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54話.灼熱騒動僧堂寺院、無様を厭わぬ邪道の先に。

「すみませんっ! 大丈夫ですか! 大丈夫ですか!?」


 ダメだ、三人とも意識がない……!

 なぜだなぜお寺が突然爆発した!?

 まさか、僧堂院(そうどういん)が情報を漏らそうとしていることが校長カイムにバレたのか!?


「大丈夫ですか!? もしもし! もしもーし!!」


 皆ガクガク揺さぶっても意識が戻らない!!

 だが脈はある、どうやら生きていはいるみたいだ!

 とりあえず三人を外に出さないと……!


「伊勢崎殿」

「――僧堂院(そうどういん)っ! 突然お寺が爆発したんだ! お前の父さんと女の人達が皆爆発に巻き込まれた!! 頼む、お前も手伝ってくれ!」

「何故私がそのような事をせねばならぬのですか?」

「なにっ」


 僧堂院(そうどういん)のヤツ、手に金槌を持ってやがる!


「――ハァッ!!」

「ぐあっ!」


 いてぇ!

 咄嗟に顔をかばったが腕がすごく痛い!!


「何故死なぬのだ? 貴様ら、全員!」

僧堂院(そうどういん)……? ま、まさかテメェ!!」


「そうだ、寺を爆発させたのは私だ! 消えろ伊勢崎!!」


 こいつ正気か!?

 お前がお前の家を爆発させたっていうのかよ、何のためにそんな事を!!


「ハンニャーシンギョー!!」


 あの金槌よく見てみると般若心経が彫られてある!!

 クソ、お経の力で金槌の硬度が増してるってわけか!!


「死ねえ伊勢崎!!」

「やめろ僧堂院(そうどういん)!!」


 かわすのは容易い!

 こいつ、まだ校長に操られているのか! こうなったら実力行使で目覚めさせてやるしかねぇか!


「テメェその金槌を俺に渡せェ!!」

「なんだ貴様、その手を放せェ!!」


 金槌を奪えねえ! こいつお経の力で握力も強くなってるっていうのか!!


「――ああッ! 私の金槌がァ!!」


 奪うつもりだったが、吹っ飛んだ!

 金槌は火中の寺院にすっぽり落ちていく!


「俺の金槌だああああああアアアアアアアアア!!!」

「ふざけるなああああああアアアアアアアア!!!」


 この勝負、どちらが金槌を取るかで勝敗が決まる!

 寺院は相変わらず燃えているが、金槌は見えるところに落ちている!!

 このまま僧堂院(そうどういん)より速く走れば!!


「あっつ!! あぁっつ!!」


 僧堂院(そうどういん)の野郎、誤算だったようだな!

 そうだ燃えている寺院の中に入るのだ! 熱いに決まってるだろ!

 覚悟が足りなかったな僧堂院(そうどういん)!!


「あっぢいいいいいいイイイイイイイイイイイ!!!!」


 火中の槌を拾うっていうのはこういう事を言うんだよオオオオオオ!!


「般若心経・南無阿弥陀マジックハンド!」


 ――俺は確かに、金槌を掴んだはずだ!

 だがその金槌を、何かが横から掠め取っていく!


 マジックハンド、まさか僧堂院(そうどういん)の野郎!!


「わざわざ火中に入る愚か者がどこにいようか! この勝負私の勝ちだ!」

「させるかああアアアアアアア!!!!」


 ダメだマジックハンドがすごい勢いで僧堂院(そうどういん)の元へ戻っていく!!

 クソッ、せこいぞ僧堂院(そうどういん)無様(ぶざま)アアア!!


「金槌は返してもらったぞ伊勢崎拓也……!」


 この状況、果てしなく不利……。

 あのお経が書かれた金槌にはそれ程の力が秘められている……!


 金槌を握る僧堂院(そうどういん)――


「あっぢいいいいイイイイイイ!!!」


 ――アイツ、金槌を明後日の方向にぶん投げやがった。


 そうか、一度火の中に入ってしまった金槌。

 その持ち手が熱くなっているのも当然のことか!


 ボチャンッ!!

 水の音だ! 金槌はどこか水の中に落ちた!

 急いで音の方角へ向かい金槌をゲットしなければ!


 ダメだ、やはり僧堂院(そうどういん)が寺院の外にいたというアドバンテージを追い越す事ができない!

 境内にある大きな池!

