7話.潜める犯行、顕現する狂気。
昼休みが終わり、五時間目開始のチャイムが鳴る。
教室に入ってきた境太郎先生は、空いた二席をじっと見ている。
「おや、林君、樋口君はどちらへ?」
ざわつく教室、彼らの所在を答えるものはいなかった。
程なくして扉が開く。
「すんません、遅れました」
千刃はそっけなく謝り、俺の前にどかっと座る。
まとめた髪をわざわざ解いて制服も男物に戻っている。
変装のつもりなら顔の傷を隠したほうがいいだろうに。
「まあ良いでしょう、授業を始めます」
先生は千刃を気にした様子もなく、チョークを握り黒板に向かった。
授業中も俺は相変わらずイジメられる。教室のいたるところから紙くずや消しゴムのカスを投げつけられる。
先生がこちらを見ている時は流石にそれも収まるのだが、先生が黒板に向き合えばすぐにあちこちから物が襲来してくる。
「――うわっ!」
「どうしました、伊勢崎君」
「あ、いえ、何でもないっす……」
カッターの刃が飛んできた。それも新しいものだ。投げつけて来たのはどこのどいつだ、洒落にならないぞ。
千刃が振り向いてそれを掴む。
「危ないぞ」
「本当だよな。色んな物が飛んでくるとはいえ、これは冗談では済ませねぇな。注意しとけよ」
「当然だ」
その意気はやはり、昼休みに見た千刃と同じだ。
頼りにしているぞ。
――五時間目終了のチャイム。
六時間目始まりのチャイム。
――六時間目終了、いよいよ放課後を向かえた。
「この頃クラスではイジメが見られます。くれぐれも、気をつけてください」
先生の忠告は教室の皆に重くのしかかった。
明治さんは背筋を伸ばして真面目に聞いている――目が合ってしまった。
さて、今日は掃除がない。
いつもであればここからイジメられて逃げるように部室へ向かう。
しかし俺には明治さんを連れて行くという使命がある、皆に俺達の仲を悟られぬようにしながらだ。
いくぜ、俺の一世一代の賭け――
「ああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」
ドガンッ!! っと机を超殴打し、立ち上がりながら怒号を放ったのだ。
耳をつんざく絶叫にクラス中の人間が戦慄し、時が止まる。
「ぎゃあああああああああああああああああああ!!!!!」
ドガンと机を蹴っ倒し、道を塞ぐドアをバゴンと突き抜けてやる。
壊れた人形のように腕をジタバタさせながら廊下を走っていくのだ。
誰もついてこない。いや、ついてくることができない。
三階にある教室から二階に降り、ラインを開く。
明治さんに報告だ。
「二階で待ってる」
「わかった」
返信はすぐにきた。程なくして明治さんが階段を降りてくる。
「じゃあ、いこっか」
「う、うん」
明治さんの笑顔が若干凍りついていたような気がした。
長い廊下は隣にある別棟とつながっている。
繋ぎの廊下は広く長い、割れた窓は俺と百足の激戦の証だ。
そして別棟その隅、日光も入らず若干ほこりの舞う暗い場所に部室の扉がある。
「ここだよ」
「なんか、すごい僻地だね」
「僻地って、面白い表現だね。確かに否めないけどさ」
扉を開けると既に部の五人は揃っている。
暗い廊下と打って変わって、部室の中は綺麗でぼんやり暖かい。
「おっ、来たね伊勢崎君っ! あれ、誰その子」
ピンクのツインテールに白いメッシュ、スーパーノヴァと名乗る先輩が明治さんを不思議そうに見る。
「1年の明治こけしと言います、伊勢崎君の紹介で見学に来まして……」
うちのおかしな部員に目が釘付けだ。なぜか兜を被る郷大公部長、姿の見えない紗濤先輩、顔の見えない花園木偶先輩……唯一まともな天翔天馬先輩には目向きすらしないほど他の部員の皆が奇特に見えるらしい。
「伊勢崎君こんな部活に勧誘なんかしてくれたの!?」
スーパーノヴァ先輩が驚いている。こんな部活って、まさか勧誘してきた彼女が言うとは。
「それじゃあ聞いてると思うんだけど、私達は本当にここでしたいことをするだけ。それがプロレマ部だよ!」
「どうかな、明治さん。入ってみる?」
「うーん」
困ったように、顎に指を添えている。
当然だ、意味不明な部活にすんなりと入るほうが異常だろう――
「じゃあ、入ります!」
「え!?」
「だって、都合いいでしょ? ここなら伊勢崎君と安全に会えるわけだし」
「明治さん……」
それだけのために入部してくれるというのはとても嬉しかった。
屈託のないその笑顔は、見ているだけで鼓動が激しくなる。
