51話.転校生活、初日。
「伊勢崎ってさぁ、なんで転校してきたの?」
「前の学校でちょっとイジメられちゃってさ」
「え、そうなのっ!? かわいそー!」
「伊勢崎くん部活何入ってたのー?」
「えーと、あー……帰宅部かな」
「俺んとこ来いよ部活ぅ!」
す、すごい質問責め……こんな事本当にあるんだな。
転校初日という事もあってかめっちゃくちゃ色んな事を質問された。
プロレマ部の事やそれに関連するようなお話はできるだけ隠しておいた。
信じてもらえず変な人扱いされる可能性もあるし、なんならもし噂として広まって、あの高校に話が入ってきたらそれはそれでまずい。
ここでは、できるだけ穏やかに過ごそう。
たまに明治さんと遊んでって感じの、ゆるやかな学校生活。
もうイジメられる事は無いんだから、な。
学校の授業は境太郎先生のやっていた範囲と大体同じなおかげでついていくのが楽だった。
もしかしたら先生、そんなところまで気を使ってくれてたりしたのかな。
もしかしたら境太郎先生って、すごい先生なのかな。
……この学校は平和だ。
あっという間に放課後になってしまったが、皆にオススメされた部活を色々と見学している。
バスケとか、テニスとか、あと美術部も楽しそうだなぁ。
漫画研究会、こんなところもあるんだね。皆すごい真剣にカリカリと画を描いている……。
卓球部、少しだけ打たせてもらったけど……温泉でちょっとやった事あるくらいじゃ全然太刀打ちできない! 先輩達の動きがすごく機敏で、なんだかプロみたいだ。
バレー部、今日は筋トレなんだって。
パソコン部……皆すごいプログラミングとかやってるのかと思ったけど、動画サイトを見たりしてワイワイやってる。思ったより楽しそうな場所だ。
剣道部、怖い!!
色んな部活があるけど、先輩達も同級生も皆俺に優しくしてくれてる。
これが俺の求めていた学校生活――
……明治さん。早く会いたいな。
まだまだ日曜は遠い。せっかく学校が楽しいんだから楽しまなくちゃ。
「あ、こいつ例の転校生じゃんっ!」
「おーおー、小っちぇえなぁコイツ!」
「しかも前の学校でイジめられてたんだってぇ~?」
……廊下を歩いていたところ、ガラの悪い連中に絡まれてしまった。
「せ、先輩! こんにちは!」
「ヘヘッ」
突き飛ばされた。
大柄な三人の男が俺を寄ってたかっていじめようってことか?
「おーいー転校生ー、お前ちやほやされていい気になってんじゃないよなぁ?」
もしかして俺はイジメられやすいタイプなのか。
はぁ、やれやれ。仕方ねぇな――
「フンッッッッ!!!!」
「!?」
顔面に思いっきりパンチをぶちかました。
腹を殴り、側頭部を殴り飛ばし、顔面が血まみれになるまでボッコボコにしてやった。
「……どうした? イジメるんじゃなかったのか?」
「あ、いや……」
血みどろになった俺を見てどうやらこいつらは戦慄しているようだ。
「あっ、ゴキブリが歩いてんじゃーん」
「えっ?」
走ってるゴキブリをつまみ上げてっと――。
「うっぷ!」
「こいつ、マジかよ……!」
「ふぅ~、美味かった。で、俺に何か用だったか?」
「いや、べ、別に……」
「――ハッッッッ!!!」
俺が窓ガラスをぶち破ると、三人衆がビクッと震え上がる。
散らばったガラス片を一つ掴み上げ――
「ガアアァアアアァァァァァァ!!!!」
思いっきり胸を引き裂いてやった!!
