少女とギルドと神器
時は既に夕刻。過去に数えきれない程の栄光の光を浴びてきたアリーリアにも、魔王の住む闇の世界の陰がひっそりと手を伸ばしていた。
スラム街と言っても錆び付いた街灯(魔術道具)に照らされ、夜道でも十分に明るい。
秋風が街路になびく。そんな肌寒い道を闊歩する男が1人。
数刻前の軽装の服は消え失せ、その鍛え抜かれた身体を守るのは純白の下着だけ。腰に帯びた不釣り合いな剣。成人男性にとっては恥辱の極みとも言える格好をした男──ウルである。
「──負けた」
ウルの言葉は虚空に消える。
「何故負けた、今日は最高についているはずだったろ。よく思い返すんだウル……朝は鳥が鳴く前に起きれたっ。よし、これはついてる。飯は食わずに運気を貯めたっ。いいぞっ、ここまでは完璧だ。何が駄目だった? ぁっ、まさかっ……昨日ちょっと高めの卵を食べたせいか──くそおおぉ、それさえなければっ」
とんだ戯言を発するウルを止める者は勿論おらず、毎度のようにポジティブに独自の理論を展開させ、ギャンブルという人によっては地獄よりも恐ろしい闇に呑まれるウル。
冬の匂いを感じさせる風が身体を通る。ウルはブルりと身体を震わせると、星々が輝きの色を点ける寒空の下、その大きな一歩を進めた。
「腹へった……がしかし、手元にあるのは銅貨二枚だけ。これじゃ、麦酒すら買えねぇぜ」
銅貨4枚の麦酒、庶民の享楽をより一層深めるための必需品である。
明日のご飯すら厳しいのではないかという現実を見据えつつ、頭の中では明確な解決法があった。
ウルが好んで選択するかは別として──
「久々に行ってみるか……? はぁ、めんどくせぇなぁ、誰が好きで魔物退治なんてやらんといけんのだよっ、まったく」
スラム街のさらに端にある自宅へと向かうのを止め、その恥辱の権化のような格好で逆方向へと踵を返す。
ギャンブル施設をさらに北上すると白色煉瓦の門が現れる。そこにいた警備の者からは毎度のように哀れみの視線に当てられ、過去には槍を突きつけられたこともあった。
「ういっす」
「────」
何気なく挨拶をするが、勿論無視。むしろ鋭い眼光で此方を見た。
このような時間にパンツ一丁の男が平民街に入ろうとするならば捕縛ものだが、ウルに対してそう行動しようとするものはいないだろう。
何食わぬ顔で整えられた街道を歩く。平民街の中でも簡素な住宅が軒を連ねるここら辺も、スラム街の住民にとっては高級住宅に等しい。そんな貧富の差が明瞭に見える世界がウルは真底嫌いであった。
胸くそ悪い感情を吐き出すかのように唾を吐き捨て、目的の場所へと歩を早めた。
国内の依頼が集まる場所と言えば『ギルド』をおいて、他にないだろう。
夫婦喧嘩の仲裁から飛竜の討伐まで、日々何件もの依頼がギルドに集中する。
お金が底を尽きそうになってはウルはそこに立ち寄り、小遣い稼ぎを行っている。
まぁ、全て沼に捨てるようになくなるのだが──
平民街の丁度中心にあるギルドに足を踏み入れると、飲んだくれの甲冑戦士や露出高めの魔女など、様相様々の人間に溢れていた。
皆、一様にウルを見てはこそこそと何か喋っている。
「っち、うるせー奴ら」
聞こえる声でウルがそう言って腰に帯びた剣を触ると、即座に静まり返る。
その光景に笑みを溢しながら、依頼が張られた大きなコルクボードの手前へと移動した。
「ふむ、どれもめんどくせぇのばかりだな。大樹の魔物の討伐、遺跡の探索、アイアンゴーレムの生成補助……まったく、楽に稼げる依頼はねぇのかよ」
そんな愚痴を落としていると、背後に気配を感じ取った。
徐に振り向くと、視界に映ったのは1人の少女の姿。
海のように深い青い瞳。背丈はウルの胸あたりで、歳は17、18といったところだろう。
パンツ一丁の姿に驚いている様子がないことから、一応はウルのことを知っているのだ。
こんな判別の仕方は嫌だが、仕方がない。
「────」
何も喋らず、ただ此方を見る少女。ウルは真底気だるそうに声を漏らした。
「なんだ?」
一瞬の間と共に、少女が口を開いた。
「お願いですっ! 貴方の強さを見込んで、どうか私を助けてくださいっ」
「…………」
「そ、その手は……?」
金髪カールの少女は困惑した表情を見せる。
「あぁ? 金に決まってんだろ? この世は等価交換だ。誰かに頼みごとをするなら対価を寄こせ。それが普通だろ? まさか自分が痛いげ少女だからって無料でやってもらおうとしてんのか? ざけんなっ。ぶっとばすぞ」
「――最低」
その汚物でも見るかのような両眼。ウルにとっては慣れっこだが、些か腹が立つのも事実。
「あぁ? お前は勘違いしているようだな。俺は金を貰わなきゃ働かねぇ。それに意義を唱えようって言うんなら、さっさと消えろ。じゃまだ」
そう言って再度依頼板を見ようとするウルの身体に走る衝撃。
男の一番大切な息子とも呼べる神器から染み渡る激痛。それは徐々に身体を蝕み、思わず悲鳴を上げた。
「いっってえええええ」
涙目で此方を睨む少女の足は上げられ、我が息子に触れている。
「てっ、てめぇ……な、なにしやがるっ」
「もういいっ、貴方なんて最低よっ! 違う人に頼むんだからっ!!」
そう言い残して、激昂しながらギルドを去る少女。それを追うことができない程の激痛がなければ、直ぐに掴まえて慰謝料を支払って貰うくらいである。
「くそがっ…………」




