47話.世界の裏、心の裏。
その日の夜、テレビをつけるとニュースが出てきた。
「殺人未遂を犯した愛島有架さん、15歳。彼女の判決は一体どうなるのでしょうか――今、全世界が注目しています」
全世界……一体これは何の話なんだ。
「新しく生まれたパンダ共和国は、共和国最初の裁判に愛島有架を指名しました。少年法の適用されないパンダによる新法律の裁判の行方とは――」
画面に映るパンダ達、真ん中の被告人席にはあの愛島がいる。
随分と顔が真っ青だ。一体どんな判決になるんだろうな、今日はこいつを見て過ごそう。
パンダ裁判の結果、愛島は無期懲役の刑に処された。
「こんな裁判ッ! こんな裁判おかしいです! 助けてください! 私パンダに、パンダに殺されるウウウウウウウウ!!」
「静粛にィ! 被告人静粛にィィィ!!!」
カンカンカンカン!!
木槌を叩きまくるパンダ裁判長。
「私は、混乱しています!! あの時だって!! あの時の私は正気じゃなかったの!! 心神喪失!! 心神喪失なんですよォォォォッッッ!!! 日本政府さん、私を助けてください!! 死ぬのはイヤアアアアア!!!」
「静粛につってんだろうがオラァ!!」
パンダ裁判長、愛島の頭に木槌を直撃!!
その一撃で気絶した愛島はそのまま隣りにある牢屋にぶち込まれ、牢屋はパンダトラックによってパンダ刑務所に運ばれる事となった。
やれやれ、どうやらもう愛島の顔を見ることは無さそうだな……安心したぜ。
明日は日曜日。俺はプロレマ部に行くことを決心した。
天馬先輩に頼みたいことがある。
あの時見せてくれた謎の特定スキルで、俺のスマホをハッキングした張本人――冴田天之助に会いたい。
会ったらボッコボコにしてやるぜ。今までの分全部お返ししてやるよ、クソメガネめ。
「――成り行きは分かったよ。とりあえず、スマホを見せてほしいな」
「これがそのスマホです」
「電源は入る?」
「はい、一応電源だけは入るんですが、その――」
「大丈夫大丈夫、ここにいる皆はもう分かってるッスから!」
「本当は変なサイト見てウイルス入っちゃっただけじゃないの?」
「だ、断じて違いますよ!!」
早速プロレマ部に来た俺は、天馬先輩にスマホを見てもらった……。
しかし初めてだ、花園先輩に茶化されるなんて。
電源を入れるとイヤンイヤンな音が大音量で流れ始める。
「僕が宙鳶さんの居場所をどうやって特定したかと言うと、こいつを使ったんすよ」
先輩の肩辺りから、うなぎのようなものがぬるりと這って出てきた。
やはり黄緑色で、半透明。
「デンキウナギ。コイツが電波に乗って飛んでくれるから、電波の届き先を教えてくれるって寸法っす」
「なんですかその超技術!? すごいですね……」
「そう、この子達は本当に皆すごい子なんすよ!」
――もう、聞いてしまおう。
「先輩……この生き物たちって、何ですか」
「――!」
「先輩達って、何者なんですか……?」
「僕達、ッスか……」
「部長は桁外れに強い力を持ってますし、先輩は不思議な動物達を操れて、花園先輩は銃弾を受けても物ともせず、沙濤先輩は、完全に人間じゃない!!」
言ってしまった。今まで気にしていたけど言わなかった事、全て。
「あのー……私、は?」
スーパーノヴァ先輩……。
「――見た目が、普通じゃないです!」
「何それヒドイ!!!」
ピンク髪に白いメッシュ……。スーパーノヴァ先輩の容姿だって、よく見れば変なんだ。
それは外見が奇抜という意味じゃなく、人間の形をしているのに人間らしさを感じないという違和感……。
「教えて下さい! 俺の裏に潜んでいる闇ってなんですか!! 伊勢崎復讐計画って、一体なんなんですか――」
「――伊勢崎、復讐計画……」
天馬先輩の目が見開いた。
「どこで、それを……」
「スマホで調べたんです。俺の裏に潜む、深く醜い闇とやらについて。そしたら『伊勢崎復讐計画』というページが出てきて、それをタップした結果、こいつが……俺のスマホを、ハッキングしたんです!」
「……伊勢崎くん」
