44話.自由を縛るケージにツァイチェン、刻めパンダリバティー。
――両者、衝突。
互いが取っ組み合うまでに長い時間はかからなかった。
ヤツの太い両手はがっちりと俺の手を掴み、その大きな爪を食い込ませている。
俺だって負けやしねぇ。ヤツの剛力に応え、不動の姿勢を取る。
にらみ合う時間が長く続いた。
おそらくパンダの野郎は思っているはずだ、人間ごときの力ならすぐに折れてしまうと。
だからこうして意地でも取っ組み合いでねじ伏せようとしてきている。
そこで俺は分からせてやらなきゃいけねぇ、人間を舐めるなと、人間の力を思い知れと。
そうだ、この取っ組み合いが長引くほどヤツも疑問に思ってくる。
そしてそれはパンダの野郎のカオを見てしまえばはっきりと分かってしまう。
その顔には、脂汗がしみ出ている。余裕綽々の顔も次第に力のこもる表情となっていく。
――パンダの野郎が引いた。
互いに引き、再び睨み合う形となる。
ヤツはようやく分かりだしてきたようだな。テメェが今からやるのは人間を虐げるお遊びなんかじゃなく、食うか食われるかのガチの殺し合いだってことをよ。
本当の勝負はここからだぜ、パンダ。
「行くぜぇ、パンダ」
暗い、揺れるトラックの中、檻に閉じ込められた俺達は目線で言葉を交わす。
――仕掛けるぜ。
まずは俺から、飛び膝蹴りをお見舞いしてやる。
考えるより先に足が動く、パンダの野郎は守りの姿勢を固めようとしている。
「甘いぜ、パンダ」
その言葉にハッとしたパンダ――そう、俺が飛び膝蹴りをかました対象はてめぇじゃねぇ、俺達を囲むこの檻に対してだ。
ふぅ~。檻はグラつき、飛び膝をかました場所にはへこみができた。
素早く元いた場所に戻り、迎撃の姿勢を取る。
「どうした、パンダ」
意表を突かれた攻撃に悔しがるパンダの顔。さて、やつからはどんな攻撃が飛んでくるかな?
なんて待つつもりもないが、さあどうするパンダ、お前はどんな動きを見せてくれる?
「パンッッッッ!!!」
パンダの野郎が鳴いた――ッ!?
これは俗に言う雄叫びか、パンダの鳴き声、初めて聞いたぜ!
ヤツのずんぐりむっくりな体型から繰り出される超速の走り、ヤツがどんな攻撃レパートリーを持っているかは未知数だ……だが、やるしかねぇ――
「来いよ、パンダ」
「パンンンンッッッッッッッ!!!!」
――あの構え、さてはラリアットだな。
なんて分かりやすい構えだ、かわすのは余裕――
「なっ!?」
しまった、その足掛けには気付かなかった!!
すっ転ばされた俺は、一突き二突きとヤツの突きを食らい、うめいたところで全身を思いっきり蹴飛ばされた!
「ぐあっ!」
手強ぇぜ、こいつ……俺の身体は気付けば檻の向こうまで吹き飛ばされ、身体が檻に張り付いちまった。
なんとか檻から剥がれ後ろを見るが、俺の形に檻がへこんじまってやがる。
こいつやるぜ、パンダ。どうやら侮っていたのはお互い様だったようだな。
「パンッ」
口をさっと拭い、軽いステップで後ろに戻るパンダ。
くいっと手のひらを曲げ、挑発までかまし出した。
それは調子に乗っているのか、あるいは自信から挑発を掛けているのか……さあ、どちらかなパンダ。
前者だっていうんなら、痛い思いするぜ!
「行くぜぇ、パンダァァ!!!」
「パァン!」
俺もヤツに負けじと全速力で駆け抜ける――パンダのヤツは、それを見て笑った。
行くぜ全力――
「食らえ、パンダァァァァァ!!!!」
「パァァァァァァァン!!!!!」
回転飛び膝蹴りイイイイィィィィィィ!!!
ギャルギャルギャルギャルギャルギャルギャル!!!!!!
ヤツの防御を削る程に、ヤツの体毛を禿げさせる程に!
俺の足は回転し、ヤツを檻の向こうまで追い詰める!
さあどうだこの回転!! 貴様に対応できるかな!?
