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49話.絶望の入学式は、偽りだった。

 校長先生。今まで何度も名前を聞いたことはある。

 入学式でも紹介された、集会があればちょくちょく校長先生の名前は出てきた。

 しかしいざここという、今のような時に思い出せない!!


 コンピューター・ルームの換気を最大限に回している間に学校中を周り、校長先生の名前を探した。

 だがどうだろう。

 どこにも、校長の名前が書かれていない。

 何故だ、あんなに聞いたはずだろう! 声も! 名前も! それに顔だって何度も見てきて――


 分から、ない。


 入学式の時、俺は校長先生の長話にうんざりしていた記憶がある。

 その顔を何度も見つめ、何度も目を逸らした覚えがある。

 しかし何故だ、俺の頭には、校長の記憶が無い(・・)


『何も思い出せないんだ、私は何をした』


 九十九(つくも)の言葉が脳裏にちらつく。


『校長は現在、ここを離れております……』

『お伝えすることは、できません』

『現在校長の居場所を明かす事は、禁止されているのです』


『こう、なってしまったのは、私、の、責任、です……』


 境太郎(きょうたろう)先生は、こんな事を言っていた……。

 先生は間違いなくこの深く醜い闇に関わっている。




 得体の知れない違和感……だからこそ、今まで全く気にしてこなかったからこそ見えた真実。


 校長。

 俺に何も知らないまま日常を送って欲しかったプロレマ部が、まだ隠しておきたかった『伊勢崎復讐計画』の首謀者……。

 それは確かに、俺の学生生活を根本から覆すモノだった。


 ――この学校にいてはいけない!


 プロレマ部の皆、そして父さんは『伊勢崎復讐計画』から俺を守ってくれている。

 ならば俺の取る方法は一つ!!


 転校しよう、明日にでも!!


 そろそろコンピューター・ルームの換気も十分だろう。

 冴田(さえだ)は相変わらず泡を吹いて倒れているが、パソコン自体はインフルエンザウイルスが入った所で全くの無傷だ。

 本当に何も極秘ファイルが残されていないのかもう一度パソコンの中を確かめてみた。


 ああ、そういえば忘れていたな。

 ハッキング解除のプログラムを見つけた。こいつを実行してっと……よし、俺のスマホがバッチリ正常に戻った。

 ラインが少し溜まっているな……。大半は暴言だし、明治さんのラインだけ返しておこう。俺の勝利を伝えるためにもな。


「……ん? 何だこのファイルは」


 一つ気になるファイルがあった。

 これは、ムービーファイルか? サムネイルが真っ黒だ。

 題名は恐らくは撮った日付を表している……これは、入学式前日の日付か。

 見てみよう、間違いなく何か関わっているはず。


「えー、今日は皆さん入学式にお集まりいただき誠にありがとうございます」


 ――!?

 おかしいぞ、確かに入学式の前日のはずだ!

 これを撮っているのは冴田(さえだ)だろうか。映像に映っているのは今のところ制服のズボンと思われるものだけ。

 これは、スマホだろうか。

 カメラの向きが変わった……! これで校長先生の顔が映れば、きっと!


 ……何だ? 女子の方にズームインしてったぞ?

 恐らく隣のクラスの子だ。

 ――こ、コイツ!! スカートのところをやけにドアップに映し始めた!

 女子の足がドアップになって映っている!!

 この野郎、こいつ冴田(さえだ)!!


 俺はこの女の子の分も復讐できただろうか! まさかコイツ、盗撮常習犯なのか!?

 冴田(さえだ)のヤツは思いの外重い業を抱えているのかもしれない。


「1年3組1番、足立善くん!」

「はい!」


 新入生紹介はどうやら俺のクラスまできたようだ。


「1年3組2番、安藤アドルフくん!」

「ヤァー!」


 相変わらず女子の足が映っている。

 こいつ色んな女子の足をドアップで転々と映していやがる……!


「1年3組3番、伊賀千刃くん!」

「はーい」


 伊賀のヤツはゆったりしてるな……。


「伊勢崎拓也くんは欠席です」


 ――キッパリと言いのけた。

 入学式は後日だ、俺には確かにそう通告されていたのに!!


