…!」

「えぇ、貴女は無自覚なんでしょうね。分かっています。けれど……」


 いつの間にか両手首を片手でまとめて掴まれていて、そのままゆっくりと長いすに押し倒される。何が起こっているのか理解が追い付かなくて、ただ彼を凝視したまま言葉を発することも出来ずにされるがまま。見下ろしてくる彼の闇色の髪がさらりと流れて、美貌の中に男の色気を感じてどきどきする。


「私がどれだけ貴女を欲しているのか、どれだけその衝動に耐えているのか。貴女は本当に、何も分かっていない…!」


 少しだけ苦しそうに顔を歪めたハイルが、ゆっくりと近づいてきて。その、赤い、舌が。ちろりと、耳のふちを舐めた。


「ひゃぅっ…!!」


 瞬間、口から出てきたのは、今まで自分でも聞いたことがない自分の声。びくんと跳ねた体も、自分の意思とは関係なくただ彼の行動に反応した。


「こうやって、貴女を組み敷いて…全てを、奪ってしまいたくなる時がある…」

「はぅんっ…!!」


 今度は首筋を舐められて、また反応してしまう。恥ずかしくてぞくぞくして、やめて欲しいようなやめて欲しくないような。よくわからない自分の状況に困惑して、わずかに涙目になりつつ縋るようにハイルを見上げる。真っ赤になった顔を、隠すことも出来ないまま。


「そうやって……全幅の信頼を私に寄せながら、同時に抗いがたいほどに誘ってくる……」

「ハイル……」

「ほかの誰かがいれば、まだ私は自分を制御できる。だから常に、それこそ貴女が眠りに落ちるまで、いつも使用人を傍に置いているのですよ?二人きりにならないように」


 今、初めて知った。不思議だとは思っていたのだ。今まで夜にハイルが訪ねてきてくれた時はいつも二人きりだったのに、こちらの世界に来てから二人きりだったのは初日の、目覚めてすぐの時だけだったから。あれからずっと、ハイルと会うときは傍には必ず誰かがいた。二人きりでハイルと会うことなど、一度もなかったのだ。


「貴女の外聞だとか、規則だからとか、規範であらねばならないだとか、王の子だからとか。理由付けなどいくらでもできます。けれど本当の理由は、私自身が貴女を守り抜く自信がないからです。ほかならぬ、私から、貴女を」


 まっすぐに見つめてくる瞳は、いつの間にか紅く染まっていた。その奥に、燃えるような熱が揺らめいているように見える。絡みつくようなそれが、自分を求めているのだと分かる。きっとそれこそが、彼の持て余している劣情なのだということも。


「こんな男と、貴女は二人きりになりたいというのですか?こんな場所で貴女を求めるような、卑しい男と」


 卑下する言葉とは裏腹に、瞳はただひたすらに求めてくる。欲しいと、伝えてくる。口以上に雄弁に語るその熱に、やけどしそう。

 未だ組み敷かれた体勢のまま、目をそらすことも出来なくて。こくりと小さく喉を上下させて、ゆっくりと口を開いた。


「私、は……ハイルと一緒にいたくて、ここに来たのよ…?あなたの傍にいられないのなら、私がここにいる意味すらないの」


 徐々に驚愕の表情に変わっていく美貌を眺めながら、思っていることをすべて伝えるつもりで話し続ける。彼の言い分は聞いたのだから、ここからは自分の番のはずだ。


「あなたが、私と一緒にいることで抑えられないものがあるというのなら…許される範囲で、好きにしていいわ。もともと夫婦になるつもりで、そういう覚悟をもって私はあなたの手を取った。それなのに、あなたは口づけ一つくれないのだもの。それならよっぽど、こんな風に時折悪戯される方がましだわ」

「いえ、あの……悪戯などという、可愛いものでは済まないんですが…?」

「構わないわ。だって、一人で不安になっているよりもずっと気が楽だもの」


 使用人もまだ寝ているから、本当に一人で部屋の中にいるか、既に嫁入りしているお義母(かあ)様やサーシャ様と過ごすか。本当にそれくらいしかできることがないのだ。けれど二人とも旦那様がなかなか傍から離したがらないから。結局ほとんどの時間を、たった一人で過ごしている。