「パァッ、パァッ、パァッ――」
どうだい、動物さん。あんまりナメるなよ――
「パァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーン!!!!!」
――これが人間だァ。
俺の飛び膝蹴りの衝撃、そしてヤツが吹っ飛んだ衝撃――この二つの衝撃が重なり合い、檻は木っ端微塵に弾け飛んだ。
どうやらこのトラック、俺達だけじゃない、多くのパンダを運んでいたようだ。
しかし一体全体なぜ俺はこんな所にいるのか、その答えは想像に容易かった。
おそらくはあの流竹好。アイツが気絶させた俺をパンダ輸送トラックにぶち込みやがったのだ。
ヤツと言えば中国、中国と言えばパンダ、アイツがやりそうなことだぜ。
「パン……」
「どうした、パンダ」
「パン……」
「…………」
ヤツが言うには、人間は沢山のパンダをひっ捕らえ、見世物にし、パンダの自由を奪っているのだという。
堕落したパンダの文明、このままヤツらに飼い慣らされる生活が、本当に自由だとは思えない、そうパンダは言った。
「そう、私達パンダは真の自由を求めている……。我々パンダが人間と同等の権利を持つ、本当の自由を!」
「じゃあ、俺をさっき襲ったのは」
「すまない……キミが私達を脅かす人間族だと思うと、許せなくなってしまってね」
「まぁいいさ。俺もパンダというだけでお前に偏見を持っていた。すまない」
「いいのさ、世の中、パンダの権利を主張する声なんてない。人間族なら、そんな偏見皆持っていて当然だろうさ」
「これからどうする、パンダ」
「私は自由活動の最中に捕らえられた……再び活動に戻ろう、ここにいるパンダ達の檻を全て壊す!」
なるほど、高潔な意志を持ったパンダ。ならば俺はその声に応えよう。
「――俺も手伝うよ」
「本当か! 人間、ありがとう!」
「拓也だ」
「え?」
「俺は伊勢崎拓也、お前、名は?」
「――人間からもらった、名前がある」
「……人間からつけられた名前か、やはり憎いものなのか?」
「いや。私は彼らの愛の元に育った、この名前は誇りさ」
「差し支えがなければ教えてくれないかい」
「私の名前は、カンカンだ」
「カンカン……確かに覚えたぜ」
「さぁ、檻を壊そう、伊勢崎拓也!」
「おう!」
形は違えど、俺もまた虐げられる者。その気持ちは痛いほどに分かるのだ。
種族を超えた繋がりがここにはある。
俺達はトラックの中にあった全ての檻を破壊し、総勢30体のパンダがここに集まった。
「同志達よ! 我々は人間に飼育される種族ではない!」
「そうだ! そうだそうだ!」
「我々パンダにも、自由になりたいという意志がある!」
「そうだー! 人間よ、我々に自由をー!」
「さあ、今こそこの檻を抜け出し、共に歩む時が来た!」
オオオオオオォオオォオオォォォォオオオオオォォォッッッッッ…………!!!!
パンダの民衆は、一斉に沸き立った。
カンカン、これならきっと人間達も分かってくれると思うぜ。
「彼は伊勢崎拓也! 我々の自由への思想に協力的な人間だ!」
なるほど、俺か。よし――
「共にパンダの自由を掴もう!!」
……あれ?
全く反応がない。
「あいつ、人間だぜ……」
「信じていいのか……?」
「お前! 本当は俺達を嘲笑ってんじゃねぇのか!?」
「どうせ俺達をパンダとか思ってやがる!」
「私達はただのパンダじゃないわ!」
「人間と同等の権利を!!」
パンダ! パンダ! パンダ! パンダ!
……パンダコールが始まっちまった。どうやら人間は恐ろしいようだ、それはカンカンも変わらなかった。
教えてあげよう、俺もまたお前たちと同じような体験をしたってことをな。
「――俺は伊勢崎拓也! 高校生! 俺は高校に入ってから、ヒドいイジメを受けてきた! ムカデを食わされ、ゴキブリを食わされ、挙句の果てには毒を盛られた! うんこをぶつけられるのなど日常茶飯事、俺は熾烈なイジメを受けてなお、抗ってきた!」
俺の壮絶なイジメ経験に、聞くパンダ達は額に汗を浮かべる。
「俺は常に戦ってきた! 不当なイジメ! 不当な権利! 俺は全てに抗い、勝ち続けてきた! 俺には君達の、自由になりたいという気持ちが分かる! そして俺は、それを支えよう!」
一瞬、間が空き――
「オオオオオオオォオオオォォォオォオオォォオオオオォオォオォオオオオオ!!!!!!!!!」
さぁ、全員でここを出るとしよう!
トラックの荷台を飛び出したその先にあった光景は――
「おやおや、一体全体何を企んでいたのでアルか?」
――流竹!!
「貴様! ここは、一体なんだ!?」
俺達は、だだっ広いコロシアムのような場所にいる!