「1年3組5番・織田(おた)九兵衛くん!」

「はぁーい!!」


 そうだ、俺はその日にいない。

 入学式は二回行われていたのか!?


「1年3組8番・冴田(さえだ)天之助(てんのすけ)くん!」

「アェッ!? はっ、は、ハァイッ!!」


 めっちゃくちゃ慌てつつもスマホをポケットにしまった冴田(さえだ)

 クスクスとそこかしこから笑い声が聞こえる。

 こんなアクシデントは発生していなかった。1年3組は皆淡々と起立し元気に挨拶していた。


 これ以上は何の滞りもなく紹介は続く。



「1年3組35番・帆垣(ほのがき)(つぼみ)さん!」

「んぁーい」


 そろそろ明治さんの番だ。

 今のところ、皆入学式には出席している。


「1年3組36番・真宮麗奈さん!」

「はい」


 ――明治さんの事も気になっている。

 行方不明の父さんが、リバース・ワールドにいる父さんから送られてきたであろうメッセージ。

 その唯一のメッセージは「コケシ」だ。

 逃げ隠れている父さんが送ってきたメッセージなんだ、間違いなく大きな価値がある。

 明治こけし……。明治さんに、一体何の関係があるんだ。


「1年3組38番・明治こけしさん!」


 返事は、無かった。


「1年3組39番」


 ――ちょっと待て!

 思わず再生停止ボタンを押してしまった。

 少しだけ時間を巻き戻してみる。


 ……間違いない! 確かに明治さんは飛ばされている!!

 おい冴田(さえだ)! ずっと女の子の足を映してんじゃねぇよ!!

 明治さんは、明治さんは!?

 いるのか、いないのか!?

 どっちなんだ!!


『それほど影が薄いとでも言うのでしょうか。誰にも気にかけられないのが当たり前の日々を送っていました』


 明治さんの姉さん、里美さんの言葉が頭に浮かぶ。

 しかしこれは影が薄いなんて問題ではない……こんな大事な時に存在さえ気にかけられないなんてあり得るのか!?


「――それではこれにて、入学式を終了します!!」


 何事もなく入学式は終わった。

 一人の犯罪者が紛れ込んではいるようだが、それ以外に目立った異変は特に何もなかった。

 ……明治さんの事は、気がかりだが。


「ニヒッ」


 冴田(さえだ)の笑い声。

 こいつは相変わらず女の子を映してやがる。


「準備ィ、バッチリですよォォ……」


 しわがれた、老人のような声がした。

 間違いなくそれは初めて聞く声。


「うわッ、何アレ!!」

「え、何、何……」


 映っていた女の子は起立した。

 ざわざわし出す入学式会場の体育館。


「うワ゛ァ゛ア゛ァ゛ッ!!!!」


 それは冴田(さえだ)の叫び声だった。

 スマホが上に向けられた。そこには――


「――!!」


 赤い渦巻が体育館の天井を覆い隠している……。

 阿鼻叫喚の体育館。


 入り口に逃げていく生徒たち。


「おやおやァ、せっかちなァお子さんですねェ……」


 老いた声が響く。それは先程も聞いたあのしわがれた声。

 冴田(さえだ)の息遣いが荒い。スマホは声の方を向く。

 ――白髪の老人がいた。髪はボサボサだが、肌や覗く歯は、とても老人のものとは思えないほどに綺麗なものだった。


「クッフフフ……! 皆さん、社会勉強のお時間ですネ……!」


 老人の姿はうねうねと変貌した……その姿は、虫のようだった。

 身体は白く巨大なワラジムシのようで、そこから恐竜のような三本爪の手足が生えている。

 冴田(さえだ)のスマホは絶えず震えている。


 爪がムチのようにしなり伸びたかと思えば、入り口に逃げてきた生徒たちの上半身を一気にかっさらっていく――


「――うっぷ!!」


 臓物が噴き溢れ、バタバタと下半身達が倒れていく。

 壁に打ち付けられた上半身がボトボトとずり落ちている……。

 しなやかに伸びた爪はその一凪ぎを終え、ビチビチと収まる。


「ウワアアアアアアアアアアアァァァァァァァァ!!!!」


 画面が激しく揺れる。

 冴田(さえだ)は絶叫していた。

 いや冴田(さえだ)だけじゃない。録画している冴田(さえだ)の声が一番大きく響いているだけで、皆が叫んでいる。


「この歳、日本国で斯様(かよう)な惨死体を拝めたアナタ達は幸運です。珍しいでしょう、人のシタイなんて! 新しい資料になりたい方々からどうぞこちらへいらっしゃいなさい……クッフフ……!」