ボロボロの制服、ボロボロの服、引き裂けた胸、そして血まみれのこの姿。
「お前ら、俺をイジメたいんだよな……」
手にしたガラス片をそのまま貪り食う。
「ヒッ、ヒィ!!」
「いいぜ、どんなイジメだって受けてやるよ……」
「アッ、その……!」
「イジメてぇやつだけかかってこい……!」
狼狽えた三人はそのまま逃げ帰っていった。
そうだ、それが当たり前の反応だ。
よくよく考えてみれば前の学校の皆が異常なだけなんだ。
アイツらはたとえ俺がこんな姿になっていようとも平気でイジメを仕掛けてくる。
さて、帰るか。
「拓也!! その傷大丈夫なの!?」
「大丈夫、ちょっと転んじゃっただけだよ」
「よく転ぶのね……お母さん心配だわ」
母さんには少し申し訳ないけどこうやって誤魔化すしかない。
きっとあの学校なら俺も幸せに暮らしていける。
明治さんからラインが来た。
「転校先どうだった?」
「皆優しくてすっごく楽しかったよ!」
「私もそっちに行こうかなぁ」
「そしたら絶対楽しくなる!」
そうだ、楽しい。明治さんがいない事を除けば。
「ねぇ拓也。前の学校の先生から電話来てるわよ」
「え?」
境太郎先生……何だろう?
「はい、もしもし」
「伊勢崎くん……」
「は、はいっ!!」
その声は怒っているように聞こえた。
「あまり問題を起こさないようにお願いしますよ……」
「ご、ごめんなさい……」
きっと、きっと窓ガラスの件だ。
あんな豪快にぶち破っちまったんだから、きっと大問題になってる。
そうだ、せっかく転校してきたのに! なんで俺が逆に問題を起こす側になっちまってるんだ!!
明日からはもっと穏やかに、穏やかに過ごそう……。
皆の俺を見る目が変わっている。
バスに乗って降りた先、少し歩いたところでもその変わり具合をはっきり感じ取れる。
俺を恐れている、そんな目だ。
「い、伊勢崎くんおはよう……」
この人は同クラスの!
「おはよう!」
「ヒィッ、う、うん!」
挨拶を返しただけなのにこの反応……まさか、もう学校中に話が行き渡ってるのか?
言いふらしたのは、アイツらなのかな。
教室もなんだか居心地が悪かった。
折角仲良くなれそうだったのに、なんだかもう昨日の今日でめちゃくちゃだ。
結局、こうなっちまうのか。
「伊勢崎お前何したんだ?」
「……何も、してない」
唯一話しかけてくれた男の子に嘘をついてしまった。
廊下を歩くとヒソヒソと噂される声がいやでも入ってくる。
どうやら昨日のあの三人は学内でも有名なイジメっ子らしく、そいつらが俺のしたこと全てを振りまいたらしい。
アイツに関わるとヤバい、そんな噂が一日にして出来上がってしまった。
――クソッ、このままじゃイジメられてるのと何ら変わりないじゃないか!!
どうにかして誤解を解かなきゃ!
「先生、良ければ授業の準備手伝いますよ!」
「え、そうか? いやぁ助かるなぁ」
「俺もトイレ掃除手伝うよ!」
「えっ!? あ、あぁ……」
「おいテメェら、どうしてもイジメてぇってなら俺をイジメろよ!」
「うわっ、伊勢崎だ!」
「逃げろ!」
なんやかんや一週間で俺のイメージはバッチリ修復された。
日曜には明治さんとも会えたし、俺はとっても絶好調だ!