天馬先輩の口調が、重くなったように感じた……。
「電波はもう、繋がっていないみたいッス。今はどうやら監視外、といったところッスかね。ヤツが尻尾を出すまで待ち続けるッス」
「……それまでこの音出しっぱなんですか?」
「いや、この子はこんな事もできるッス」
ふと――音が止まった。
「……すごい」
「……すごいッスよね。俺もそう思うッス」
「――見てみるか、伊勢崎」
「……え?」
「裏に潜む闇を」
郷大公部長からの、意外な提案だった。
「ええっ!? 部長、いいんですか!?」
「超新星。伊勢崎はどうやらもう、無知のままではいられないようだ」
「で、でも――」
「――いずれこうなる運命だ。伊勢崎は必ず、こいつを目の当たりにする」
部長は握り拳を作り――
「……え?」
下にさげた瞬間、空間がひき千切れた。
「その目で見てこい。この世界の裏に潜む闇を」
「…………」
赤く、黒く、歪んでいる。
渦巻いているその空間の裂け目の先には、何も見えない。
足が震えて、動かない。
「――伊勢崎くん」
スーパーノヴァ先輩の声。
その顔は、とても不安そうだ。
「無理しなくていいんだよ……怖かったら、全部私達に任せて、いいんだよ……?」
「――先輩」
明治さんの顔が、ちらつく。
「俺は、知らなくちゃいけない。そう思うんです」
伊勢崎復讐計画は、実在する。きっとそれは間違いないんだ。
そしてそこには、行方不明の父さんが関わっているかもしれない。
そう思うと、父さんの残してくれた『コケシ』というメッセージには……必ず、深い意味があるんだ。
知らなきゃいけない。そのメッセージの謎を。
もしも明治さんまで関わってるとするなら、尚更……
「――俺は行きます」
「…………」
空間の裂け目に、一歩を入れた。
何の違和感も無い。ただ歩くのと変わらない感覚で、渦の中に身を沈める――
そこには部室があった。
窓の外は赤く、部屋は暗かった。
――いつしか見た、恐ろしい沙濤先輩がいた。
これが初めてならとても怖かったかもしれないが、印象的な初対面のおかげで俺の心は冷静だった。
「とうとう、見られたな」
「二回目じゃないですか」
その他にも、天馬先輩の周りにいたあの動物達も、ここには沢山いた。
そして――
「え、あなたは……」
色白で、大きな黒い目をした女の人……。後ろ髪の長い黒髪のおかっぱは、日本人形を彷彿とさせた。
赤い着物、それは正しく――花園先輩。
「はな、ぞの先輩……?」
「……」
じっとこちらを見ている――と思えば、そっと目を逸らした。
「見てくるといいよ、世界の裏を。沙濤がいるから、危険な目に遭っても大丈夫」
……人形。
俺がいつも見ていた花園先輩は、本当の花園先輩が操る人形……だったって、ことなのか?
「行け、伊勢崎」
「……行ってきます、先輩」
部室のドアにかけた手は、震えていた。
その先に何があるのか、分からなかった。
でも――なんでだろう、かすかな安らぎがある。
あの波紋が、俺の心を穏やかにしてくれる。
扉を、開けた――
異様な光景だった。
いや、いつも通りの光景だった。だからこそ、異様だ。
ここはあまりにも暗く、赤く、静かだ。
――声が聞こえた。
本校舎の方から、はしゃぎ声が聞こえてくる。
ここは確かに学校だ、生徒がいるのかもしれない。
だが怖い。どうなっているのかが、全く分からないから。
でも、見てみるしかなかった。俺の知ってる世界とどう違うのか、確かめるために。
本校者に近付くにつれ、騒ぎ声は大きくなる。
しかしそれは、高校というよりは小学校のような……とても快活な騒ぎだった。
――走っている。
人の形をしているものが、走ってやってきた。
皮がない。その生き物には、肉しかなかった。顔面はのっぺらぼう。
肉の塊が動いている。そう言えば言うほど、思えば思うほど、正しくなる――。
「ミィーーー!! すごいネッ! 君、オッキイ!!」
潰れたような、かすれたような声で、その小さな生き物は俺に話しかけた。
ぴょんぴょんとその場を飛び跳ね、嬉しそうだった。
――これは、何なんだ……?