 誰もその化け物には近付かず、化け物もまた誰にも近付こうとしなかった。

 ――スマホは突如渦の方に向けられる。

 赤い渦巻はどんどん下がってきているようだ。


 周りをキョロキョロと映す冴田(さえだ)

 腰を抜かしたように倒れる人もいれば、その場にうずくまる人もいる。


 突然画面が真っ黒になり、一切の音が消えた。


「――クッフフ!! クフフ!! こりゃあ良い! バッチリでございますなぁ!」

「……アイガ。貴様の爪が、1年3組の生徒を巻き込んでいる」

「アア、それはもう申し訳ない。とはいえ別から補填してしまえば良いでしょう!」


 この声。

 ――聞き覚えがあるぞ。


「サテサテ、ようやくお仕事を始められますね!」

「胸が躍るか、アイガ」

「もちろんですとも――カイム様!」


 ……その声には、確かに聞き覚えがあった。

 あの日、入学式に聞いた退屈な長話と同じ声をしていた。


 そいつは――カイム、そう呼ばれた。


「フフ、私もだよ」


 ゴソゴソと音がする。

 スマホが動いているのか。


「うぅ……」


 冴田(さえだ)の呻き声だ。これは気を失っているのだろうか。


「ゾロゾロと起き出しましたねェ。ではでは、カイム様! 皆様に、ご教授(・・・)をォ……!」


 バサリ。

 風に布の靡くような音。


「目を覚ませ生徒諸君、貴様ら全員が伊勢崎復讐計画の要となる」


 冴田(さえだ)はその声で起きたようだ。スマホを握りながら起き上がっている。

 体育館と同じ床をしているが、空間はやけに赤く暗く映っている。

 やはり、リバース・ワールド……!


「特に1年3組の貴様らだ。伊勢崎拓也と同クラスのお前達には、大役を担ってもらおう」


 ――冴田(さえだ)がスマホを向けた!


 黒い龍の兜に、刺々しい甲冑。どす黒い紫を帯びたマントが、緩やかになびいている……。

 コイツが、カイム?


「徹底的に伊勢崎拓也をイジめ、ヤツの心身を極限にまで追い詰めろ。果てには自死させろ! ヤツに最大限極限の絶望を与え、苦しみ抜いた果てに死を選ばせろ!! 何人たりとも希望を持たせるな! 何人たりとも慈悲を持つな! 与え得る限りの絶望を叩きつけろ!」


 カイムの口から強く、強く発せられる言葉達は、これ以上ないほどの憎悪に満ちていた。


「何それ、お前バッカみたいだよ」


 この声、九十九(つくも)……!?


「……小娘」

「ばっ、バッカらしいねぇ。よく分かんないけどっ、ソイツに同情するよ。お前っ、お前たち、あんなに人を殺しといてっ、言うことがそれって、小さい! 小さいよお前らっ! クソだよ、ゴミだよ! カス、カス、カスッ……」


 その声は震え震えで、泣きじゃくってるようにも聞こえた。

 冴田(さえだ)のスマホはカイムの動きを追っているが……カイムが九十九(つくも)の頭を鷲掴みにした!!


「あぐぅっ」

「よく分からないなら、口を出すな」

「じ、自己中ヤロー……。こっちがどんだけ訳分かんない目に遭ってると思ってんだよぉぉ……!」

「面白い。お前には特に従順になってもらおうか」


 何が起きているかは分からない。

 だが、頭を鷲掴みにされた九十九(つくも)の身体が突如ビクつき、激しく痙攣したかと思えば脱力した。


「……フフフ、フフフフフ!! 悔め、悔め、伊勢崎淳! 全て貴様が招いた結果だ……!」


 父さんの名前……!