 僧堂院(そうどういん)のやつは躊躇いなく飛び込んでいく!


「俺のもんだあああああアアアアアアア!!!」


 後を追って飛び込む!

 クソッ、池の中だからよく見えねえ!


 どこだ、どこに落ちて――あった、池の底に見つけたぞ!

 お経が妖しく光っている! 僧堂院(そうどういん)のヤツは息継ぎで上がってるみたいだ!!

 このスキに俺がこいつを掴み上げる!!


 俺の勝ちだ、僧堂院(そうどういん)

 今度こそ金槌は俺のもの――


 急上昇していく金槌、何かに引っ張られるように池の外に飛び出していくッ!

 何だこれは、何が起きている!


 池から上がるとそこには――


「ハハハァ!! 伊勢崎、この勝負私の勝ちだァ!!」


 僧堂院(そうどういん)の野郎が手にしているのは釣り竿!!

 コイツ、まさか金槌を釣り上げたっていうのか!?

 あの一瞬で釣り竿という確実な方法を思いつきすぐさま実行するという的確な判断力……。

 負けたかもしれねえ。


 大きく上がった金槌。

 釣り針にかかった金槌はズルリとすっぽ抜け、どこか遠くへ吹っ飛んでいく。


 ――この勝機を逃さない。俺の頭より先に、俺の足が動いていた。

 僧堂院(そうどういん)の野郎も自分のミスを嘆く間もなく足を走らせる。


 どうやら金槌は再び燃える寺院の中に落ちていった様子。

 絶対に譲れねえ、ここを逃したら今度こそ負ける気がする!


「待てえええ僧堂院(そうどういん)ンンンンン!!」

「待つか馬鹿者!! 私の金槌だ、なぜ奪おうとするのだアアアアアア!!」

「その金槌は俺のものだアアアアアアア!!!」


 俺達は水を被っている!

 いまならあの熱い寺院の中も軽々探索できる気がする!!


 遠くからだから分からなかったが、クソ、どこだ、どこに落ちた!

 爆発で天井が崩れ崩れになっている、しかし確かに寺院の中に落ちていったはずだ!!


「伊勢崎イイイ! どうやら金槌は私のもののようだアアアア!!」

「――!!」


 クソッ、先を越されちまったか!?

 させねえ! 俺が僧堂院(そうどういん)よりも速く金槌を奪ってやる!


「どこだ僧堂院(そうどういん)――」


 ――瞬間、横切る影。

 反対方向へと走っていく僧堂院(そうどういん)

 俺をわざわざ呼び出し、反対方向へと走っていく……つまり、つまり、この先には無い?


 クソッ! またハメられた!

 僧堂院(そうどういん)の野郎汚え手えばっかり使ってきやがる!!


「待てやあああああアアアアアアア!!!」

「油断したな伊勢崎イイイイイイイ!! ギャハハハハハハ!!!」


 僧侶の口からは出そうにねえような笑い声!!

 許さねえぞ校長カイム、人間をこんな風にしやがって!!


「絶対に許さねえ! 待ちやがれ――」


 ――瞬間、崩壊。

 俺の走る先、向こうの方が焼け落ち崩壊する。

 そこというのは、僧堂院(そうどういん)が走っていく先。

 僧堂院(そうどういん)の野郎が、崩壊に巻き込まれちまった……!!


僧堂院(そうどういん)!! 僧堂(そうどう)いぃぃぃぃぃぃぃぃん!!!」


 やけにでかい崩壊だ!

 これじゃあもう助からねえかもしれねえ! クソ、校長の野郎! こんな風に生徒を操りやがって!

 お前はそれで満足なのかよ!? お前のせいで沢山の人が死んでいるんだぞ!?

 許さねえ、許さねえ――


「何事かな、伊勢崎殿」


 瓦礫の中から聞こえる声。

 ガレキの欠片が吹っ飛び、その下から現れるのは――


僧堂院(そうどういん)……」

「見つけましたよ、般若心経の金槌はここにありました」


 般若心経の刻まれた金槌は妖しく光る。

 瓦礫を身体で除けゆっくりとやってくる僧堂院(そうどういん)


「この一振りにて、終わりにしてしんぜよう」


 こうなっちまったらもう後には引けねえ、ここで決着をつけるしか……!


「死ねえ、伊勢崎ィ!」

「そいつを渡せェ!!」

「あっ!」


 ゴッ!!