反応できず固まっていると、その生き物は退屈そうに腕をぶらぶらさせ始めた。
そして、走って教室の方に戻っていく。
ペタペタと、足音を鳴らしながら。
1年3組……俺のクラスがどうなっているか、確かめてみたい。
何度も何度も、すれ違う。
そいつらは全員、小さく、顔がなく、皮膚がなく、そして元気だ。
――不気味。ただこの一言に尽きる。
俺のクラスには――沢山の……人、がいた。
おそらく四十個ある席に、教壇。
そこにいるのは、やはり――。
「皆! もっとボクの作ったゲーム楽しんでよ! これ、ボクの作ったバクダンだよ!!」
「キィィィー! 見てみてっ! おハナさん摘んできたの!」
「おばあちゃんの作るムカデ焼き、私ダイっきらい!!」
「ドウシテーー! どうシテお母サン、ボクにご飯ツクらないのーー!?」
小さな肉の子供達だった。
俺の席にも、ソイツは座っていた。
他が騒がしい中、ソイツは黙って座っていた。
思わず、声をかけたくなった。
「どうしたんだ。お前だけ、黙っちゃってさ」
「……ミンナ、ボクをいじめるんだ。怖い、怖いヨ……。寂しい……! ボク、まともな生活をしたかったのに……!」
「――!!」
こいつは、俺なのか?
「……お前、名前は?」
「名前……? ボク、分かんない! 怖い、怖いヨ……!」
うずくまってしまった。
「――俺も、お前と同じだ」
「え……?」
「イジメられて、とても怖くて辛かった。味方がいない時は本当に心寂しくて、いっそ死んでしまいたい気持ちだった」
その子は俺の言葉を、じっと聞いていた。
顔は無いに等しいもんだが、分かるんだ。
「でも、こんなみじめな生活は嫌だと思った! 怖い思いは沢山した、けど俺はイジメに抗ってきた! それでもまだまだイジメられるけど……でも、頑張ったおかげでいい思い出が沢山できた!」
「……!!」
「仲間ができたし、皆で行くピクニックも楽しいものになった! 嫌な学校生活になるかもと思った……でも振り返ってみると、イジメに立ち向かい戦い続けた自分を誇らしく思えるんだ!」
「ホコ、らしく……」
「頑張って戦うとね……その時は辛い思いをしても、思い出す時は全部いい思い出になってるんだ!」
その子の肩を支え、顔を見つめる。
そこに目はないが、俺はしっかりと見つめた。
「諦めなければ、良い思い出がいっぱいできるんだ! 良い思い出は、今立ち向かう勇気を与えてくれるんだ!」
「ユウ、キ……」
「だから、頑張って……!」
「――」
その子は、笑ったような気がした。
「うん、ボク、頑張る!!」
その子は椅子から飛び降りて、教室の外に飛び出していってしまった。
これで、あの子は頑張ってくれるだろうか。
……あの子が自分だと思うと、とても嬉しかった。
――この世界がどんなものかはまだ分からない。けど、一応答えはできた。
ここは、俺の知っている世界じゃない。
世界は――二つある。
そろそろ帰ろう、あまりここには長居したくない。
――あれ。
他の席は全部埋まっている。ただ、明治さんの席には誰もいなかった。
「――ただいま、帰りました」
部室に戻った俺は空間の裂け目を通り、元いた世界に戻った。
「……おかえりなさい」
スーパーノヴァ先輩、俺を迎える言葉をくれたものの、表情はよろしくない。
部長が歪んだ時空に手を添えると、空間は元に戻った。
「――リバース・ワールド。俺達はそう呼んでいる」
「リバース、ワールド……」
「あの世界は、抑圧された人間の想いで成り立っている」
「……え?」
「いつからかは知らん。だがあの世界は、押し殺された人の想いが集まり、生まれた」
人の、想い……。
「あの肉塊……あれは抑圧された想いが積もり生まれた、子供だ」
「え、じゃあ、一人ひとりが――」
「お前達から生まれている」
――そんな世界が。
「俺達は、リバース・ワールドで生まれ育った」
「そして、伊勢崎淳博士に出会ったんスよ」
「――え」
父、さん……?