「さて、もう少し人手が欲しいところだが」

「ではでは、冴田(さえだ)天之助(てんのすけ)はどうでござァましょ」

「フム……?」

「高IQを持っている彼ならば、ネットワーク関連において非常に有力な人材になるかとォ!」

「ほう、(さえ)――」


 ――ここで、ここで終わっている。


 この、この、この学校は、1年、1年3組は、お、俺の、ク、クラス……。

 この、学校は、あ、危ない……。

 みんな、みンな、皆……校長に、カイムって野郎に……!!


「さ、冴田(さえだ)――」


 冴田(さえだ)は相変わらず紫色だ。

 どうして俺だけイジメられるのか、どうして俺だけあんなにヒドイ目に遭うのか……。


『うるせぇいじめられっ子、お前はこれから俺にいじめられるんだよ!』

『逆らった罰だ、いじめられっ子が!!』

『僕は、君をイジメる事ができれば、他の奴なんてどーーーでも、いい!』

『私、どうしても伊勢崎くんの事をいじめたくなっちゃうの!!!』


 今まで聞いてきた皆の声が、頭の中でこだまする。


 逃げなきゃいけない、この学校から。

 俺は、俺は……。




「……伊勢崎くん?」


 プロレマ部の皆が俺を見ている。

 当たり前か、こんなに勢いよくドアを開けたんだから。


「俺、転校します」

「――やめて」


 ……花園先輩の声だ。


「伊勢崎、お前は何を知った」


 部長が聞く。


「冷静な頭を取り戻してよく考えてみろ、伊勢崎」


 沙濤(しゃどう)先輩から注意された。


「ほら、その、どうしてっ? この学校は私達が守るから安全だよー」


 スーパーノヴァ先輩。汗を飛ばしながらあれこれと身振りを交えている。


「伊勢崎くん。何を知ったのか僕達に全て話してください」


 天馬(ぺがさす)先輩の、今までにない真剣な口調だった。


 俺は話した。冴田(さえだ)の撮っていたビデオについて。

 そこに映っていた凄惨な光景、リバース・ワールドに送られた皆について。


穢牙(アイガ)……」


 スーパーノヴァ先輩が震えている。


冴田(さえだ)君。まさかそんな貴重な映像を残していたなんて……」


 天馬(ぺがさす)先輩がそう呟いた。


「スーパーノヴァ先輩……だ、大丈夫ですか?」

「――因縁があるのだ」


 果てしない闇からの返答。沙濤(しゃどう)先輩のぼやぼやとした闇が、ギラギラと輝いているように見えた。


「ともかく転校はダメっス。アイツは伊勢崎拓也クンを自分の手中で弄ぶためにこの学校を管理している……少なくとも、いい事は起こらないッスよ」

「…………」


 目に浮かんだ。アイガと呼ばれる老人が、躊躇いもなく大勢の命を蹴散らしたあの光景が。

 もし俺がここから逃げようとしたなら、俺を後悔させるため、絶望させるために……。


「分かりました、先輩」

「伊勢崎、まだお前は知ってはならなかった」


 (ごう)大公(たいこう)部長の兜が揺れた。


「お前はたくましく学徒として営んできた。せめてこの事だけは、知らぬままでいておくべきだった」


 部長がどこを見ているかは分からない。だけど背中を向けられたら、俺を見ていない事ははっきり分かる。


「もう戻れんぞ」


 何も返答できなかった。

 生唾がただただ喉を通る。


 授業を意図的にサボったのはこれが初めてかもしれない。

 部室を後にした俺は、とりあえず教室に戻ろうとした。


「――伊勢崎くん、探しましたよ」

「……先生」


 境太郎(きょうたろう)、先生。

 カイム、校長の龍の兜がちらつく。

 先生が関わっているならば間違いなく先生は校長の――


(まだら)穢牙(あいが)。彼は校長の片腕とも言える方です」

「――!!」


 聞かれていたのか、全て……!


「伊勢崎くん――」


「この学校から逃げなさい」


 先生からの、意外な提案だった。

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