「そっかそっか、大丈夫! プロレマ部は来るもの拒まず去るもの追わず! 大歓迎だよ、明治さん! じゃあ部長早速入部届を――っておわぁっ!?」
「どうしたんですか――うわっ!」
いつも壁に寄っかかっている郷大公部長がいつの間にか明治さんの前に居た。
明治さんは物珍しそうに制服姿の鉄兜を見上げている。
こうして見ると部長は兜のせいか威圧感が激しい。
「明治、こけし」
「伊勢崎くん、この人が部長さん?」
「そ、そうだけど……」
「そうなんだ」
明治さん、ビシッと姿勢をなおす。
「はい、部長! どうしましたか!」
「……天馬、心当たりはあるか」
「えっ、俺ですか? いやー、新入生全員は把握してませんからねぇ」
「知らん、ということか」
「大半知りませんっすよ俺、どうしたんすか部長いきなり」
「いや、気にしないでくれ」
そう言って部長はまた壁に。いつものポジションに戻り、腕を組んだ。
「部長さーん、入部届をー……」
「ああ、忘れていた」
こうして明治さんは、晴れてプロレマ部に正式入部することになった。
「本当に良かったの?」
「うん、どうせ入りたい部活なんて他になかったしね」
入部届を書き終え、明治さんが部長に渡す。
受け取った部長はじっとそれを見ていたが、しばらくして二つに折りたたんだ後制服のポケットにしまった。
「そういえば今日は大丈夫だった?」
「え、何が?」
「ほら、カッター投げられたじゃん!」
「あー見てたんだ」
五時間目の事だろう。まさか明治さんがそれに気付いていたとは。
「志島くんだったよ、投げたの」
「……本当か?」
「うん、カッター折ってるの偶然見ちゃって」
出席番号9番、志島骸斗。高校生とは思えない程顔が老けているロン毛の生徒だ。
痩せこけていて特段ヤバイ雰囲気が漂っているアイツが犯人だったとは。
アイツはあまり俺に関わってこない印象があったが、しかしまさか俺に気付かれないようにイジメをしてきているとは驚きだ。
それもカッターの刃を投げつけてくるという、危険度の高い犯行だ。
「ありがとう明治さん、教えてくれて」
「気をつけてね、私もできる限りの事はサポートしてあげたいから!」
明治さんの顔はいつになく真剣だった。
心遣いはありがたかったけれど、気を遣わせているのが申し訳なく思ってしまった。
「カッターか、酷いことをするもんだね」
――天馬先輩が話に割り込んできた。
椅子に両肘をかけるように座って俺達を見ている。
「お気遣いありがとうございます」
「アハッ、いいんすよそんな。志島っていうと、志島骸斗の事かな」
「先輩知ってるんですか?」
先輩が少し笑んだような気がした。
「うん、知ってるよ。彼ね、危ない店に良く出入りしているみたいだから気を付けた方がいいかな」
「あ、危ない店ですか……」
「そうそう、賭場みたいな所だね。爆弾作ろうとしてるらしいし、注意した方がいいよ」
爆弾、突拍子もないワードが俺の心に緊張感を生んだ。
「アイツそんなに危ないやつなんですか!?」
「同じクラスの君達の方がそこら辺は良く分かるんじゃないかなぁ、俺が知ってるのは志島骸斗の行動くらいだし」
「……ありがとうございます、そんな事を教えてくれて」
「アハハ、だからいいっすよそんな気使わなくって、もっと気楽に! 俺はそっちのが好き!」
情報提供に感謝の一礼を送った。
天馬先輩がどこから情報を仕入れているのかは知らないけれど、第一印象的にはデタラメを言うとは思えない。
志島があからさまに怪しい風貌をしているのも、先輩を信じきれる要因かもしれない。
部活帰り、俺達は同じ家路を歩く。
思い返せばこの道で千刃と戦い、林に襲われた俺を千刃が助けてくれたんだ。感慨深い。
先に家についたのは俺の方だ。
明治さんの家はもう少し先に行ったところにあるらしい。
「じゃあ、また明日ね」
「うん……」
明治さんはなんだか少し離れるのが嫌そうだった。
門扉越しだけど、少しの間一緒にいた。
「あっ! そうだね! また明日ね、バイバイ!」
下げていた顔をビクッと上げてあたふたと手を振りながら走っていった。
「うん、バイバイ……」
離れてく明治さんを見送るのがちょっとだけ寂しい。
でもラインがあるわけだし、そっちならいつだって話し合える。
「ただいま、お母さん――」
「ん~! 母ちゃんの料理まじで美味いっすよ!!」
「そこまで言われるとちょっと照れちゃうわ」
「千刃!?」
なんで人の家で当たり前のように夕飯まで食ってんの!?