流竹のやつは俺達を上から見下ろしている。
「何って、動物園アル」
「ど、動物園……」
「そう、ここは山東省動物園! お前は今中国いるネ!」
「ここは、中国なのか……!!」
「ヒヒヒ、そうアル。お前が気絶したから私はお前を中国まで運んだネ。お前が悪いヨ、私中国人なのに疑うからヨ」
なんてこった……!!
あれから俺、中国に来てたのか……!!
「さあ、お前が目覚めた今、檻の中のパンダ達も目覚めてるヨ!」
後ろからぞろぞろと出てくるパンダたち。
「パンダ達! さっさとその伊勢崎を食い殺すヨロシ!」
流竹、まだ異変に気付いていないみたいだ。
俺が一歩進むにつれて、パンダ達もまた二足歩行で歩を進める。
「な、何ヨこれ……」
そして俺が拳を上げると、パンダ達もまたぞろぞろと拳を上げ始めた。
「パンダに、自由を!」
パンダに、自由を!!
「平等の権利を!」
平等の、権利を!!
「我々を、解放しろ!!」
解放しろ!!
「な、何ネコレ……意味が、意味が分からんアルヨ……」
俺はただ、はるか上にいる流竹の元へ歩みを進めているだけだ。
にじり、にじりと……流竹は引いていく。
遥かに有利、こちらからそちらへは攻撃が届かないというのに。我々の意志に、気圧されている。
「いくぞ皆! 今こそパンダの権利を伝える時! それぞれ各々が、為すべきことをするんだ!」
俺は壁をよじ登り、はしごを持ってきた。パンダ達はそこからよじ登り、それぞれがそれぞれのすべきことのために動き始めた。
全てはパンダの権利を主張するために。
「させるかアル!」
流竹の野郎。はしごを下ろそうとしているな。
だがそれは無駄だ。
「オラァ!」
「ヘブゥッ!?」
パンダの剛速パンチ炸裂! よじ登ってきたパンダが流竹を殴り飛ばす! そしてパンダ達は隙間を作るつもりがない!
「ア、アイャァ……」
流竹の野郎もこれでは手出しはできん。パンダ達はそれぞれが各々の意志を持ち動いている。それを主張したパンチなのだ。
そしてパンダ達は動く、真の自由のために。
俺も流竹も、ただ立ち尽くし、黙ってそれを見届けていた。
「こ、これはどういう事アルか……私、凶暴なパンダいっぱい、揃えたネ……」
「凶暴とは、人間の望むがままに従わない、不従順な個体という意味か?」
「な、何アルかその言い方! パンダに意思などないアル! あいつらはただの動物アルネ!」
そう、この言葉だ。この言葉がパンダの権利を傷付け、パンダ達の意思をないがしろにしている。
「……見ていろ、奴らの為すことを」
パンダ達の動きは驚くほどに早かった。
抑圧されていた意思の開放は、パンダ達に大いなる力を与えたのだ。
「そして――」
――そう、この油断しているスキに。
俺は流竹の腹に豪傑パンチをぶちかました!
「おぶ――」
瞬間、吐瀉。
「ぐべっ、ゲェッ! カハッ! ヒュッ、ヒュッ!」
その脇腹に蹴りをぶちかましてやる!
「イタァァイアルゥゥ!!!」
「よくも毒を盛ってくれたな、よくも餃子をぶちまけてくれたな、流竹好ォォォォ!!!」
俺の復讐の方は、まだまだ全然済んじゃいねぇ。
貴様への個人的な感情は憎いほどある。しかしそこに今、更に積み上がった。こいつはパンダを軽蔑した。パンダの権利を踏みにじった。
こいつはパンダの自由を阻止する、敵だ。
ヤツを睨むと、流竹の顔は恐怖に歪んだ。
「ヒィッ! 嫌アル! 助けて、助けてくれアル!!」
通行人にしがみついた流竹。助けを求めるつもりなのだろうが、だが無意味だ。
そいつは、パンダだからな。
「アィヤァッ!?」
「……キミは、パンダを軽蔑した。パンダがただの動物であると言った。キミを助けるつもりは毛頭ない」
「そ、そんなっ……」
「さあ、私はキミを助ける気はない! 消えろ!」
「ア、ア、アイヤァァァァァァ~~~~~!!!!」
逃げろ、逃げろ、流竹。俺から逃げれば逃げるほどにヤツは自分の犯した罪を自覚するだろう。
「カンカンさん! 生放送の準備ができました!」
「よし! 全世界のテレビ局をジャックしろ!」
「はい!」
そう、ここからパンダ達の自由の時が始まるのだ。
「たっ、助けて、助けてくれアルゥ……」
動物園にあるわんぱくコーナー。
そこには、やはりアレがあった。
パンダの形を模した乗り物……ここに硬貨を入れると、パンダが一定時間動きだす。
差別と偏見の塊とすらいえるこの乗り物は、パンダと同じ時を生きる人間達にはもはや不要のものだろう。
「にっ、人間がいた! 頼むッ! 助けてアルッ!」
必死にしがみついた流竹。しかし残念だったな、そいつは――
「お嬢ちゃん、僕の顔をよく見てごらん」
「……シェンマ?」
――パンダだよ。
「アィヤアアアアアアアアアア!!!!!」
「そう、人間とパンダの隔たりなんてもう無いも同然なんだ。お嬢ちゃん、キミは僕を人間と思うかい? それとも、パンダと思うかい?」
「ア、ア、ア、ア、ア…………」
アィヤアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!