「ようっ、伊勢崎おはよー!」
「うん、おはよう」
「伊勢崎ぃー、バイト先の先輩がイジメてくるんだけどさぁー」
「じゃあ俺が代わりにイジメられにいってやるよ」
「伊勢崎くん、おはよう!」
「うん、おはよう!」
「伊勢崎くん、好きです!」
「うん、俺も好――えっ、誰!?」
一度下がった分もあってかなんだか逆に人気になってしまったみたいだ。
登校中なのにこんなに話しかけられるのは初めてで、なんだかちょっと落ち着かない……。
これはこれで困りものだが……まぁ、怖がられるよりは断然いいかな。
この学校にも随分と馴染んできた。
部活も入部体験を済ませて正式に入ることになったし、これから本格的に俺の高校生活が始まろうとしている。
「はい、皆さんおはようございます!」
「おはようございます!」
「伊勢崎くんも混ざって、このクラスはだいぶ賑やかになりましたね!」
「先生、なんかここ水漏れしてない?」
「え、本当? 誰かバケツ持ってきてくれなーい?」
転校生扱いされなくなってきたことでいよいよこのクラスの一員になったことを実感する。
「伊勢崎くん、このクラスにも馴染めてきたかな?」
「はい、とても!」
「ハッハッハ! 伊勢崎くんが元気そうだと先生も元気になれるよ!」
「ちょっ、先生! こっちも水漏れしてるんですけど!」
「え、ほんと!? 雨も降ってないのに何だろうね?」
「先生! こっちも!」
「てかなんかこれネバネバしてない?」
「え、うわっ! こっちも漏れてきてる!」
……え?
「うわ……」
俺のところにも、垂れてきた。
これは水漏れというか、ヌルヌルして、ベタベタしてて……
「ノリ……!!」
間違いない、これは糊だ!!
なんでだ、教室中のそこかしこから糊が、糊が降ってくる!!
「ノリ、まさか……!!」
俺の中に、一つだけ心当たりがあった。
前高校の1年3組14番・紀代大和!
俺の目に糊を塗りたくってきたり、瞬間接着剤をぶちまけてきたりした野郎だ!!
アイツの糊はよくへばりついて、俺は大変困った!!
地味にキツいイジメだったのを覚えているぞ……!!
「伊勢崎……つれないだろ、伊勢崎……」
この声、天井裏から!!
やはり間違いない! この声、紀代の声だ!!
「君の事をイジメたくてしょうがないのに。どうして逃げたんだよ、伊勢崎……」
クソッ、どんどん糊が降りてくる!!
とりあえずこの教室を出ねぇと!!
――こ、これはっ!!
廊下にも、廊下にもノリがダラダラと落ちてきている……!!
ドンドンドン……
天井裏から俺を追いかけてくるような音が。
「転校したなら教えてよ、伊勢崎。君が転校するなら僕も転校したのにさァ……」
クソッ、こうなりゃ器物損壊も仕方ねぇ!
「とっとと姿を見せろ、紀代ァ!」
急に繰り出した飛び膝蹴りで天井を貫くッ!
「――ごぷぁっ!?」
なんだこれは……天井裏が、糊で埋め尽くされている!?
「やっと、会えたね」
紀代の顔が、目の前に現れた――。
顔というのはもしかしたら間違っているかもしれねぇ。
なんたってこいつの顔には、糊を何重にも重ねてったみてぇなきたねぇ仮面がへばりついている。
そこにぼっかり、ボウリングの持ち手みてぇな三つの穴が空いてんだ!!
紀代は、俺の身体を天井裏に引きずり込んできやがる!!
クソッ、ここは糊が、糊が多すぎる!!
まるで糊の海みてぇになってやがる!!
まずい、溺れるッ……!
急いで下に逃げねぇと――!
「ごばっ……!?」
クソッ、紀代の野郎が俺の身体を掴みかかってきやがる……!
「せっかく久々に会えたのにさぁ、つれないねぇ、伊勢崎……つれないねぇ」
肘打ちをぶちかまそうとも、糊で勢いが殺されちまう!!
そもそもこいつはなんでこの中を動けてるし、喋れてるんだ!
「どうして黙って転校なんてしたんだ、伊勢崎……答えてくれよぉ」
「――嫌だねッ!!」
喋れた!!
が、そんな事はどうでもいい! 例え掴まれたって下に降りることくらいはできる!
間に合え、息が続いてる間にこの薄暗い天井裏を抜けねぇと!!
なんとか、俺のぶち開けた穴を抜けて廊下に戻ってきたが、クソッ!
俺のせいでもあるかもしれねぇ、廊下が大分糊浸しだ!
異変に気付いた生徒たちがどんどん逃げていく……!