「そう、伊勢崎拓也くん。アンタの父さんッス」
「……伊勢崎淳。博士はお前の事をとても心配していた」
プロレマ部の、存在理由……。
「俺達プロレマ部は、キミの父さんに命じられて立ち上げられた組織なんスよ。伊勢崎くんを守るために」
――父さんは、ずっと俺のことを、思ってくれて……。
「お、俺の父さんは、今どこに……!」
「リバース・ワールドにある隠れ家ッス。博士は今、身を隠しているんスよ……『伊勢崎復讐計画』からね」
……俺の心の中にへばりついていた、積もり積もった疑問が……一瞬にして、溶けていく。
「博士は立派に戦っているッス。だから伊勢崎くんはそれを応援してほしい。そして、俺達の事をできるだけ頼ってほしいッス!」
「…………」
副部長……。
「先輩……疑ってきて、すみませんでした……」
「――僕達こそ、結局伊勢崎くんの事を守り損ねる事が多くて申し訳ないッス」
とても、心が温かかった。
「――先輩。でもまだ、とても気になることが一つあります」
「……俺達はまだ、それを言うことはできないッス」
「え?」
ガチャリ。
部長の兜の擦れる音が響いた。
「伊勢崎博士が何をし、何者が『伊勢崎復讐計画』を企てているのか……お前はそれを問いたいのだろう」
「そうです――」
「――今はまだ、知るな」
「え――」
「知ってはならない。お前にはもう少しだけ、知らぬまま過ごしてもらわなければ困る」
知られたら、困る事……。
それは、俺にとっては辛い真実だから、ってことなのか……?
「……どうしても、ですか」
「そうッスね。今はまだ、知ってはならない……それは全員が同意見ッスよ」
先輩達は、俺の身を案じてくれている。
その結果知るべきでないというのなら、俺は先輩達を信じなければいけない、とも思う。
――知りたい気持ちを、グッとこらえた。
「……ありがとう、ございました」
「あれ、帰っちゃうんッスか? ハッカーの居場所をつきとめなくていいんスか?」
「――なんか、どうでもよくなっちゃいました」
「……そうッスか。それじゃあ、もしもハッカーの居場所が判明したら、このウサギちゃんを通して伊勢崎くんに連絡するッス」
半透明なウサギが、天馬先輩の肩にひょこっと現れる。
「……動物は気持ちを隠したりなんてしない。ウサギ達が死の間際に残した微かな余念達が集まり……こうして一つの形をなしているッス。それでも、あやふやッスけどね」
黄緑色のウサギは、じっとこちらを見つめている。
不思議な動物だと思っていたけど……まさか、そんな存在だったなんて。
「……お前が届けてくれるんだな、頼んだぞ」
ウサギの頭を撫でてやると、ウサギは嬉しそうに笑った。
たった少ししか時間は経ってないはずだけど、色んな事を知りすぎて疲れてしまった。
さっさと家に帰って、先輩のウサギさんが来るのを待とう。
「――せ、」
廊下で、境太郎先生が立っていた。
「先生……」
「……伊勢崎くん」
きっと、先生もこの一連の出来事に関わっているはずだ。
それにしても何故。何故、こんな所に。
ずっと待っていたのか?
「とうとう、知ってしまったのですね」
「……先生、教えて下さい」
「……」
「先生は、敵なんですか?」
九十九が暴れた時、境太郎先生はそれが自分の責任だと言っていた。
あの時、空に現れた赤い渦巻は、思い返すとリバース・ワールドの空と同じ色をしていた。
きっと……偶然じゃない。
「――分からない」
「え?」
「伊勢崎くん。君はよく頑張っている」
境太郎先生は振り向いて――
「先生として、そう思います」
本校舎の方へと、歩いていってしまった。
「お帰り、拓也。部活どうだった?」
「――うん、楽しかったよ」
「そう、良かったわね」
母さんにも話すべきだろうか、父さんは本当は生きているって。
「どうしたの、拓也?」
「――ああ、いや。別に何でもないよ」
「じゃあ、お昼ごはんできてるから行きましょ」
ピンポーン!
「あら、伊賀くんじゃない?」
「え、伊賀のヤツ――」
うげっ、本当にいやがる!
「よっ、伊勢崎! 飯食いに来たぜ!」
「あのなぁお前なぁ、飯くらい自分の家で食えって!」
「まぁまぁいいじゃないの、ウフフ。さあ、いらっしゃい! 皆でご飯食べましょ!」
お母さんは嬉しそうだな。
伊賀も嬉しそうだ。
「母さん、おかわり!」
「はーい!」
「伊賀、お前には遠慮ってものがないのか……」
「いいじゃないの、沢山食べてくれるとお母さんも嬉しいわ!」
――今までずっと、お母さんと俺で二人の食卓だったのが伊賀のせいで随分騒がしくなっちまった。
……悪くは、ないがな。
「伊賀、美味いか」
「ん? めっちゃウメェ!」
「そうか」
入学から二ヶ月程だろうか。
この二ヶ月で、随分と色んな事があったな。
――なんて振り返っても、やっぱりまだまだイジメっ子が沢山いることに変わりはねぇ。
頑張んねぇとな、学校生活。