「不安に、させているのは分かっていたのですが…すみません……」

「昼間にお仕事があって忙しいのは分かっているの。だから私が寝る前に、必ず一緒にいてくれるのでしょう?分かってはいたのよ。けれど、どうしても我慢できなくて…我儘なのは分かってる。でも、お願いだから傍にいさせて?一人に、しないで…」


 あんなに愛されている二人が、羨ましかった。片時も離れたくないのだと、言葉でも態度でも示されていて。

 彼らと同じでなくていいから、もう少しだけ愛されているという事実が欲しかった。だってあまりにも、何もなさ過ぎたから。


「リーファ……」


 ぽすん、と。肩口に顔をうずめたハイルが、囁くほどの小さな声で告げてくる。


「口づけは…貴女が成人するまで待ってください。流石に今の貴女にこれ以上手を出すのは、私の倫理観が許しません…」

「倫理観、なの…?」

「人間の貴族だって、成人前の女性にいくら婚約者だからと口づけしないでしょう?」

「それは、まぁ…そう、なのかしらね?」


 人間の貴族同士の婚約者など、思い出したくもない男しかいないのだ。実際の経験がないので、教師に教えられた知識でしか答えられない。けれどハイルにはそれで充分だったようだ。


「淑女がそう教えられるのですから、それが普通なのです。貴女はまだ人間なのですから、せめてその間はなるべく人間の貴族として扱わせてください」

「……規範となるためにも?」

「…………その通りです…」


 彼は背負うものが多すぎる。

 元王子で、帝王学をすべて学びきっていて。次期公爵としてほとんどの仕事を請け負って。実の弟である次期王の右腕として、宰相として手腕をふるおうと、弟が生まれた時から色々と画策していたというし。きっと今もしているのだろう。

 だから、なのか。誰にも文句を言われないようにと、上の立場の者が通したのだからとけん制できるよう、必要以上に厳しく規則を守ろうとしているようにも見える。結局のところ、彼自身が何と言おうと思おうと、すべて自己完結させてしまうのだ。今だって、組み敷いた体を好き勝手にできるのに悪戯程度で終わらせているのだから。


「あぁ、でも…」


 上半身を起こして、上からまたまっすぐに見下ろされる。その瞳は蒼に戻っていたけれど、静かな熱が揺らめていて。


「成人したら、覚悟していてくださいね?」


 にっこりと毒が含まれていそうなほどの甘い笑顔で、するりと唇をなでられる。そのままなぞるように唇を撫でた親指を自分の唇に押し当てて、赤い舌先でちろりと舐めた。


「遠慮するつもりは、ありませんから」


 隠そうともしていない熱と色気に、クラクラする。体はすでに解放されたはずなのに、起き上がることすら出来なかった。




 後日、現公爵からリーファの執務室への出入りを許す旨を告げられた。その際あまりにもあっさりと許可するので本当にいいのかと聞き返したハイルに対し、父であり王である人は言ってのけたのだ。「噛みつきさえしなければ問題はない。どうせなら、少しくらいの味見も許す」と。

 この場合の"味見"が血ではないことはハイルにだって分かっている。けれどそれは、本人からの「許される範囲で好きにしていい」という言葉と相まって、あまりにも都合が良すぎた。良すぎたの、だが。あえてそこには言及せず、素直に受け取って帰ってきた。せっかくどちらからも許可が出たのだから、存分に楽しませてもらおうと。色々と吹っ切れてしまった彼は、持ち前の頭脳を思う存分発揮することにしたのだ。


 成人後、二人きりなのをいいことに本当に遠慮がなくなったハイルが、口づけだけでも腰が砕けてしまうリーファを抱きかかえながら上機嫌で執務に励むようになるのだが。残念ながらその様子を知ることができた者は、誰一人としていなかった。







 息子が一線をどちらの意味でも越えないことを知っているお父さんは、頑張っている最大限のご褒美として味見を許可しました。結果、息子はエロまじn…お色気魔人と化しました。


 純粋な弟ノエルと対比をさせるために、色々と違う要素を入れていくと、他では滅多にできない男の色気を最大限に発揮してくれるようになりました。書いてて楽しい←


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