「なんでいんだよお前!」
「あ? いいだろ、今日母ちゃんいねぇから夕飯ねぇんだよ」
「……食ったら帰れよ」
「おうよ。母ちゃんおかわりくれ!」
手洗いうがいに着替えを済ませて、俺も席に着く。
「伊勢崎ちょっと肉分けてくれよ」
「え、やだよ」
「回鍋肉まだまだ残ってるわよ。もっともっと食べてちょうだい」
「いいんすか!? うひょー!」
……でもまあ、ちょっとは悪くないかもしれないな。
兄さんが出て行ってからは、いつもお母さんと二人でご飯を食べているから。
翌朝、起床早々にスマホを手に取る。なんだか無性に明治さんとラインがしたかった。
「おはよう」
「おはよー! 今日も負けないでね!」
「ありがとう、頑張る」
返事はすぐに来た。気遣ってくれるのがとても嬉しい。
「おーい、伊勢崎ー!」
外から千刃の声がした、また飯を集りに来たんだろうか。
――直後、外から巨大な破裂音が響く。
「!?」
部屋のカーテンを開け、戦慄する。
玄関前の塀ブロックに門扉が大きく崩れ、千刃が血塗れで倒れている。
「――まさか」
突然ラインのメッセージが届く。
差出人は、Gaito.S。間違いなく志島骸斗本人であった。
「どうだったかな、僕のプレゼントは」
「志島……お前、まさか」
「そう、君の家に爆弾を仕掛けておいた。どうだい家を粉々にされた気分は」
「家を粉々……?」
思わず呟いてしまう。
まさか、千刃は爆弾に気付いて俺を庇ったというのか?
「これはまだまだ始まりに過ぎないよ伊勢崎君、精々学校を楽しみにしておくことだね」
何をするつもりなのだろうか、これ以上に過激な事をするつもりなら絶対に許さない。
俺だけならまだマシ(良いというわけではない、当然懲罰モノ)だが、これはれっきとした他者をも巻き込む犯罪だ。
復讐云々の話ではない、警察に通報しよう。
通報を終え、千刃が救急車で病院に運ばれる。
それを見届けてから登校すると、なんと明治さんに出会った。
「伊勢崎くん、家の前が大変なことになってたけどもしかして!」
「ああ、志島からメッセージが届いた。これを見てくれ」
明治さんの顔つきが明らかに変わる。額に汗が浮かび上がっている。
「ねえ、今日は学校休んだ方がいいよ」
「いや、それは危険だ。志島の事だ、俺が怖がって引きこもってる事を知れば学校を抜け出してでもこっちに来るだろう」
そう、イジメの範疇ではない。
これは殺人予告と言っても過言じゃない。
どこかネジが外れてしまった狂人に対して常識的に対応することは、その実危険なのだ。
「じゃあ、私の家に来てよ」
「明治さん……気持ちは嬉しいよ。でも、学校には行かなくちゃ」
明治さんが俺の腕を引っ張る。
「そんな必要ないよ、ね! 早く帰ろう、私も帰る!」
「駄目だ、明治さんが帰ったら二人一緒に欠席して余計に怪しまれる、そうなれば今度は明治さんの命が危ない! それに、俺は危険を背負ってでも学校に行くつもりだよ」
「伊勢崎君……」
そのか細い腕は震えていた。
振り切ろうとしたが、そんな勇気は俺になかった。
放してと言う気にもなれない、しかし学校には行きたい。だが、明治さんは放すつもりがなさそうだ。
「――あ、花園先輩」
何気に通学路が一緒の花園先輩だ。この前は俺の声に耳を傾けてくれなかったが、今回はこちらに顔を向けてくれた。
「どうしたの、二人共」
そして、声までかけてくれた。
「これ、見てください」
志島から送られてきたラインを見せる。
……それにしても、白い仮面を通して俺達のことが見えているのだろうか。
「へえ。大丈夫だよ、命に危険が及ぶ事はないから」
「どうしてそんな事が言い切れるんですか?」
「そんな事は天馬が許さない、学校で殺戮なんて起こさせないよ」
そう言った花園先輩は何事もなかったかのように歩を進める。
「らしいけど」
「……そんな事、言われたって」
明治さんはそれでも俺の腕を放すつもりがない。
ただ、俺が一歩を進める事は止めず、嫌々ながらもついてくる。
「ごめんね、やっぱり学校行かなくちゃだから」
「…………」
どんな事が起きようとも明治さんだけは絶対に守る、傷一つつけさせてたまるか。
校門前。
いつもは何気もなく眺めていた校舎だが、今日は異質な空気が漂っているような気がした。
張り詰める緊張の中、俺は勇気を持って一歩を踏みしめていく。
志島骸斗、お前が何を仕掛けようとそれはお前の勝手だ。しかし俺がそれに屈する事はない、明治さんを傷つけさせる事も決してない。
そして、千刃を傷つけたお前を絶対に許さない。