「クソッ、てめぇ離れろ!」
「どうして逃げるんだよ伊勢崎ィ、折角再会したんだからもっと遊ぼうよォ……!」
こいつがどうしても離れねぇ……クソッ、身体にへばりついた糊が固まってきてパキパキうるせぇ音が鳴る!
とりあえずこいつを片付けねぇといけねぇ!
「オラァッ!」
「ぶぎゃぁっ!?」
糊の海の中じゃあどうしようもできなかったが、ここなら肘の威力も保たれる!
クソッ、こいつ右手に瞬間接着剤を用意していた……!
危なかった、このままだとこの接着剤を目に塗り込まれるところだった!!
「――復讐させてもらうぜ!!」
「ふぐッ!?」
お前がその魂胆なら、俺だっててめぇにやってやるよ!!
「死んで俺に詫びろォォォォ!!!」
「うわッ、やめろ、やめろォォォ!!」
きたねぇ糊の仮面に空いてる三つの穴!
俺はそん中に満遍なく瞬間接着剤一本丸ごと流し込んだ!!
「もぐっ!! もごぉっ!? もごっ、もごっ!!――ンーーーーッ!!! ンーーーーーッ!!」
紀代はきたねぇ糊仮面をジャリジャリとひっかき苦しんでいる。
どうやら相当硬く塗り固められてるみてぇだが、それが仇になったみてぇだな。
糊の仮面越しにでも分かるぜ、ヤツの顔がどんどん真っ青になっていくのを。
そしてバッタリと、その場に、糊の中に倒れ込んでいった。
1年3組14番・紀代大和。
どうやってここを突き止めたのかは知らないが、その執着心は褒めてやってもいいところだ。
とはいえ俺の高校をこんなにもしちまったのは許せねぇ。
イジメの報いと共に賠償請求を受け入れろ。
しかし、だ……。
まだまだ問題はある。
紀代がここにやってきたってことは、少なくとも一人の生徒にここがバレたってことだ。
なぜバレた……? 紀代一人ならいいのだが、もし校長カイムにもこの話が渡っているならまずいことになる!
郷大公部長は言っていた。境太郎先生は巧く俺の転校を隠蔽してくれていると!
やっぱりダメだったんだ、人ひとり消えちまったらどんなに隠蔽してくれようが無理があったんだ……!
プロレマ部の皆が言うように、やっぱり転校は良くない選択肢だったのかもしれない……。
だがそれは、もしも校長にまで知れ渡っていたらの話!!
少なくとも俺はまずこの目前の問題を解決しなければいけない!
紀代の残していったこの天井裏にある大量の糊!
こいつを掃除するのは中々厄介そうだが、学校が業者か何かを呼んで解決するだろうか。
とりあえず俺も避難しねぇと溺れちまいそうだ!
俺達一年の教室は2階にある……!
玄関は1階、恐らくもう皆逃げている! 俺も階段を使って――
「え……?」
階段下の糊が、赤く染まっている。
赤く、赤く……。
赤い、液体が混ざっている……。
なんで、だ……?
ともかく早く降りねぇと、糊で埋まっちまう前に!
階段を折り返し――
「――ウワアアアアァァァァァァッ!!!!」
皆、皆、皆!!
し、死んでいる……!!
上半身と下半身を真っ二つされて、なんで……!
そんな、皆ァ!!
ああ、俺に仲良くしてくれた慎二……!! 何度も質問してきてくれた麻衣さん……!
皆、皆……!!
――糊をかき分け、歩く男が一人。
死体を踏みつけ、歩いてやってくる男が一人。
下から、顔を覗かせてきた。
「あア。いたァ……。急に転校なんてして、どうしたんですかァ……?」
ぼさぼさとした白髪の老人。
だが、その肌、覗く歯はとても老人とは思えないほどに綺麗で……
「斑……穢牙……」
「私の名前ェ! どこで知ったのかは知りませんがァ、覚えていただいて光栄でござィますねェ」
ソイツの口が笑った。
「さア、帰りましょう。校長がお待ちですよォ……? 伊勢崎拓也クン」