 瞬時の判断。

 一番金槌を奪いやすい状態とは、相手が一番油断している時。

 その一瞬のスキを突き、金槌を奪い、そして――。


「俺の勝ちだ、僧堂院(そうどういん)無様(ぶざま)


 そのツルツル頭に一発重いものをブチ込んでやったんだ。もう長くは意識を保っていられないだろう。


「こ、こうなったらやむを得ん……!」


 僧堂院(そうどういん)の野郎、よろよろとだがどこかへと走っていく!

 何かに惹きつけられるみてぇに――


『裏の世界に流れる強大な力の研究……その一端の管理を任されております故』


 まさか僧堂院(そうどういん)のやつ、そいつを使うつもりなんじゃ……!

 ダメだ、絶対にそれはさせねぇ! あの力は危険だ、強すぎる!!


「フッ、フッ……伊勢崎。私はあなたを少しみくびっていたようですね」

「何故だ、何故こんな事をする、僧堂院(そうどういん)!」


 どこに来たかと思えば行き止まりだ。

 ただ一つだけ気になるのは、デカい大仏がドカンと置かれてあることだ。

 意味もなく、こんな所に来ることはないはずだ。


「私は感動した! 穢牙(あいが)様があなたをひたすら執拗にイジメる姿に! 私はただそれを越えたいと思った、それだけでございます」

「……そんな、そんな事でか? それだけなのか?」

「当然でございましょう、全てはアナタをイジメるためなのです」


 それで自分の家すら爆発させたっていうのか!?

 なんなんだこいつ、イカれてやがる!!

 アイガの野郎、こんな所に恐ろしい影響を与えてやがる!

 あの超絶にヒドいイジメは逆効果だと思っていたが、まさかこんな狂人を生み出していたとは!


「さあ、あなたに最大限の絶望をもたらして差し上げましょう……!」


 一際高い跳躍、何をしたかと思えば大仏の頭に飛び乗っている!

 ズブズブとその身体が大仏の中に吸い込まれていき……


 大仏が、動き出した。


 青黒く大きな指が俺の身体を指す。


「まずは手始めにアナタの家を破壊しに行ってやろう!」


 そう言い、大仏は歩く。

 ズシンズシンと建物を踏みにじり、どこか遠くへ……。


 ――まずい!!

 このままでは、このままでは俺の家がぶっ壊されてしまう!


 あああ母さん! どうすればいい、どうすれば!!

 あの大仏を、俺は一体どうすれば止められるんだ!?


 とりあえずこの家をでねえとまずい!


「タ、タクシー!」


 偶然通りがかったタクシー!

 急いでそいつに乗っかる!


「すまねぇ、あの大仏を追っかけてくれ!」

「ハッ、了解しました!」


 爆速ですっ飛ぶタクシー、多少信号に阻まれはするものの着実に大仏まで追いついてきている!

 クソ、本当に家を破壊しにいくつもりだ!

 どんどん大仏の野郎が家まで近付いてきている!!


「運転手さん! アイツを追い越していいから俺の家まで連れてってくれ!」

「分かりました! どこですか!?」

「住所はこうこうこうのこうのこうです!」

「かしこまりましたぁ!」


 爆速でかっ飛ばすタクシー、メーターは120キロメートル毎時を越えている!!

 運転手さんの気遣いのおかげだ、あっという間に家に到着する!


「では一万円になります!」

「運転手さん、俺実は金持ってねえんだ!」

「無賃乗車でしたか!?」

「いや、ちげぇ……! 俺の心は払いてぇ気持ちで一杯だ! だが四の五の言ってられる状況じゃなかったんだ!」

「……」


 こちらへとやってくる大仏を見やる運転手。


「やれやれ、少し遠いところまでドライブしてしまいましたね」

「!!」

「おや、どなた様で? 勝手に乗られては困りますね、お客様」

「う、運転手さん……!」

「行くのです、お客様」

「ありがとうございます!!」


 タクシーは、俺が降りるとどこかに消えていく。

 ありがとう、運転手さん。


「さて、とはいったもののどうすればいい……?」


 あのデカブツを止めるために俺ができること!

 ――ああ、そうだ。俺には仲間がいるじゃないか。

 プロレマ部の皆なら、助けてくれるかも!!

 スーパーノヴァ先輩とラインを交換していたんだ、これで助けを求めよう!