叫びとともに逃げる流竹。だが、残念。おれはがっちりと肩を掴んでいる。
「は、離せ、離せアルッ……」
「大丈夫だ、お前が救われる唯一の方法がある」
「アル……? 何アルか、もう何でもいいアル! 許してほしいアル!」
「伊勢崎拓也! そろそろ仲間たちが全世界のテレビ局ジャックに成功する! 生放送が始まるぞ! 我々の自由の時が訪れるその時が!」
さあ、復讐の時は来た。
全世界が知る。人間とパンダの間に生まれていた隔たりを、そして隔たりの崩壊を。
「始まるぞ! 3! 2! 1!」
いよいよだ……この時をもって人類の未来は大きく変わる。
さあ、世界に報せよう。
「――皆様、こんにちは」
俺の姿や声には特殊なパンダ加工がされており、俺が誰だか世界は知らない。
「我々パンダは、世界に主張します。我々の平等な権利を、そして人間と別け隔てなく共存する未来を! 世界は認めなくてはいけない時まで来ています! パンダにも人間と同じ権利が与えられる事を!」
パンダが使える公共施設を……パンダが住める家を……パンダが出馬できる選挙権を……動物園に閉じ込められたパンダの解放を……。
パンダが人間と同等な存在である事を、世界は認めるべきなのだと……。
「今ここで、我々パンダは自由になります」
「見てください、あの像を!」
そう……パンダが解放される今日という日を祝うため、同志パンダ達が作り上げた、自由のパンダ像。左手に笹を抱え、右手に笹を持ち、掲げている。
「我々パンダの自由を、ここに宣言すると共に――」
俺達の前には、パンダ偏見の象徴……お金入れると動くパンダのヤツが。
「人類の抱く偏見は崩壊し、我々は生まれ変わります――」
怯える流竹は足がすくんで動けないらしい。
ヤツはただただ、俺がパンダの乗り物にコインを入れるのを眺めている。
「復讐させてもらうぞ人類――!」
チャリン!
ひとたびコインを入れるとパンダの乗り物がブースト発射!
「死んでパンダに詫びろ! 人類め!!」
ミサイルと化したパンダの乗り物は流竹に突撃!!
「げぶっ!? ア、アィヤァァァァァァァァァッッッ!!??」
超速のエンジンで吹き飛ぶ流竹とパンダの乗り物!
乗り物は音速を越えた速さで飛んでいき、空にパンダ雲を描いた!
カメラは自由のパンダ像にズームインする。
「今よりパンダの自由の時が始まる! それがこの、証ダァ!!!!!」
――笹、爆発。
右手に掲げた笹からくすぶる煙が落ち着くと、そこには笹に埋め込まれた流竹の姿があった。
「人類に宣言する! 我々の自由を!」
オオオオォオオォオォオォオォオオオオォオォォォォォォォッッッッッッッ…………!!!!!!!
1年3組33番・流竹好。
お前は俺をいじめる以上に、パンダを侮っていた。
パンダを利用し俺を殺そうとするその人間の傲慢な意思に、パンダ達の自由は賛同しなかったようだ。
――貴様は正しくパンダ差別と偏見の象徴であった。革命のための犠牲となれ。
世界は震撼した。
パンダによる権利の主張に。
パンダによる自由の宣言に。
そして、パンダが人間との共存を求めたことに。
俺は人間だ。だがしかし、パンダと心を交わしあった。
「ありがとう、伊勢崎拓也」
「カンカン……」
そうだ、お前の気持ちに俺は心を揺さぶられた。
さあ、パンダ達。自由を掴め。
――今日がお前達の始まりの日だ。