「先輩、助けてください!」


 き、既読がつかない……!

 クソ、俺の力でどうにかしなきゃいけないっていうのか!?


 かといって、こんなデカい大仏一体どうすればいいんだ!!

 まだ少し遠いとはいえ大仏はどんどん近付いてきている……!


 こっちを見た――


「伊勢崎、そこで見ているといい……あなたの家が踏み潰されるその様を!」

「絶対にやらせねぇ! 絶対に俺が、俺がこの家を守ってみせる!」


 心が激しく震える。

 守りたい。その意思に反応し、心の波紋が今までになく、とてつもなく震えている!!

 心の中をはみ出し、身体の中をはみ出し! 溢れ出し! 抑えきれない程に!!


「終わらせてやりましょう! 大仏の呼吸・百捌の――」

「それ以上、何も言うな」


 力に、溢れる――。

 勇気に、溢れる――。

 心が守れと、叫んでる――!


 大仏の動きが一瞬止まる。気圧されているのか、俺の心から溢れるこの波紋に。


「フフ、こけおどしを」


 何もしていない。俺はただ、ここからお前を見ているだけだ。

 お前は俺から感じているのか……『何かまずい』と。


「一瞬で片付けてやろう! 大仏の呼吸――」

「その口を閉じろと言ってるんだ、僧堂院(そうどういん)無様(ぶざま)


 ――あの大仏の元へ行く。

 そう思うだけで俺の足はとてつもない力で溢れた。

 強い跳躍は、俺を大仏の顔面まで導いてくれた。


「な、伊勢崎! いつの間に……」


 ――この顔面を蹴飛ばせ。

 そう思うだけで俺の足はすさまじい力で溢れた。

 強い蹴撃は、大仏の面を軽々と蹴飛ばす。


「カッハァ――! な、なんだこの力は……!」

「復讐させてもらうぞ、僧堂院(そうどういん)無様(ぶざま)


 ――この大仏を壊せ。

 そう思うだけで俺の身体には強い力が溢れた。

 この力があれば一発の拳でこの鋳造物を砕ける、そう思った。


「――!!」


 刹那、強い衝撃が響く。

 しかしそれは、ただ音として。


 気付けば大仏はそこにいない。

 ――!

 あ、アイツ! この一瞬であんな所まで!


 クソッ! 無様(ぶざま)の野郎! 逃げた!

 走って逃げた!!


「待ちやがれエエエエエエエ!!!」


 ――あの大仏に追いつけ!!

 そう思うだけで俺の足はどこまでも軽く、どこまでも速くなる!!


「ふざけるな!! 誰が貴様のような異常者とまともに相手をするものか!! 私は逃げさせてもらおう! そして必ず復讐をさせてもらう!!」


 街を横断し、山を横断し、大仏はどこまでも、とてつもない速度で走っていく。

 少し、少しずつだが追いついてきている。


 ――もっと速く! この足よ、もっと速く動け!

 願えば願うほど俺の足は速くなる!!


 大仏の足は突如として止まる。

 俺はその理由を一瞬で理解できた。

 その先は崖、もう何もない。ただただ深い海が待っている。


「死んで俺に詫びろ――」


 激しい走行、激しい跳躍、この勢い、速度、加速を湛えた足。

 大仏は振り向くが、もうどうしようもできないだろう。


僧堂院(そうどういん)無様(ぶざま)


 足が触れたその勢い、それだけで大仏は、はるか遠くの海の向こうまで吹き飛んでいく。

 ぐるぐると衝撃に回る大仏の身体。

 むなしく徐々に落ちゆく身体は、ある時ぼちゃんと海に沈む。


「伊勢崎、伊勢崎……なんだ、なんだその、力は……」


 自身の重みのせいか、大仏はどんどん海の底に沈んでいく。


「……さあな」


 1年3組12番・僧堂院(そうどういん)無様(ぶざま)

 裏に潜む、深く醜い闇に操られどこまでも狂っていった男。

 お前のその狂気は、自分の家を爆発させることさえも厭わない程のものだったのか。

 罪の報いを受け入れ、海の底で頭を冷やすといい。


「――あ」


 視界がぐらつく。

 身体が、動かない。

 どうやら、相当、無理してたみたいだな、俺……。


 このまま、眠ったら、どうなっちまうんだ……?


 分からねえ、ただ、何も、動かねぇ……。


 頭も、止まって、き……。

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